王子は意を決したように口を開いた。
「あなたも、転生者……ですよね?」
「えええええええええええええええ――?」
そ、そんなバカなっ?!
レオン王子まで転生者なの?
王子は私の大声で一瞬ギョっとしたけれど、
私の反応から転生者だと分かって、
安堵の表情を見せた。
「はあ、よかった……僕だけでこの先、
どうしようかと思ってたんですよ。
学校に行く途中、よく分からないけど死んでて、
それから女神と話してたら眠くなって、
目覚めたら馬車に乗ってて、ここに着いたら
娘が転生者だから事情を聞けってだけ言われて……」
こんな話、娯楽神から聞いてない。
第三王子が、あのコロコロと死ぬ第三王子が、
よりによって私と同じ転生者だったなんて!
これはもしかしたら……かなりヤバいことになったかも。
「確かに私も、転生者です。
さっき目覚めたばかりで状況が把握出来ていないんですけども」
「その前に、貴女のお名前を教えてもらえませんか?
僕は多島翔、前世では大学生です」
どうしよう。
万一、現世に生き返ったとして、リアルを知られるのは……
でも……ま、いっか。
「生前の名前は塩野義遥香、元OL、
今の名前は、ベルフォート公の長女
ヴィクトリア……って知ってますよね」
「知りません。
っていうか塩野義さん、ここ何なんですか?
中世末期の欧州のような、そうでもないような場所で、
あのクソ女神、言ってたことと違うじゃないか」
状況の飲み込めなさは、彼の方が上だった。
――と、その時。
ピロリン、とチャイムが鳴り、
目の前に羊皮紙っぽい紙が現れた。
見えない板に貼ったように、
ぴんと張ったまま宙に浮いている。
「なにこれ……えっと何か書いてある」
「書いてありますねえ……」
【遥香さんへ
私の手違いで、男性一名、
違うゲーム世界に送るはずが
そっちに送り込んでしまった。
悪いがそのまま、その世界で
協力して頑張って欲しい。
娯楽の神より】
「……だそうです、多島さん」
「えええええええ」
多島さんは、かなり失望していた。
「僕、聞いてないですよぉ……
だって、あのクソ女神は僕がプレイしていた
クリスタルソードオンラインの世界に
ベテラン勇者として送り込むから
エンジョイしろって言ってたのにいいいい」
よくわからないが、おそらくファンタジー系の
MMORPGっぽい。
「クソ女神? 男じゃなくて?」
「え、そっちは男性の神だったんですか?」
いろいろ齟齬があるっぽい。
多島さんは、大きくため息をつくと、
「……ま、神のすることだから、実際の見た目には
あまり意味がないのかもしれないな。
とにかく、どうやら僕は手違いで
塩野義さんの世界に放り込まれてしまったようだ」
「そのようですね」
「それで、ここはどんな世界なんですか?」
「あの……非常に申し上げにくいんですが、多島さん……」
「は、はい」
多島さんはごくりと唾を飲み込んだ。
「ここ、乙女ゲームの世界なんです」
「お、乙女、ゲー……ですと?」
多島さんは膝から崩れ落ちた。
とりあえずゲームの概要と、多島さんのキャラの
説明をしてあげたら、さらにさらに落ち込んでしまった。
「し、しぬんですか? 僕そんなにしぬんですか?
しんだばっかなのに!
ひどいいいいいいいい」
多島さんがパニックに陥ってしまった。
「落ち着いて、落ち着いてください、多島さん。
ここは娯楽神の言っているように、
協力プレイということで、がんばりましょうよ」
「協力……ですか。塩野義さんは
僕に協力してくれるんですか」
「そうです。貴方に死なれると、私も破滅するんです。
そして当然ながら、私も死かそれに等しい破滅が待っている。
それがこの世界、このゲームにおける我々なんです。
だから、味方は一人でも多い方が生き残れるというわけで」
多島さんが、イケメンフェイスを真っ青にしている。
「乙女ゲームなんていうから、てっきり逆ハーレムで
キャッキャウフフとばかり……
なんてハードなゲームなんだ。
こんなゲーム作ったやつの顔が見たいよ」
こんどは、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「はあ。確かにこのメーカー、
以前は高難易度のアドベンチャーとか
探索要素のあるアクションゲームとか作ってたので、
急に乙女ゲームなんか作っても……というね」
「うへえ……死ぬ前に貴女に出会いたかった」
とうとう多島さんは頭を抱えてしまった。
「ところで多島さんは、神から何か言われたり、
もらったりしたものはありませんか?
チート能力とかアイテムとか、目的とか」
多島さんは顔を上げて、
「そういえば、チート能力で
【超回復】を貰いました。
ファンタジー世界で剣士やるなら
ポーション要らずだし
便利でいいだろうって言われて……
でも乙女ゲーの世界で超回復なんて」
「超回復……使える」
「そうですか?
僕バンバン暗殺されちゃうんですよね?
超回復ぐらいでどうにかなるような運命なんでしょうか」
イケメンフェイスが不安でいっぱいだ。
「確認ですが、基本は剣士なんですよね?
そういうスキルは?」
「そもそもUI (ユーザーインターフェイス)が
違うどころか何も出て来ないので
確認のしようもありませんよ。
少なくともリアルの僕に剣の心得はありません」
「ま、そのうち分かるわよきっと」
「無責任な」
「そもそも超回復能力を娯楽神が
多島さんに与えたってことは、
おそらくとんでもないヒドイ目に
遭わせるつもりだったはず。
その方が面白いから」
「鬼畜だ」
「ならば、王宮の暗殺者の手にかかっても、
生存確率が上がる。
でしょ?
それに、神もこれじゃヤバイと思ったら、
DLC (ダウンロードコンテンツ)で
なにかしら追加要素を出してくるわよ。
わかんないけど」
「なんかいろいろ詳しいですね、塩野義さん。
あなたゲーマーですか?」
「こまけえこたあいいんだよ。
それより、私たちの生存確率を上げるには、
やはり一緒にいた方がいいと思うのよね」
多島さんは、うんうんと頷いている。
「私のチートアイテムは、セーブボタン。
セーブした時点に戻れるアイテムよ。ただし一か所のみ」
「ファミコンのバッテリーバックアップだって
3か所はあるのに、けちんぼですね」
「まあね。娯楽神のつもりとしては、
私にループ物の主人公をやってみせろ、
ってことだと思うのね」
「なるほど……ループものですか。
これまた、頭つかいそうですねえ。
僕は足ひっぱってしまいそうだな……」
「大丈夫、きっと貴方を守ってみせる」
「し、塩野義さあああん!」
多島さんは、ぽろぽろと涙をこぼした。
ああ、なんて男前なの私。
こうなったら、とことんやってやる。
そして、この世界で成り上がってやる!
「こういう言葉知ってますか?
一蓮托生っていうんですが、
まあ、貴方は今日から私のバディです」
「あ、あ、あああ、ありがとうございます!!」
多島さんは、美麗な王子顔を涙でグシャグシャにしながら、
私の手を握って何度も何度も上下に振った。
よほど怖かったのかな。かわいそうに。
――この日、私たちはタッグを組み、娯楽神の挑戦に
敢然と立ち向かう決意をしたのでした。