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第2話 初めまして、婚約者様……と思ったら彼も転生者だった

私は、豪奢な寝室で目を覚ますと、 

娯楽の神様と話したことなんかを

ぼーっと思い出していた。 



「うーん……なにか、忘れているような……」 



そんな気がして、回らない頭で思い出す。 

えーっと…… 





     ◇◇◇ 





「で、私は……だ、だれなんですか?」 



私はイケメンイケボイスのギリシャの娯楽の神に訊ねた。 



「ヒロインのライバル、悪役令嬢だよ」 



あー……そういうのですか。 


でもこのゲームの悪役令嬢って……どちらかというと 


主人公の当て馬タイプで、よく死んでたような…… 




「――悪役令嬢?! ちょっと待って!!」 


 「はい? なにかな」 


「あ、悪役令嬢っていったら、死んじゃうじゃない!」 


「ああ、そんなゲーム内容だったかな。 

だから、死なないようにがんばって盛り上げてくださいと」 


「くださいとじゃねーわ!

なにか、なにかあるんでしょ? 


なにかチートとかアイテムとかそういうの。 

なきゃすぐ死んじゃうからつまんないわよ?!」 


「はいはい、あげるから落ち着いてお嬢さん。 

君には最高のアイテム、セーブボタンを進呈しよう」 


 「セーブボタン? ダサい名前」 



娯楽神は腰の巾着袋から、ごそごそとペンダントを取りだし、私の手に握らせた。 



「僕は分かりやすさをモットーとする神なの。覚えといてね。 


いいかい? これは、記録した時間に戻れる道具なんだよ」 


「た、たしかに、セーブボタン……すごい」 


「OH、さすが日本人、話が早くて助かるよ。 


そういう概念をすんなり飲み込んだり、 

最初から知ってたりするのは、君たち日本人ぐらいのものだ。 


こちらも仕事上、ついつい日本人をスカウトしちゃうんだよね」 


「はあ……」 


 「とりあえず、電池とかは気にしなくていいけど、 


生活防水ぐらいだから、風呂に浸けたりしないでくれ」 


 「わかりました」 


 「あと――」 


 「まだ何かあるんですか?」 


 「がんばって盛り上げてくれたら、ご褒美あげるから 

張り切って悪役令嬢やってね♥」 


「お、おう……」 


「じゃあ、またそのうち。おやすみ……」 





彼が私の額に手をかざすと、強い睡魔に襲われて…… 



すやぁ……。 





     ◇◇◇ 





あー……だいたい思い出した。 

神様と何を話してたのか。


で、そのペンダントってのが…… 

これか。 


胸をまさぐると、金属製のペンダントが出て来た。 

楕円形の蓋付きの入れ物、その下に羽が生えている。 


蓋をひらくと、丸いボタンがひとつ。 

蓋の内側に、簡単な取説シールがついていた。 





【押すとひっこむ→セーブ】 


【押すと飛び出す→戻る】 


【長押し→セーブキャンセル】 





なるほど、これではたしかに1つしかセーブが出来なさそうである。 



『トントントン』 



ん? 


誰かが部屋のドアを叩いている。 

たしかに、自分は令嬢なのだから、家族もいれば使用人もいるはず。 





「はい」 


『お嬢様、お目覚めでございましょうか』 





初老の男性の声。 

おそらく、執事のセバスチャンだろう。 

ほかの使用人の名前はゲーム中で表示されてないのでわからない。 





「起きてるわ。何の用です?」 


『お嬢様のお見舞いに、殿下がお越しでございます。 


お通ししてもよろしいでしょうか』 





殿下……? 


殿下…… 


殿下? 


あ。 


殿下!? 





「あ、あ、ちょ、ちょっと待って、顔も洗ってないし、あのあの」 


『承知しました。お支度の準備を致します』 


「そうね、そう、そうしてちょうだい。殿下にはもうちょっと待って頂いて」 





私はあわあわしながら、執事に返事をした。 


ゲームでは、たしかベッドに横たわる私を 

婚約者が見舞いに来るのだけど、 

さすがにこのリアルな世界でそれはないわー。 


顔洗ってないしメイクしてないし歯も磨いてないし、 

そもそも私は絵じゃないし……いろいろヤバイ。 


そうこうしているうちに、侍女が二人やってきて、 

いつのまにか身支度が終わっていた。 

貴族ヤバい。自動で支度が終わる。 


それでも、昨日私は落馬して、今朝昏睡状態から目覚めた、 

という設定なので、ふたたび自室のベッドに寝かされた。 


そこへ、待ちぼうけだった婚約者、この国の第三王子、 

レオン殿下がやってきた。 



この国の王子、つまり、まあ政略結婚ってやつ。 

この第三王子ってのが微妙で、 

プレイしていた時は、本当に苦労した。 


なぜかといえば、王室では第一王子、 

第二王子、第三王子で派閥が出来ていて、 


攻略対象に選んだ日には、ちょっと気を抜くとすぐ暗殺されちゃって、 

ストレスマッハだったわ。 


だからしょっちゅうリセットしては、 

王子が死なないルートを探したり、 

別の派閥の刺客を使って婚約者を暗殺したり…… 



って私のことじゃん。 



このように、とにかく婚約者を殺したり、 

あるいは名誉を貶めて婚約破棄をさせ、 

暗殺者を返り討ちにしつつ、 


レオン王子を殺さないように 

エンディングまで生かす必要がある。 



第三王子の攻略難易度はSクラスだから、 

あまり攻略する人はいない。 


だけど完全クリアを目指す私は、 

もちろん第三王子のストーリーもプレイした。 



そして…… 


そう、私が悪役令嬢と呼ばれるのは、 

全てあの女の計略によるもの。 


プレイヤーの操る、腹黒ヒロイン。 

――クラリッサ。 



クラリッサこそ諸悪の根源。 


王室のお家騒動を利用して何人ものNPCを殺し、 

己の欲望のままに男を、富を、権力を貪りまくる。 


その被害者の一人が私。 


真のヒロインは――私!? 


そう、私!! 




この世界で私は、自分の命と婚約者の命を守り通し、 

自分と婚約者の敵を全て排除する――!! 



これが、あの娯楽神の求めるストーリー。 

そう、察した。 





「あの……人払いをしてもらっていいですか?」 



レオン王子は、部屋に入るなり、案内をした執事に言った。 


執事のセバスチャンは一礼すると、 

侍女たちを退室させて扉を閉めた。 





「お、おじゃまします……」 


「あ、はい。どうぞ」 



なんだこの王子? 

どうも様子がおかしい。 

おじゃまします? 



王子はうつむきながら、こわごわと私に近寄ってきた。 


……婚約者なのにどうして? 


な・に・か・が・お・か・し・い 


王子のあまりに不穏な様子に警戒した私は、 

ペンダントのボタンを押し込んだ。 





――セーブボタンON!―― 





「殿下、お見舞いありがとうございます」 


 とりあえず自分から声を掛けて、様子を見よう。 


王子の体がビクッ、と跳ねた。 

そのおかげで、うつむいていた顔があらわに。 


紛うことなきゲーム画面でさんざん見た顔を 

リアルに作ったカンジの顔だった。 



そう……イラストの2Dゲームが、コラボかなにかで 

洋ゲーテイストのリアル顔になったような。 


それでも衣装や髪型などの設定はきちんと押さえてあって 

よく出来てるなあ、と感心した。 



王子は、ゲームのイラストとおなじく、 

金髪碧眼の分かりやすいイケメンで、 


王宮のドロドロに巻き込まれている割りには、 

どこかしら幼さも残った顔立ちだった。 



……はずなのだけど、こんな顔は見たことがない。 

ものすごく、不安そうな表情をしている。 



「あの……殿下、どうかされましたか?」 



王子は私の顔をしばらくじっと見つめると、 

意を決したように口を開いた。 



「あの、僕、多島といいます。 

あなたも、て、転生者……ですよね?」 



「え? 


 ええ? 


 えええええええええええええええ――?」 





そ、そんなバカなっ?! 


レオン王子まで転生者なのおおおおおお???? 

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