「いいか、お前達。フラット族の誇りにかけて、この方々の為に力を尽くせ!」
「承知致しました! 御屋形様!!」
フラット族の落人達の集落は、活気にあふれていた。
今まででは魚が捕れずにひもじい思いをしていた人達が、沖合の大岩が破壊された事で食事に事欠くことが無くなったからともいえるだろう。
村の若い衆は漁ではなくオレ達の工事に全力を尽くしてくれている。
流石は元栄華を極めた一族といったところか、活気を取り戻したフラット族の男達は鬼気迫る勢いで仕事に取り組んでくれた。
やはり人の心を掴むのは食事ってのは本当だな。
ハイダム村の炊き出し、そして死の山での食事提供、オレがその土地に住む人と和解出来たきっかけはたいていが食事だったのかもしれない。
それならここの人達にも砂糖を提供するってのアリかもしれないな。
もしここに巨大水路が作れれば、サトウタケから生成される砂糖は今後の外国への輸送の大きな生産物になる可能性は十分にある。
砂糖といえば、ボリディア前男爵はオレの送ったサトウタケの糖蜜を確認し、返信の手紙を鳥でオレ宛に送ってくれた。
パナマさんの屋敷に届いた手紙は、海鳥の足に付けられ、オレ達のいるフラット族の集落に届いたというワケだ。
「これは、よし! これで行けるぞ!!」
ボリディア前男爵の送ってきた手紙には、サトウタケの砂糖が出来次第、ボリディア男爵領から王都に売り出す事が出来るといった内容だった。
よし、これでボリディア男爵領まで水路を繋げれば、男爵領からのルートで王都に砂糖を売る事も可能だ!
オレは俄然やる気が出て来た。
ボリディア男爵領まで行ければ陸路でのルートは今までのものがある。
つまり、そこまで船を上に登らせる事が出来れば、大規模な湖で安全に船の荷を下ろして陸路につなぐ事が出来るというわけだ。
また、この通行料やオレの考えている方法での人員の使い方で集落の人達にも仕事を提供してあげる事が可能になる。
さあ、作業開始だ。
集落の人達はコンゴウや四体のコンクリートゴーレムを見て驚いていたが、その巨体での作業を見て、作業の進み具合に感心していた。
「す、凄い! 崖が真っ二つだ」
「岩って、あんなに簡単に割れるものなのか?」
「いや、あのゴーレムだからできるんだろ」
集落の若い衆はゴーレムが崖を砕き、川を広げるのを呆然と見ているしか出来なかった。
「こら、何をぼさっとしている。お前達にも何か出来る作業があるだろうが」
「す、すみません。御屋形様!」
集落の村長は人が変わったようにエネルギッシュで、オレの為に動いてくれている。
集落の建物はコンクリートゴーレム達の力で崖を切り拓いたり、老朽化した板を張り替える事で、住みやすい環境に変わっていく途中だ。
ここで使った技術がパナマさんの屋敷に施した樹脂シーディングだ。
この加工を施す事で、ただの板が腐食、風化しにくいものに変わる。
この樹脂は、以前モッカがフォレストベアを使って集めた後に鉄の大きな筒に入れてゴーレムに運んでもらったものだ。
これを使ったおかげで住みにくかった集落の家は少しずつ改築されていった。
また、人力ではあるものの滑車と歯車、それに船用の鎖を使った簡易式の公共用エレベーターを作った事で、今までは細く危険な階段やロープで行き来していた崖をくりぬいた洞窟の家にも移動しやすくなった。
工事の最中に掘削された岩石には多くの石灰石が含まれていることが分かった。
どうやらこの辺りは大昔のサンゴの死骸などが多く、石灰石も採取出来るみたいだな。
。
石灰石はコンクリートやガラスなどを作る際に必須な材料だ。
これを効率的に取り出す事が出来れば、それもこの村の新たな産業になるだろう。
フラット族の村長はオレの見立てに驚いていた。
まさかこの村にこんな風に金になるものが存在しているとは知らなかったという事だろう。
ここは下手すればオレが石灰石を手に入れるのに最良の場所になるのかもしれない。
この石灰石はコンクリートやモルタル、それに水晶と合わせる事でガラスや鏡の材料としてかなり重宝される鉱物と言えるからだ。
その石灰石はコンゴウが切り拓いた崖に多く眠っていた。
この辺りは昔海の底だったのだろう、石灰石のメインの成分はサンゴの死骸だ。
どうやらこの辺りの崖全部が石灰石の可能性すらある。
だがこの話はまだオレの中だけにしまっておこう。
下手にここが石灰石の取れる場所だと知れ渡ると、静かに過ごしていたフラット族の末裔の人達に迷惑がかかるかもしれない。
コンゴウとコンクリートゴーレム達のおかげで、数年から数十年かかっておかしくない大工事は、たったの数週間程で大きな水路を作るところまで進んだ。
だが問題はこの後だ。
ただの水路を作るだけならここまでで話は終わるが、ここはあくまでも閘門式の水路になる予定だ。
その為、約30メートルの高さを、水を入れ替える事で行き来できるようにしなければいけない。
その為にはかなり大掛かりの開閉式の扉、つまり閘門と高低差を変える注水用の二つの扉が必要となる。
地球の水路では栓で蓋をして水の量の調整をしているそうだが、この異世界でそんな物を造ってもメンテナンスが大変だし、操作ミスをすれば下手すれば死者が出る。
それなので水の入れ替え方法は簡単にした。
斜めの水路を作っておいて、扉を閉じる事で、上の水を下に流し、扉でロックしておいて上と同じ高さまで水を上げ、船が通り終わったら再び水を下の水路に流す。
その為には数十メートルの大きさの扉が必要になるが、これは巻き取り式で鎖を使って人力でも動くようにして開閉式にする事が出来る。
その人力はフラット族の人達が喜んで賄ってくれるというが、事故を減らす為なら魔鉱石を使ってもいいかもしれないな。
水路の幅は全部で20メートル程、これを二本作る形だ。
何故二本かというと、一つは登り用、もう一つが下り用にできるようにして、往復が可能になるようにしたからだ。
そしてそれぞれの水路の両端に閘門、つまりロック扉を作り、その両方側から開くようにした。
そして、工事は進み、ついに大扉の設置と小舟を使った水面の上昇の実験が行われた。
閘門を閉じ、下の水路に上の扉の開いた場所から注水すると、水面がみるみる上がっていく。
成功だ!!
そして上の閘門が開かれ、船は水路の上側の水に移動した。
そして移動が終わると水は下の閘門から海に向かって流された。
これで上下の行き来は可能だという事が、フラット族の集落の人達、そしてサトウタケ精製プラントの老人達にも伝わったようだ。
……だが、オレ達はこの後にさらに大きな問題に直面する事になる。
それは、オレ達が想像しているよりも、水路の注水用に上から使おうと思っていた湖が小さかった事だ。
「何という事だ、これじゃあ雨期にしかこの水路が使えなくなってしまう……」
そう、今は時期が雨季だからこの湖、ゴッツン湖は水が満水だが、これがもし乾季になると、水量が半分以下になってしまい、水路で上の水を下に流してしまえば湖が下手すれば干上がってしまう。
「まさか、こんなオチが待っていたとは……」
「こばやしっ、げんきだしてくれっ」
「お兄さん、お兄さんは頑張ったのだ……」
「コバヤシ殿、私も出来る事があれば、協力したいのだが……」
みんながオレの事を慰めてくれるが、それでも水の量が変わるわけがない。
この計画は失敗なのか……。
「アラ、アンタらしくないね。困った事があるみたいね。何があったのかアタシに言ってみるのね」
「アナタは!?」
なんと、諦めかけていたオレ達を助けてくれたのは意外な人物だった!