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「犯人は貴方よ!」
女子生徒のヴィクトリアは、王立高等学院の廊下で若い男性教師を指差しながら、声高に告げた。重厚な石造りの校舎は、彼女の澄んだ声を響かせる。
夕刻のため、ほとんどの生徒は下校しており、ヴィクトリアと教師の二人だけが長い影を石床に落としていた。
彼女の腰まで伸びた長いつややかな黒髪はゆるやかなウエーブを描き、令嬢が身に付けるには質素なデザインの学院制服を、いくばくか優雅に見せている。
「何の話だ、気分が悪い。失礼させてもらう」
やや緊張した面持ちの教師は、ヴィクトリアの言葉に臆せず答えた。
ローブを翻して立ち去ろうとする教師の腕を、柱の影から現れた男子生徒のレオンが掴む。その拍子に小さな薬瓶が教師のローブのポケットから転げ落ちた。
しまった、と慌てる教師を拘束するレオン。
「な! お、王子……どうして生きてるんだ!」
真っ青になる教師。
「まあ、普通なら死んじゃってますよね。この瓶の中身、猛毒なんでしょう?」
金髪碧眼の美男子は、いたずらっぽく教師に尋ねた。
王国の第三王子であるレオンは、令嬢ヴィクトリアの婚約者であり、王位継承に関わるお家騒動の真っただ中にいて、常日頃から暗殺の危機に見舞われていた。
「レオン王子暗殺未遂の犯人は貴方でしょ」
ヴィクトリアが問う。
「いや、ち、違う」
教師はレオンの手を振り払おうとするが、ビクともしない。彼の腕は大人の男でも解けないほどの強さで掴まれている。華奢な見た目とは裏腹に、レオンの力は驚くほど強かった。
教師が、抵抗は無意味だと悟るに時間は要らなかった。
レオン王子はニヤリと笑う。
「結構苦しみましたよ。死なない程度には」
「何故――あ、」
「何故でしょう。ふふふ」
なぞなぞを話す子どものように、レオンは暗殺の実行犯に問いかける。
確かにあり得ない。
致死量の毒を飲ませた。ちゃんと飲み干すまで見届けた。
それなのに。
教師は目の前の事象が理解できず、混乱していた。
「これ、中身は毒よね?」
「ち、ちがう! ただのポーションだ!」
「そう……。毒じゃないなら飲んでみて。毒じゃないんでしょう?」
小瓶を拾い上げ、教師の顔に近づけるヴィクトリア。
二三度、中身の液体を振ってみせると、教師は短く悲鳴を上げて身をよじった。
「や、やめてくれ! 猛毒なんだぞ!」
「フン、やっぱり毒じゃないか」とレオン。
「誰の命令なの?」
「それは……」
「黒幕を教えてくれないなら、貴方も飲んでみる?」
ヴィクトリアは小瓶の蓋を取った。
「や、やめろ!」
首を左右に振って抵抗する教師。
「本気で嫌がってるわね。ということは……すごい毒なのね」
ヴィクトリアが小瓶に鼻を近づけて匂いを嗅ぐと、
「やめなよ、危ないだろ」とレオンが止める。
「あんがい匂いしないのね」
「だから食品に混ぜやすいんだろうさ」
レオンは先刻まで猛烈な腹痛に襲われ、床を転げまわっていたことを思い出し、ひどく渋い顔になった。
神からのギフトがなければ回復出来ず、とっくに死んでいる。
――これはヴィクトリアだけが知るコトだが。
「ちょっとだけ舐めてみませんか? そうすれば僕の気持ちも少しは理解できると思うんだけど……」
「死ぬ! ちょっとでも死ぬ! 死ぬから無理! 無理無理無理!」
首をブンブン振って抵抗する教師。
恐ろしさのあまり、半ベソをかいて鼻水をたらしている。
「先生、そろそろ白状してくれない? 私達忙しいんだけど」
「そうですよ。まだまだ僕らの敵はたくさんいるんだから……ね?」
ガンギまった二人の目に観念したのか、教師は依頼者の名前を白状した。
「なるほど……それは仲介者ですね。黒幕じゃあない」
落胆するレオン。
「序盤の雑魚キャラが、そうそう大物と繋がってるなんてないわよ」
「それもそうだね、ヴィクトリア」
「あの……雇い主を教えたんだから、逃がしてくれないか?」
「「は?」」
レオンとヴィクトリアは、思いっきり教師の足を踏んづけた。
静まり返った校内に、教師の絶叫が響く。
◇◇◇
叫び声を聞きつけてやってきた警備兵に、教師を引き渡したヴィクトリアはつぶやく。
「まずは一人……」
「そう、だね」
自分たちの敵の多さと、勝利への道のりに気が遠くなるヴィクトリアとレオンだった。