私は、多島さんことレオン王子と、今後の綿密な打ち合わせを始めた。私と彼とでは、このゲームについて知っている情報量が違いすぎるから。
逆に言えば、ゲーム内容を熟知した人間が二人もいるなら、この逆境も必ずひっくり返せると思っている。
自分たちの命がかかってるんだもの、私は真剣だ。
さしあたり文字を記入できるものを探すと、部屋の隅に勉強机があったので、机の上や引き出しの中を漁った。
すると、おあつらえ向きに罫線の引かれたノートや、鉛筆、それからインクに漬けて使う羽ペンなどが出てきた。
インクはすぐには乾かないから、鉛筆で記録を取ることにした。
1本しかなかったので鉛筆削りが必要だな、と思って探してみたけど見当たらないので困っていると、あとでレオン王子がナイフで削ってくれるって。
あんがい器用なのね。
「がんばらないと、私たち、
確実に死んじゃうんだからね」
「たしかに……塩野義さんの言う通り」
「ヴィクトリアよ。
誰が聞いてるか分からないから
気をつけてね、レオン王子」
「ああ……すみません。
僕は王子様のロールプレイ中なんでしたね」
「まあ、この命尽きるまで、
私はヴィクトリアで貴方はレオンなんだけど」
レオン君は、おっ、という顔をして、
「か、かっこいい……お姉様。僕ついていきます」
「お、おおお、おねえさまって……いやあ」
まあ、悪く思われるよりはいいけども。
おねえさま……。
うん、悪くないわね。
「というか、リスポーンはありなんですよね?」
「リス……ああ、死んだらやり直し出来るというアレね」
RPGやアクションゲームでもおなじみのシステム。
プレイヤーの操るキャラクターが死んでしまったら、
生き返ってやり直せるというやつ。
「もしかしたら、ないかもしれないわよ」
「なんだって!?」
「そもそも乙女ゲームでプレイヤー
キャラクターの死亡はないし」
「で、でも、すぐ死んじゃうんですよね?」
「私も神からそういうの聞いてないし」
「ええええ~~~」
「そのかわり」
「そのかわり?」
レオン王子が身を乗り出してきた。
「リセットボタンをもらったじゃない?
だから、最低線、死に戻りは出来る」
「なるほど。でもセーブしてなかったら?」
「死にっぱなしかしら」
「そんなあ……」
さっきとは逆に、レオン王子が
ぐんにゃりとうなだれた。
「大丈夫よ。
毎朝セーブすれば、最低線
一日ぶんロスするだけでやり直せるわ」
「それなら、まあ何とかなりますかね」
レオン王子は、心底ほっとした顔をした。
イケメンがコロコロと表情を変えるの、ちょっと反則。
とにかく、私が知る限りの情報、これから起こりうることを紙に書き起こす。
というか、仕事でもこんなにマジになったことない。
別に仕事は嫌いじゃあなかったけど、 殺人的な仕事量と劣悪な人間関係で、 今にして思えば死んで良かったと言わざるを得ない。
そして、あらためてリストを見ると、 こんなひどい状況で、王子もヒロインのあの娘も、 そして私も活動していたわけで、事実関係に背筋が寒くなった。
◇◇◇
「それじゃあ、私たちの最大の敵についてレクチャーするわね」
「はい! よろしくお願いします! ヴィクトリアさん!」
「よろしい。それじゃあ――」
ゲームのヒロインについて。
名前は、クラリッサ・デュ・ヴィヴィエール(16歳)
元は平民の孤児だが、その美貌で貴族の養女となり学園にやってくる。王国で成り上がることに強い執念を燃やし、目的のためなら手段を選ばない。貴族に憎しみを抱いている――。
というのが、ゲームの取説に書かれた彼女のプロフィール。
一応は乙女ゲームなんだから、 もうちょっとこう……マシな設定に出来なかったんかい、とプレイ当時の私は思っていた。
でもまあ、メーカーがメーカーだからしょうがないか、と。
生活苦から、貴族の家に里子に出された彼女は、なんとしてでも成り上がりたいと、あらゆる手段を使って、セレブや王族に取り入ろうとしていた。
つまり、プレイヤーが落とす『ターゲット』たちのことね。
何人かいるけれど、王族に絞って話をすると、第一・第二・第三王子の三名がいて、それぞれに難易度が異なる。
「え、僕もターゲットに入ってるんですか? だって……」
「そう。婚約者がいても、略奪可能なのがこのゲーム。頭おかしいわね」
「鬼畜っぷりがヒドイですぅ……」
レオン王子が仕様の酷さにげんなりしている。
王位継承権の第一位は、第一王子。
彼の妻になれば王妃になるのは、ほぼ確定。
だけど、隣国の王女と婚約してるから、さすがに彼を落とすのは難しい。
というか、ターゲットとして選択できるけど、ほぼ攻略は不可能。
何かの裏技があるのかもしれないけど、私は発見できなかった。あのメーカー、あたまおかしい。
「ああ。ストーリーの都合上、戦闘にはなるものの、
絶対に倒せない敵みたいですね。
素直にやられないと先に進めない系の」
「あれムカつくわよね。
なんとか倒せないか
必死に対策した時間を返せって思うわ」
「前情報ないとつらいですよね……」
なんてゲーマー同士の会話が出来るの、ちょっと嬉しい。
できれば生きているうちに会いたかった。
次に第二王子。
見た目はいいけど頭はカラッポ。
そのせいか、婚約者が出来てもすぐお断りされちゃうのでいつもフリー。
王位継承権は第二位なものの、王様も『コイツだけはないわー』とばかりに期待していないから、第二王子当人も自分が王になるとは思っていなくって、遊び惚けているわね。
落とすのは難しくないけど、彼を王位につける気なら難易度は跳ねあがる。まあ、めんどくさいから第二王子ルートは落とすだけの消化試合ね。
そして、私の婚約者である第三王子。
見た目も性格もさわやか系。いかにも王子様。
ただし、婚約者がいるから、落とすなら略奪するしかない。
――だから計略にハメて手に入れる。
王位継承順位が低いから、王妃を目指すプレイヤーが選ぶターゲットにはなりにくいけど、やろうと思えば出来るわね。
かなりの茨道になるけど。
というのも、第三王子は日常的に暗殺の危機に瀕しているの。
第二王子を担いでる連中が、第一王子と第三王子を暗殺しようと躍起になってて、第三王子の死亡率がとても高いからなのよね。
やっぱりこのゲーム作った連中、あたまおかしい。
「ああ……僕、鬱になりそう」
「がんばって! 私も協力して敵を駆逐するから」
「はいぃ……」
改めて己の境遇に涙するレオン王子。
まあ、その方が配信も盛り上がるって娯楽神も思ったのかしらね。
つまりプレイヤー=クラリッサが、ハニトラで皇太子妃の身分を得るために第三王子を選択した場合、こうなる。
婚約者のヴィクトリアの悪評を流し、悪者に仕立てあげ、婚約破棄を誘発させて、あるいは自殺、あるいは他殺、国外追放等々で退場させて、自分が婚約者の座に納まるという筋書き。
もちろん、裏では第三王子の暗殺を阻止するために、手駒を使って暗躍する必要があるのだけど。
何度も思うけど、これって乙女ゲームなのかしら……?
結局、ヴィクトリアが悪役令嬢よばわりされるのは、彼女自身が主人公をいじめたりしたのではなく完全に濡れ衣ということ。
改めて己の身に降りかかるであろう事態を把握すると、私も震えが止まらない。
……このゲームの開発者、確実に乙女ゲームを理解していない。
一体なにを見たのか……主人公への怒りがふつふつと湧いてくる。
絶許。