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#007. 中川蒔絵


 翌日7月2日、朝9時。県立漆川高校。

 首都圏にあるどこにでもある普通高校だ。


「なあアリストーンやってるか?」

「ああ始めた。まだレベ2でさ」

「俺もレベル2だよ、一緒にやるか?」


 教室内ではそんな会話が聞こえてくる。

 俺ももちろん始めたけど、教室で会話する相手とかいない。

 友達が少ないので。


「アリスシステムまだ買ってなくて」

「だよなぁ。高い買い物だもん」

「そうだよね」


 もちろん大多数はこっちの様子見派だった。

 全員ゲームやってるわけないんだよな。当たり前だけど。


「ねえ、琉亜るあ君」

「ん? なに?」


 声を掛けてきたのは隣の席の中川なかがわ蒔絵まきえちゃんだ。

 ふわふわのセミロングで小動物みたいな可愛さがあって、一部男子には絶大な人気を誇っているが、本人にその自覚はない。


 俺はそんな男子たちの非難めいた視線を感じつつ、答える。


琉亜るあ君、自分からは言わないけど、アリストーン始めたんでしょ?」

「何で知ってるの?」

「昨日の帰り、顔が笑顔で怖かったから」

「怖くてすまんな」

「普段、あんまりニコニコしないもんね。意外な顔見れてよかったわ」

「そりゃどうも」

「いひひ」


 蒔絵ちゃんは口をニィッてして、得意な顔をする。

 そんな顔ももちろん可愛い。


「それで、ね?」


 隣の席なのにさらに顔を近づけてくる。

 内緒話らしい。

 ちょっといい匂いがする。なんだこれ。


 ドキドキしつつ、俺は話を聞く。


「実は私もこの前アリスシステム買ったの。でもRPGとかそんなに詳しくなくて」

「ふむ」

「一緒に、その、琉亜るあ君と一緒に、冒険、したいな?」


 顔を赤らめて、笑顔を向けてくる。

 くらくらするくらいの笑顔だ。


「うーん」

「いいよね? 一緒に冒険しよ?」

「あーわかった、わかった。ただし妹も一緒かもしれん」

「妹さん? 確かよみちゃんだっけ」

「なんで知ってるんだ……」

「えへへ、ちょっとね」

「怖い」

「いいじゃない。女子にはネットワークあるの。同じ小学校、中学出身者とかいるでしょ」

「そういえばそうだな」


 まあ、いいか。

 ちなみに俺は文芸部、蒔絵ちゃんは図書部だったりする。

 一緒に思うかもしれないが、文芸部は主に文章を書くほう、図書部は読むほうが専門だ。

 残念なことにこの二つで男女に分かれている。


「それで思ったんだけど、VR部、作らない?」

「は? VR部?」

「そう、VR部。部活の時間もゲームできるわよ」

「う、それは魅力的だな」

「部員には最低5名必要だけど、残り3名は女子で目星つけてあるから」

「女子、うっ……」


 正直なところ、俺は女子があまり得意ではない。


「自覚ないだろうけど、琉亜君とお近づきになりたい子、けっこういるんだよ」

「まじか」


 いや蒔絵ちゃんにだってお近づきになりたい男子は大量にいる。

 逆は想像しがたい。

 俺が別に好かれる理由が思いつかない。


「俺なんかに近づいてどうすんだよ」

「え、そりゃあ男女の仲でしょ。にひひ」


 悪い笑顔だ。

 というか、そうすると筆頭の蒔絵ちゃんも俺に好意があるのか?

 そう言う風には見えないが、もしくは誰かくっつけたい子がいるか。


 突っ込んでみたい気がするが、これは藪蛇だな。

 やめよう。俺の危険予知アンテナがビンビンに反応してる。


「とりあえずこれに名前書いて。それと一緒に転部届出しましょ」

「え、もうか?」

「早いほうがいいでしょ」

「ああ」


 ちなみに漆川高校は部活が必修になっている。

 俺は差し出された用紙に名前を書く。

 いまだにこういうのはアナログなのが笑ってしまう。


 俺は副部長らしい。部長は蒔絵ちゃんがやってくれる。


 昼休みには書類を提出して、そして放課後になった現在、先生の判子が押されて仮認可されていた。

 ただしまだ生徒会と正式な認可までには最低でも1週間程度は掛かるらしい。


「普通の部活だと学校に集まってするけど、この部はネットワークゲームだから、家でもできるよね。ということで帰宅します!」

「ああ、んじゃ部活しないで帰るか」

「さようなら、琉亜君」

「さようなら、中川さん」


 ちなみに心の中では蒔絵ちゃんと呼んでいるが、普段は中川さんと苗字呼びだ。

 名前で呼ぶほど俺は親しくできないコミュ障なので。


 さて1人で帰ろう。

 文芸部の男子仲間には悪いが、俺は抜けさせてもらう。


 家に着き、着替えなど用を済ませてVRギアを被る。


「リンクスタート」


 ゲーム内に再び降り立つ。


「ああ、西門広場か」

「おかえりなさい、ご主人様ルルさん」

「ただいま、エリス」


 時刻はリアル午後4時。ゲーム内は日が沈んで8時間相当なので現実でいうところの午前2時ごろに該当する。

 青い満月「トリア」が南中を過ぎて、地面から60度くらいに傾いている。


 このゲームは午前6時から午前12時、午後6時から午後12時までが昼間で、あとは夜だ。

 それで午前0時から午前6時までは太陽の代わりに「ソエル」という赤い月が出ていて、昼の12時から午後6時までは「トリア」という青い月が出ている。


 月明りは思った以上に明るくて、視界は悪くない。

 昼間に比べればずっと暗いものの、街中には魔導灯もあるので、十分明るかった。


 ▼ログインボーナス

 2日目 100無料ジェム、アバター装備ガチャ券*5枚


 本日のログボだ。

 合計560無料ジェムになっている。

 何に使うかはまだ検討中だ。

 別に必要がなければ貯めておけばいい。


 夜中なのに露店が出ている。

 ほとんどがプレイヤー露店だ。


 ピコンとSNSツールから新着がついている。


 マキエ>ログインしたよ。今西門に向かっています

 ルア>了解。西門広場の入り口で待機します。キャラ名はルルです


 ここ王都は結構広い。

 東門からだと10分は掛かるはずだ。


 プレイヤーたちに可愛いストラ帽子をじろじろ見られつつ、立ったままじっと待つ。


 そこへ走ってくる美少女がいる。

 明るい茶髪で猫耳が生えている。俺と一緒のふわふわヘアの子だ。

 服装は初心者冒険者ではなく、春ワンピースのような桜色の服だ。


「はぁはぁ、あの? ルルさんですよね?」

「あ、うん。俺、俺がルルです。もちろん中身は琉亜だ」

「よかった。美少女だったから、違うかと思っちゃった」


 そういうと安堵の笑顔を見せてくれる。

 月明りに照らされた美少女の笑顔は、すごく美しい。


「ちょww」

「なによ?」


 彼女のマーカーを二度見してしまった。

 その名前は「タピオカ」。


「なに、タピオカさん。タピオカってww」

「あ、うん。しょうがないじゃない。自分の名前になるところ想像してなかったのよ。ペットの名前みたいに想像してて」

「あーなんかごめん、名前笑って」

「ううん」


 そうだよな。自分が操作する前提だと思ってないで命名する人はいる。


 妖精さんのほうは、あれ、この子妖精じゃない。天使だ。

 金髪碧眼のロングヘアで白い鳥の羽、頭に天使の輪がついている。


「よろしく、エリスです」

「よろしくお願いします。ワッフルです」


「エリス、この子は妖精じゃないの?」

「はい。ガイド妖精には種類が3つありまして、ワッフルさんはクエルという天使族ですね。課金アイテムです」

「なるほど」

「300ジェムだったけど、無料ジェムで」

「お、おう」

「残りの100ジェムでアバターを1回。でも今日のログボでアバター装備ガチャ券貰えたんだよね」

「あ、うん」


 それで春ワンピースなのか。

 美少女の彼女にかなり似合っている。可愛い。


「帽子、可愛いね」

「だろ? いいだろ」

「うん、かわいい……」


 そういうと、うっとりした表情で見つめてくる。

 なんかドキドキしてしまう。


「なにしたい?」


 一応、俺は確認してみる。


「えっと、まずは露店デート」

「えっデート!?」

「うん。デートだよ?」

「そ、そうか……」

「うん」


 俺と腕を絡めてくる。まじでデートみたいじゃないですか蒔絵さん。

 胸が、当たってるんだけど。

 その柔らかい感触にドキドキしてしまう。

 こんな積極的だとは知らなかった。


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