ユノスくんとの楽しいランチのあと、私たちは午後の授業の合間に調査を続けた。
事故以前の記憶が全く存在しない私たちは、状況を把握するため地道に努力するほかなかった。
こんな無理ゲー……とボヤきたくなるが、その方が面白いから、とでも言うのだろう。あの娯楽神ならば。
私たちは通信機で会話しつつ、お互いの周囲を観察する。
レオン王子は私の、私はレオン王子の周囲を――。
◇◇◇
イケメンに女子学生が群がるのは古今東西変わりないのだけど、婚約者がいるレオン王子には、女子学生が群がることはなかった。
「はあ……。ちょっとはモテたかったのに」とボヤくレオン王子。
「なんで」と聞くと、
「MMOの世界でヒーローになって
モテモテになる予定だったから」だと。
ちょびっとだけ呆れた。
でも気持ちは理解する。
「じゃあ私にモテればいいんじゃない?」
イヤでも結婚するんだし。
だったら少しは惚れさせてくれまいか。
ねえ、婚約者さん。
「その発想はなかった! がんばります!」
それでいいのか王子よ。
でもまあ、思考はシンプルな方が、
悩みが少なくていいよね。うん。
というわけで、私たちは二手に分かれて情報収集を開始した。
神からもらったイアリング型通信機には収音マイクがついており、お互い誰かと会話してもリアルタイムで聞くことが出来る。
だから、伝言ゲームのように後で報告する必要はない。
片方をどこかに仕掛けて音声を拾う、なんて使い方も可能だ。
まあ便利。
いかにもスパイグッズってカンジね。
遠巻きに私をチラチラ見ているレオン王子に、男子生徒が声をかけてきた。
モブなのか、顔に覚えはない。音声は明瞭に届いている。さすが神アイテム。
「やはり、婚約者がイジめられてるのが気になるんだな」
モブ男の声に、レオン王子を気遣う色が見える。
「女性同士のことに口出しも出来ぬ故、致し方ありませんね。僕は婚約者として、なにがあっても彼女を支えるのみです」
おお、あのレオン王子が、なんかカッコイイこと言ってる!
「レオン殿下、ちょっと男前になった?
やっぱり彼女が事故で死にかけたのが原因なのかな」
「僕が護って差し上げなければ他に誰がいるのです?」
「おおー」
「そういう気持ちに、改めて思い至った次第です」
<王子かっこいー!>
思わず通信を入れる。
<こんな調子でよろしいでしょうかお嬢様>
<百点満点です!>
<やったー>
なんて、ごにょごにょと通話する私たち。
傍から見たらヘンな人だよね。
「あ、ごめん。殿下と話してるところ見られるとマズいんで……」
あらら。仲良くしてくれる人だと思ったのに、残念。
「お気になさらず。お声掛け頂き感謝です。さあ、行ってください」
「それでは……」
モブ男はそそくさと、廊下へと去って行った。
<よほどヴィクトリアって評判悪いんだな……>
<だれかさんのせいでね>
私はモブ男を廊下で見送りつつ、すこし教室の近くをふらついていた。
どういうわけか、昼休み中も午後の授業でも、クラリッサが見当たらないのだ。
もしかして、今日は休みなのだろうか。少しでも彼女の情報が欲しいのに……。
「落馬したくらいで勉強の遅れを免れるとは思わないことだな」
唐突に、頭の上から大人の男性の小言が降ってきた。
年齢や服装から、学園の教師のようだ。
教師までヴィクトリアをイジメているのか? かなり悪質だな。
「すみません。急いで追いつきます」
「せいぜい退学にならぬようにな。
王子の顔に泥を塗ることになるぞ」
と、吐き捨てるように言う教師。
露骨にもほどがあるわね。
「心得ております」
この教師いつかぶっコロす、と心の中で十回唱えた。
そういうゲームではないものの、
殺戮ショーを展開すれば、
それはそれで視聴者にはウケるのだろうか。
いやいや、ここは合法的に……
って私は何を考えているんだろう。
<教師にまでイジメられてるってどうなんだよ>
心配したレオン王子から通信が入る。
<それだけ彼女らの手が回っているってことでしょう。
とっととシメてやらねばこっちのメンタルが持たないわ>
<確かに。ちょっとフォローに行きますよ>
<いいわよそんな>
と言っている間に、レオン王子が私の傍らに現れた。
「誰の顔に泥を塗るんです?」
やや怒気をはらんだ声で、
睨みながら教師に言い放つ、我らがレオン王子。
「で、殿下。お気になさるようなことではありませんよ」
ヘラヘラと気持ちの悪い笑顔で言い訳をする教師。
「僕の婚約者に落馬したくらい、とおっしゃられたが、
それが生死の境をさ迷った女性に向かって吐くセリフなのですか?
この学園もずいぶんと品がなくなったものだ」
レオン王子は、教師に向かって冷静に反論した。
あんがい王子様のロールプレイが板についてきたみたい。
心なしか威厳すら滲んでいるように見える。
「申し訳ございません」
教師はそれだけ言うと、そそくさと逃げていった。
「レオンくんかっこいー!」
「ふふ。ヴィクトリアさんの人気者になりたいんでがんばりました」
「よしよし」王子をナデナデしてやる。
「むふん~」レオンくんはまんざらでもなかった。
イヤな教師をやり込めて、いい気分になっていると、後ろから誰かに声を掛けられた。
「レオン。お前、ずいぶん調子に乗ってるようだな」
若い男の声だ。
ぎょっとして、私とレオン王子は振り向いた。
「な、何のことですか」
<誰?>
<第二王子のカルロ、お兄さんよ!
向こうからくるなんて……油断してたわ>
<マジで! やばくね!>
腕組みをして、絡む気マンマンの男が、取り巻きと一緒に立っていた。
「そこの死にぞこないを庇って教師に盾突いて、
ヒーローにでもなったつもりか」
レオンのお兄さん、
顔はまあまあ良いはずなのに、
粗野なのと頭の悪さがにじみ出て、ひどく残念。
取り巻き連中も、やっぱり頭悪そう。
「僕は間違ったことをした覚えはありませんが。
むしろ兄上こそ、理不尽な人間を庇うのは、
道理に反してはおりますまいか」
<いいぞー! レオン王子!>
「生意気な! おう、身の程を分からせてやれ」
カルロ王子があごをしゃくると、脇から取り巻き連中が前に出て、レオン王子に乱暴しはじめた。
「いた! やめ、やめろ! こら! うわっ」
「やめてえぇッ」
やめろと言ってやめる奴などいない。
私が弱弱しく悲鳴を上げてみせるのは、あくまでも演技。
それに、レオン王子はこの程度で死ぬような男でもない。
音がするほど強く、レオン王子を蹴り回す、取り巻き連中。
躊躇なく暴力を振るうのは、普段からこんなことをしている証拠だ。
見ているだけでも痛くなってくる。
可哀想だけど、私に出来ることは何もない。
彼らが満足して去っていくのを待つこと以外には――。
ひとしきりレオン王子を痛めつけて満足したのか、
「目ざわりだ。城で引きこもってろ」
と捨て台詞を吐いて、カルロ王子一行は去って行った。
私は廊下に転がるレオン王子を抱き起こした。
「大丈夫?」
「ええ。ぜんぜん効いてないですね。丈夫な体でよかった~」
確かに顔も殴られたはずなのに、アザも出血もない。
「心配させないでよ。も~」
「いやあ、すごいですね。勇者の肉体ヤバイ」
「確かにヤバイわね……」
「あはは」
「というか、カルロ王子、あれじゃただのチンピラだわ。
あんなの落とす人いるのかしら」
「僕が女性だったら絶対お断りですねえ……」
それにしても、クラリッサのターゲットって誰なんだろう……
今日は彼女のこと、見つけられなかったし。
「ヴィクトリアさん、もう引き揚げましょうか」
「そうね、もう放課後ですものね」
「ところで寮ってどこでしょう?」
「あ。移動は選択式だったから私もわからないわ……」
途方に暮れる私たち。
だけど、少し間を置いてレオン王子が口を開いた。
「そうだ、ユノスくんに聞こう!」
「あ! ナイスアイデアよ! 殿下!」
「やったあ!」
「よしよし」ナデナデしてあげる私。
「むふん~」
「放課後……ってマズい! 彼、帰っちゃう!」
「ヤバ!」
私たちは、急いで教室に向かった。
「「ユノスくーん!」」