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第10話 魔導師、勧誘される

その日のランチは、三人で取ることになった。


学園施設に不案内な私たちにとって、ユノスくんの道案内はとても有難いものだった。

生徒用の食堂に着くと、私とレオン王子はしばし呆然となった。



「「うわー……」」



超高級ホテルの宴会場、これが我々庶民に出来る最大級の表現だった。


確かに、国内外の貴族や有力者の子女の学び舎であるのは間違いないのだけど、明らかにゲーム中の映えを意識したインテリアだと思う。



「どうかされましたか? 殿下、ヴィクトリアさん」

こてん、と首を傾げて不思議そうに私たちを見ている。



「あ、ええと、久しぶりだから、人が多いなあって」


「そ、そうそう。彼女、ずっとお屋敷のお部屋で寝込んでいたからね。人の多さにあてられたんだよ」


「そうですか。あちらの席が空いてますよ。行きましょう」



ユノスくんは、然して疑問も抱かずに軽く流すと、早く席を確保したいのか、空席目指して歩き始めた。


食事は、給仕係が配膳してくれるシステムのようだ。

生徒が席に着くと、ランチ一式がすぐに出てくる。食事が終わった席では、食器が下げられて食後のお茶かなにかが提供されている。


コーヒーだったら午後の授業も眠くならずに済むのになあ、なんて思っていると、目的のテーブルに到着した。


食堂のかなり端っこの席だったのは、きっとユノスくんが我々の立場に配慮してのことだと思う。360度からの悪意の目と囁きを浴びながら食事したくはない。



「ユノスくん、ちょっと相談があるの」

「なんでしょう、ヴィクトリアさん」


「私が落馬事故で休んでいる間に、

悪評をバラ撒いてた人がいて、

私はともかくレオン殿下まであることないこと吹聴されてるの」


「なんですと。いや、全く気づきませんでした」



そりゃそうだろうなあ。彼ぼっちだし。


「僕も婚約者が謂れないことで貶められるのを、

黙って見ているのは忍びない」


「僕に犯人捜しを手伝え、ということでしょうか殿下」

「いやいや、そんな危ないこと友人の君に頼めるわけないじゃないか」

「では何をお手伝いすれば」


レオン王子はにっこり笑って、

「聞く耳を持たないでいてくれるだけでいいんだ」


「普段から僕に話しかける生徒などおりませんが……了解しました、殿下」



次いで私も彼にお願いをする。

「それから、貴方に言い寄ってくる女性が現れるかもしれないけど、

利用する気しかないから絶対無視して欲しいの」



「何故そのようなことが分かるのですかヴィクトリア嬢?」



ほう、そう突っ込んできますか。優秀ですね。

私はわざとらしく周囲を見回し、一呼吸入れて口を開いた。



「他言無用でお願いしますね」

「もちろん」

「現在、王宮ではお家騒動が勃発していてね、

レオン殿下も安全ではないのよ」

「ええ……」


予想外の回答で、世事に疎いユノスくんがドン引きしている。


「こんな状況だから、

味方は一人でも多く欲しい、というわけ」


ユノスくんは、すっと冷静な表情に戻ると、

指先でメガネのフレームをつい、と上げた。


「つまり、味方ではなくとも、

せめて敵を増やしたくはない、

という理解で合っていますか?」


「そのとおりだ、ユノスくん。

さすがは魔導師。察しがいいな」

レオン王子がすかさず彼を褒める。



どんどん持ち上げていいのよ、王子。

ユノスくんを共犯者、

いや仲間にするためなら、

なんだってしていいわよ!



私もレオン王子をフォローする。

「つまり、ユノスくんには、

騒動に巻き込まれない程度の距離感で、

敵には協力をせず、

私たちにはささやかな協力を望んでいるの」


「ヴィクトリアさんもなかなか、

知略がお上手な方とお見受けする。

――面白い。将来の宮廷魔導師の席、

期待してもよろしいのでしょうか、殿下?」



ユノスくんから、具体的な報奨についての発言。

これはなかなか脈がありそう。

私はレオン王子に小さくうなづいて、

その条件を飲め、と伝えた。



「僕にその権限があるのなら、約束しよう。シンクレア殿」


レオン王子はユノスくんに手を差し出し、彼と握手を交わした。


「商談成立ね!」

三人そろってニヤリとする。


次の瞬間――


「あー!いい表情ですね!

そのままそのまま!」

唐突に私たちのテーブルの前に女子生徒が沸いて出てきた。


「あ。動画職人の人だわ」

さすがに何度目かだから驚かない。


「サムネの撮影に来たんですね。お疲れ様です」

王子も慣れたらしい。


「どうがしょくにん? さむね? って何ですか?」



顔にハテナマークを貼り付けたユノスくんが、

私たちと職人さんを交互に見て尋ねる。

すると彼女の手にあるカメラを見つけて、



「というかその魔道具見せてください! すごいですね!

何のための道具ですか?」



と、すごいグイグイくる。

ああ、彼はやっぱり魔導師だ。


動画職人さんはニヤニヤしながら、

カメラの液晶パネルをユノスくんに見せた。



「ユノスくん、でしたっけ? 

これは映像を記録する魔道具ですよ。

ほら、このように、みなさんの姿を写し取りました」


「おおおおおお! 

その魔道具、どちらの工房の作ですか!」


「ちょーっとお答えできないんだけど……

でも、この二人に協力してくれたら、

いいものあげちゃうかもよ?」


「え?」

「今日はとりあえず、これあげる」



と言うと、動画職人さんは、

小さな恐竜のゴム人形をいくつか、

ユノスくんの手のひらに乗せた。



私とレオン王子は、

「これ水でふくらむやつじゃん」

「せこいわね」

と小声でユノスくんへのプレゼントに

ツッコミを入れていた。



当のユノスくんは、とてもうれしそうに、

「あ、ありがとうございます!」

「うふふ。おうちのお風呂であそんでね! じゃ、また!」



と言い残して、動画職人さんは、すっと消えていった。

また他のワールドに出かけるんだろう。

忙しい人、いや神様だ。



「うわ、消えた!

転移の魔法なんて僕まだ使えないよ!

すごい!すごい!」


「お、おう」

「またあの魔導師さんに会えますか!?」

「きっと会えるわよ」

「おおお……」



ユノスくんは、

手のひらの上の小さな恐竜たちを見つめながら、

「どうやって遊ぶんですか?」

と王子に尋ねた。



レオン王子はにっこり笑って、

「放課後、教えてあげるね!」

「はい!」



唐突な登場だったけど、

ユノスくんのテンションが爆上げになったので、

こちらとしても大助かり。

彼とはさらに仲良くなれそうだ。

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