オレ達の前にいきなり現れたのは、水の魔王と名乗る魔族、ベクデル・ユリティーズだった。
オレ達とベクデルには妙な縁がある。
最初に会った時は敵かと思ったが、どうやらそういうワケではなく、むしろオレ達のやっている事に好意的ですらあった。
何故なら、ベクデルは水を通して世界中の事を知る事が出来るらしく、オレ達が今までやってきた工事の事を知っていたからだ。
特にベクデルは水を汚される事に対しては攻撃的になるようで、オレ達がコチャバン村の村長アグアス・トナリに水を放射性物質で汚染水にすると脅されていた時には、オレ達ではなくアグアス・トナリのしようとした事を止めたくらいだ。
「アンタ達、何か困った事があるみたいね。アタシが手伝ってあげようかね」
「ベクデルさん……何でここに?」
「あら、アタシは水を通して世界中の事を知る事が出来るからね、アンタ達が何をしていたかなんて手に取るようにわかるってことね」
そうだ、オレ達がわざわざ状況を説明しなくても、ベクデルは今オレ達が何で困っているのかはもう把握済みって事だ。
「そうね、ここの湖は雨季にはそこそこの水量になるけど、乾季になると半分以下に水が減るのよね。それを考えると、今アンタ達のやっている事は……今の時期なら使えるけど乾季になると使えない方法って事なのよね」
流石は水の魔王、オレ達が説明をする前にこの問題の難点を理解している。
「そうね、アタシならこの湖一杯に水を用意する事が出来るからね、少し手を貸してあげてもいいかもね」
「本当ですか!!」
「アタシとアナタとの仲じゃない、それくらいしてあげても良いと思ってるからね」
そう言うとベクデルはオレに怪しげな視線で目配せをしてきた。
しかし、いつ見てもこのベクデルという人物、男なのか女なのかまるで分らない中性的な美形で、オレは目のやり場に困ってしまう。
しかも、モッカとカシマール、更にフォルンマイヤーさんまでもがオレの方を冷たい目や微妙な眼で見ているんだが……オレにどうしろっていうんだ。
「アハハハハハ、冗談だからね、アンタ達も可愛いわよ、もっと自分に自信を持つのね」
そう言ってベクデルは知らない間にモッカやカシマール、フォルンマイヤーさんに軽くタッチしていた。
「あっ」
「ななっ」
「何……なのだ!?」
この飄々とした態度、ベクデルは本当に何を考えているのだろうか? もしかして何も考えていなくて、その場のノリだけで行動しているのかもしれない。
「アンタ達、しかし凄い事を考えたものね、まさか人間が水を操る事を考えるなんてね。まああのダムとかいうでっかい壁、あれなら確かに水で人間達が溺れ死ぬ事は無くなるし、それにここのこの水を上に持ち上げて船で通ろうって考え方、普通は思いつかないね」
やはり、ベクデルはオレ達がアスワン村で作った巨大ダムの事も今ここで作っている可動式の閘門式水路の事も全部知っていたみたいだ。
「水を自在に操るのはアタシの得意な事だけど、人間がそれをアイデアと努力だけで乗り越えようってのは感心するね。アタシにはとても真似できないからね」
まあ、水を自由自在に操る高位魔族で魔王を名乗るベクデルなら、そんな事をしなくても水を自由自在に操れるのだろうから、こんな行為は見ていて滑稽なんだろうな。
でも、本気を出せばあのオレ達が必死になって作った巨大ダムですら、ベクデルなら破壊出来るのだろう。
魔王クラスの魔族というのはまさに天変地異の災害クラスだと考えておこう。
そうなると下手に敵対するよりは、機嫌良くなるように相手を接待しておいた方が良いだろうな。
水の魔王ベクデルはまだオレに好意的ではあるものの、他の雷の魔王、火の魔王、空の魔王がそうだとは限らない。
出来るだけそれらの魔王を敵にしないようにしておかないと……。
幸い、オレは前の人生でも横暴な取引先社長の接待はさせられていたので、相手を怒らせないようにする事はどうにか出来る方だと思う。
オレとしては、今のベクデルよりタチの悪いナカタみたいな奴のほうがよほど対応に困るのが本音だ。
「そうそう、さっきの話だけど、アタシが手を貸してあげても良いってのは本音だからね、その代わり、お願いがあるのよね」
「お願い……ですか? それはいったい」
「まあその話は今の問題を解決してからだからね、ここを水でいっぱいにすればいいってわけね」
オレが話を切り出す前に水の魔王ベクデルが行動を開始した。
水の魔王ベクデルはいきなり瞬間移動したかと思いきや、水面の上で踊るように立っていた。
「ここはアタシのお気に入りの場所だったんだけどね、アンタ達がどうしてもここを使いたいというなら譲ってあげるからね。その代わり、アタシのお願い……きちんと聞いてくれるのね?」
いったい何を頼まれるのか分からないが、ここはこの悪魔と契約する以外に方法は無さそうだ。
そうでなければここまでみんなで努力して工事した事が無駄になってしまう。
えーい、死後の魂でも何でも勝手に持っていけ! ただし今命を寄こせと言われたら断固として拒否してやる!!
「わかった、そのお願いっての……内容次第で聞きます」
「そう来なくっちゃ、それじゃあ契約成立って事で、それにサインしてもらえるかしらね?」
オレの前にいきなり出て来たのは、何かの紙とペンだった。
これは契約書なんだろうか。
「口約束ってだけじゃあ信用できないから、それにきちんと記入してね。後で反故にするのは許さないからね」
これ……マジでオレヤバい事に足を突っ込んでしまったのかもしれない……。
でも今は他に方法が無い、コレが悪魔のやり方というべきなのか。
困った相手の弱みに付け込むやり方はセオリーとは言いつつも、される側になるとあまり気持ちのいい物じゃないな……。
「わかった、これに記入すればいいんだな」
「そう、それにアンタの名前を書いてね」
ずいぶん律儀だが、オレはベクデルとの悪魔の契約書に記入した。
「これで契約成立ね、アタシがアンタに頼みたかった事って、アタシの事じゃないのよね」
「そ、それはどういう事で?」
「そうそう、以前アタシが他の魔王に会った時にアンタの話をしたら、彼、アンタにかなり興味を持ってね、一度会いたいという話になったのよね。アタシのお願いってのは、アンタに彼……雷の魔王ネクステラに会って欲しいって事なのよね」
何だって!? オレに別の魔王に会えというのか。
この世界、確か以前コンゴウのコアが言っていたが、四人の魔王がいると言っていたな。
確か、水の魔王ベクデル、雷の魔王ネクステラ、火の魔王エクソン、それに空の魔王ヴォーイングだったっけ……。
ベクデルが言っているのは、その雷の魔王ネクステラに会えという話らしい。
まあ、契約したからには実行しなくてはいけない。
でもそれで会うだけで済めばいいんだが、何か無茶振りされたら困るな。
しかし、今はそんな事を言っている場合じゃない。
どうにかしてこの閘門式水路の水の上下が出来るようにしないと工事が頓挫する事になってしまう。
「そうそう、アンタの考えた鉄の扉を閉める方法。悪くはないけど……力が足りないんじゃないかね、雷の魔王ベクデルならその方法を解決してくれるかもしれないからね」
雷の魔王、という事は電気みたいなものか。
確かに、ここで電気のような物が使えたら今までよりも工事の効率とかが変わるかもしれない。
ここは一度その雷の魔王ネクステラに会っておいた方が良いのかもしれない
「それじゃあ、アタシはここに一気に水を解き放つからね、少し危ないから小高い山にでも逃げているのね」
どうやら、ベクデルは今からこのゴッツン湖に水を解き放つようだ。