「ヴィクトリアさん、なんか顔赤いけど大丈夫?
それに、眉間にしわが……」
「だ、だいじょうぶ、です! 大丈夫だもん!!」
「それならいいけど……」
ターゲットとカップルになるのが、学園パート前半でやるべきことで、
第三王子と婚約が成立しなければ、プレイはやり直しとなる。
現状で私と多島さんが仲間なのだから、第三王子の心変わりは発生しない。
悪評を潰し、私と彼の婚約を維持できれば我々の勝ち。
そして、実際かなりハードなのだけれど、この次のパートでは、王子の暗殺を阻止しなければならない。
これがとんでもなく高難易度で、私は何度レオン王子を死なせてしまったか分からない。
ああ、ごめんなさい王子……
でも私はクノイチでもスパイでもなく、
ただの一般人女子なんだもの。
苦情なら制作陣に言って……
まったく、なんでこんな意地の悪いゲームを
買ってしまったのかといえば、
1に声優、2に絵師。
……仕方ないよね?
あ……。
そういえば、この世界のクラリッサのターゲットって……誰?
一番大事な情報じゃない!
急いで知らなければ……。
「セバスチャン!」
私は廊下で控えているセバスチャンを呼んだ。
すぐに彼はドアを開けて入室してきた。
「はい、お嬢様」
「今って何日……いや、まだ休暇中?
それとも、もう終わってたら何日経過してる?」
どうせ暦を聞いたって分からない。
「は。お嬢様が落馬されてから
数日お目覚めになられませんでしたので、
休暇は終了し、四日ほど経過しております」
「四日……ありがとう。下がっていいわ」
セバスチャンは一礼すると部屋を出て行った。
四日……マズいことになっていなければいいのだけど。
◇◇◇
「塩野義さん、僕だんだん怖くなってきましたよ……
女の人ってみんなこんな怖いゲームやってるんですか?」
「たぶん違うと思うわよ。それから、怪しまれるといけないから
お互い、ちゃんと役名で呼び合いましょうね」
「あ、ごめんなさい。つい。ヴィクトリア嬢」
「OKよ、レオン殿下」
「とにかく僕は死なずに君と結婚する、
これがゴールでいいんだよね?」
「え? 結婚……、
ああ、そう、結婚、結婚ね。
そうそう、結婚」
うっかり思考からこの二文字が消えていた。
『結婚』
プレイ中、学園パートで王子のハニトラに失敗すると、雑なバッドエンド画面が出て、スタート画面に戻されるだけだった。
だから、リアルに王子との結婚を脳に浮かべることが出来なかった。
成功したところで、カップルになる以上のことは苦行だから、先の展開も発生しないわけで……。
言われてみれば、私はこの人の妃に――
改めてそんなことを考えたら、
別な意味で顔が赤くなってきた。
で、でも彼は大学生で、私より年下で……
それも悪くないけど……
うーん……
「王子? か、確認したいんですけども」
「どうかしましたか? ヴィクトリア嬢」
「仮にですが、この世界から日本に戻れなかった場合、
私とこの世界で一緒に暮らす事になっちゃうんですが……」
「ん? ああ、そうか……。
僕でいいのでしたら、別に構いませんよ。
どのみち僕、死んでますし」
「しょ、正直、この配信……神の茶番に
いつまで付き合うことになるのか、
今では想像もつきませんが、
もしも人生全うできるのなら、
同郷の人と一緒にいられるのは安心かな……」
「ですよね!
どこか辺境で静かに暮らしましょう!
頑張れば日本食だって
作れるようになるかもしれないし!」
「そうね! 私は……もう、帰れなくてもいい。
戻っても疲れるだけだし。
だから私はここで――」
「ここで?」
「この世界で、ビッグになります!!!」
ヤケクソなノリでシャウトしてみた。
「ビ、ビッグ……?」
多島さんことレオン王子がドン引きしている。
「あ、ああ、つまりですね、つまり、
私は、世界征服、かな?」
「ああ! そういう方向ですか!!
つまりヴィクトリアさんは、
この世界の初代統一女帝になりたいと!?」
「へ? あ、とういつ? 天下統一!?
よくわかりませんが、ブラック企業で
使い潰される人生なんてもううんざり!
誰が戻るもんですか!
とにかく私はエライ人になって、
成り上がってやりたいんです!」
これじゃクラリッサと同じじゃん。
「おおお……」
レオン王子は感心してぱちぱちと手を叩いた。
「つまりこれは、
この恋愛アドベンチャーゲームは、
じつは『ストラテジー』だったというわけですね!」
「そうなんです!」
そうなのか?
全力で肯定しといてなんだけど。
「分かりました! ヴィクトリアさん!
二人で天下統一しましょう!
あ~みなぎってきたああああああ!!」
レオン王子は私の手をガッシと取って、
燃えるまなざしで私を見つめました。
そういえばこの方、バトル系の世界に
行く予定でしたわね……。
よくわかんないカンジで、
私たちは部活みたいに盛り上がりました。
それから――。
「さて。
あんまり休んでもいられないわね。
なるはやで学校に行かないと、
クラリッサにどんな悪評を立てられているかわからないわ」
休暇期間はとっくに終わっていて、今は学園を休んでいる状況だった。
しかも四日も経過してるなんて。
「クラリッサひどい」
レオン王子がドン引きしている。
そろそろ、このノリにも慣れてもらいたいものだ。
「とにかく、あの女を放置しておくと大変なことになるのよ。
彼女の後ろ盾は、どこぞの伯爵令嬢なのだから――」
「後ろ盾なんているんですか……」
「そう。
そいつが便利、いや曲者なのよ」
クラリッサの後ろ盾、というのは、
彼女の親戚であるところの令嬢、フローラ。
ご都合主義で、わりと近所に住んでいる。
この令嬢様、ゲーム内ではとても良い人物で、
内気だけど、姉妹のように育ったクラリッサを
とても大事にしている。
養女だからといって差別もしない。
ホント、いい子なのよね。
「ほう……。典型的な友人キャラですね」
指を顎に当てて言う、レオン王子。
一緒に服を買ったり、勉強したり、
カフェに行ったり……、と
学園の寮ちかくの街で、楽しく青春を謳歌しているわ。
貴族の子女がそんな学園生活を送るのかどうかは
疑問だけど、これはあくまでゲーム。
プレイヤーが納得すればOKなのだ。
ゲーム的に言えば、この令嬢様はプレイヤーを
支え、励まし、ずっとそばにいて、
フォローする役となっている。
基本的に裏表がなく、やさしくて、
温室育ちで世間知らず、
言い方は悪いが、騙されやすいお嬢さんだ。
「あっ……そうか」
「気づいたわね?」
彼は頷いた。
レオン王子は、なかなか物分かりのいい男のようだ。
こんな便利な女を、クラリッサが利用しないわけがない。
現にプレイヤーだった時は、最大限利用した。
本当に良心の呵責なく利用した。
そのくらい、かなり使い勝手のいいキャラだった。
この伯爵令嬢に、ヴィクトリアのあることないことを吹き込むと、
根が素直なお嬢様が真に受けて、
周囲に拡散してくれる。
今にして思えば、プレイヤーだった自分は
どんだけ鬼畜な行為を繰り返していたのか。
震えが止まらない。
そして、この伯爵令嬢を攻略するには――
と、思索をめぐらそうとした時、ドアがノックされた。
『お嬢様、ご学友がお見舞いにいらしています
お通ししてもよろしいですか?』
執事のセバスチャンの声だ。
――ご学友、ですって??