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第6話 おせっかいなギリシャ神からの差し入れ

『お嬢様、ご学友がお見舞いにいらしています。

お通ししてもよろしいですか?』



執事のセバスチャンの声だ。

そんなシーンあったっけ?


まあ、主役じゃないのだから、週末のプチ帰省中の事故から学校の寄宿舎に復帰するまでのシーンなんていちいち書くわけないよね。


はあ……ご学友、ですか。

えーと、どの子かな?


ゲームのグラを脳裏に浮かべるが、それこそモブなので記憶にない。



「ま、まずいんじゃないですか?」

 レオン王子が焦り顔でささやく。


「婚約者が見舞いに来てるのだから、大丈夫よ、きっと」

「でもお……」

「黙って座っていればいいわよ」


「わかりました……」

 不安を顔いっぱいに貼り付けて、レオン王子がうなづいた。


「どうぞ、お入りになって」



 セバスチャンがドアを開け、ご学友と名乗る女学生を私の部屋に招き入れた。



「ごきげんよう、ヴィクトリアさん。

お加減はよろしくて?」



だれ?

まったく記憶にございません……。



「あ、ああ、もう大丈夫よ。

ごきげんよう、こちらにお掛けになって」



私が椅子を勧めると、彼女は私とレオン王子に会釈をし、部屋にしつらえた応接セットのソファの前に移動した。


私たちは、メモが散乱してる勉強机の前から立ち上がり、その女の子を観察しながらソファに近づいた。


いかにもモブという外見ながら、腹に一物あるような、言ってみればNPCにあるまじき「自我」を感じた。



――しまった、うかつだったわ。

部屋に入れる前にセーブしておくんだった。

万が一罠だったらどうすんの――



「心配しなくても大丈夫ですよ。

私は娯楽の神の使いです」


「なんだ。心配して損した。

何の用?」


レオン王子もほっとしている。

私がソファに腰掛けると、レオン王子と彼女もいっしょに腰掛けた。


「神は貴女の決意にいたくお喜びになられたので、

褒美を取らせることになったのです」


「ことばのいみがよくわからないのですがー」


「世界征服。面白くなりそうじゃないですか。

絶賛注目急上昇ワールドですよ」


「きゅうじょうしょう……ですか」


「というわけで、ちょっとしたプレゼントを持ってきました」


「へ? もうご褒美? サービスいいわね」


ご褒美って何? とレオン王子が耳元でささやく。

多分この中で一番状況を呑み込めていないのが彼だろう。


「基本的にギリシャの神はテコ入れ大好きですから」

「まあ言われてみれば」

「あれってギリシャ神なの!?」

「黙ってて王子」

「ごめんなさい」


「それに、当方の手違いもありましたので、

そのお詫びという意味も。

さあ、どうぞ」


「それって僕のこと?」

私はうん、とうなづいた。


神の使いと名乗る女子高生は、小さな木箱を黙って差し出した。


大きさは……豆腐一丁ぐらい?

ほかに近いサイズと形のものが浮かばない。


恐る恐る木箱を開けてみると、

中には真珠のイアリングが二組、入っていた。


「これって、ペア?」


「そうです。ペアです。

デザインがお気に召しませんでしたか?

その場合は箱の蓋をして、好きなデザインを

イメージすれば形が変わりますよ」


「なにそれ便利、

ってそうじゃない!

こんなん誰と使うのよ。

――あ」

私はレオン王子と顔を見合わせた。


「いいですか、落ち着いてください。

神の差し入れたグッズが、

ただのアクセサリーなわけないでしょう?

これは神の便利グッズです」



ああ、そりゃそうだ。

神々がペルセウスにいろんな便利グッズを与えて、

試練を乗り越えさせたように――



「そ、そうね。じゃあこれはどんな機能が?」


「ざっくり言えば通信機です。

ハンズフリーで会話が出来ますし、

外部の声なども収音します」


「すごいや!」


「チョーざっくりねえ……。

って、この世界はスマホないんだった!

ヤバイ……それは確かに神の道具……」


「そうですよヴィクトリアさん!

ものすごいアドバンテージじゃないですか!」


「た、たしかに……」


「そこのイケメンと上手に連携して、

このワールドをガンガン盛り上げてくださいね!

みなさん楽しみにしていますよ!」


「「みなさんって?」」

思わずハモってしまう私たち。


「やだなあ、もう忘れちゃったんですか?

神々に決まってるじゃないですか~」


「げっ!!」

「マジか……」


そういえば、これは……。

リアリティショー……。


やだ、みんなに見られてる?

うわ……。

きもちわるい……。


「ああ、ご安心ください。

そうそう恥ずかしいことにならない程度には、

こちらで編集して配信してますので」


「編集? 配信?」


「ニンゲンさんの世界でも、

ネットやテレビがあるじゃないですか。

神だって好みとかありますから、

普通にアニメとか映画とかも見ますし、

それに、転生者のライブ配信もよく見てますね。

まあ、時代のニーズってやつですかね」


「はあ、そうですか……」

「僕の行くはずだったワールドも配信してたのか……」


「ヴィクトリアさん、今回のてこ入れも、

スパチャで潤ったからなんですよ」


「うわなんかイヤ」

「神もスパチャすんのかー」


「じゃあそういうわけで、

引き続きがんばってくださいね。応援していますよ」


「ちなみにあなたは?」


「私は動画職人です。

サムネ作ったり編集したりなど

いろんな神と契約してるんです」


「えええ……」

「すごいな動画編集教えてください」



どさくさ紛れにレオン王子が神からレクチャー受けようとしてる。

一体どこで配信するつもりなのか。

というかパソコンとかないんだけど。



「じゃあこれで」

「あ、まって」

「まだ何か?」


「ス、ステータス画面は

どうやって出すんです?」


「このゲームはステータスがないので、

UI周りを鋭意制作中です。

次回のパッチで実装しますので、

数日待ってください。


あとはもう用はないですか?

私はワールド掛け持ちなので、

忙しいから帰りますよ。

あ、近日中にサムネの撮影で寄るのでよろしく」



そこまで一気に話すと彼女は去って行った。

ホントに忙しそうだ。

神の世界も世知辛いのだな。



「サムネの撮影って、なんか僕ら配信者みたいでかっこいいですね~」

「なに呑気なこと言ってるのよ。打ち合わせの続きやるわよ」

「はーい」



すると急にドアが開いた。

動画職人さんが顔だけ出して、


「言い忘れたけど、急いでセーブしといた方がいいわよ」


と、それだけ言うとバタンとドアを閉めて行ってしまった。


「せわしない人ねえ」


「そんなことより、早くセーブしましょうよ。

僕もなんかイヤな予感がします……」


「はいはい」



私は、心配性な婚約者を安心させるために再度セーブボタンを押すと、セバスチャンにお茶とお菓子の追加を命じて作戦会議を再開した。

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