「コバヤシ、それで……どのようにすれば船が山を登れるのであるか?」
船が山を登るなんて、昔のことわざでの悪い事の例えで使われる話だ。
だが、実際に地球では海面差のある場所で船を高い場所に持っていく方法がある。
大昔の伝説にあるノアの箱舟はアララト山に漂着したというが、コレはあくまでも伝説、神話クラスの話なので除外、それとは別に、地球には海面差を仕切りを作る事で水を貯め、水がいっぱいになった所で高い方の仕切りを外して上の水面に移動するといった方法がある。
これは、閘門式と呼ばれる方法で、このやり方を使えば海面差がある場所にでも船を通す事が可能だ。
地球にある閘門式水路は最大の物で高低差26メートルにもなる!
これは、ビルでいえば9階建ての建物を船が乗り越えるようなものだ。
大型船の横幅が35メートル以上の物は通れないが、水路が二本有るので登りと下りが鉢合せしないようになっている。
オレはその閘門式開閉水路をこの不毛の土地に作ろうと考えている。
パナマさんの異母兄であるスエズはナカタと組んで大型水路を作り、莫大の通行料を取ろうとし、更にそこを利用して奴隷貿易を企んでいる。
その前にこちらに水路を作り、隣国やダイワ王のお墨付きをもらえれば、アイツらの計画を潰し、そしてパナマさんにこの水路の利用料が入るようにできる。
そして、この水路を作る事が出来れば、オレの作ったサトウタケ精製プラントで製造した上質の砂糖を、水路を使って各地に売る事が出来るようになるワケだ。
ここの海との最大高低差がどれだけあるかはわからないが、一度海路を作る為に海沿いの漁村を訪ねた方が良いだろう。
オレ達は、パナマさんを連れ、崖の険しい海岸をコンゴウ達に運んでもらい、崖のそばの小さな漁村に到着した。
「誰だ、テメエらは!? ココはヨソもんの来る場所じゃねえ、テメエらに食わす魚はねえからな! さっさと帰れ!!」
まあここまで邪険にされると、何ともいえないな。
どうやらこの村は、かつて栄華を極めたものの、奢り高ぶり、その後の戦争で敗れた者達が逃げ延びて来た土地らしい。
なんというか、オレは平家の落ち武者の末裔が住む山陰地方や日本海側の人達を思い出してしまった。
まあ、そんな生きるにも厳しい土地では、他者に食事を与える余裕なんて無い、そりゃあ身内以外に厳しくもなるってもんだな。
切り立った崖に自分達で切り開いたであろう小さく粗末な建物。
場所によっては岩をそのままくりぬいた洞窟に住んでいる人達もいるようだ。
ここは俺たちの想像するよりも過酷な土地だったようだな。
こんな場所で生き抜く為には、他人に気を配る余裕なんて持てるはずもない。
ここにいる人達の態度は、仕方ないといえるだろう。
他には海の上に建っている家もある。
これは板と板をつなぎ合わせる事で沈まないようにして家にしているといったところか。
生きる為とはいえ、かなり劣悪な場所で生きていくしかないのだろう。
戦争に負けた一族とはいえ、かつては都に住んでいたであろう名残として、剣や滅びた国家の旗が家に見えるのは彼等の未練だともいえるか。
彼らは余所者を警戒し、オレ達に目を合わそうともしない。
取り付く島もないとはこの事だろう。
「こばやし、こいつらなんだかきにいらないっ」
「モッカ、今は落ち着いてくれ。彼等には彼等の事情があるんだ」
「ここ……たくさんの人が海で亡くなっているのだ……」
こんな場所に何をしに来た、といった冷たい目で見られ、モッカやカシマールは気分が落ち込んでいるようだ。
だが、この集落の人達を説得し、彼らに手伝ってもらえるようにしなければ、ここに可動式の水路を作る事は出来ない。
ココはどうにかして彼らを説得するしかない。
「皆さん、オレ達は怪しい者じゃない」
「こんな何もない場所に来る奴らが怪しくないわけがなかろうが! 帰れ! 帰れ!!」
「帰らないと海に叩きこむぞ!!」
ダメだ、まるで話を聞く余裕が無さそうだ。
こうなったら実力行使しかなさそうだ。
といっても、当然彼等を脅すとかそういったことでは無い。
オレはモッカに頼み、ウミクジラの子供を使って魚を集めてもらった。
だが、コレが更に彼らの怒りを呼んでしまう。
「貴重な魚をこんなに捕ってどうするんじゃ! こんなことをすればワシらは飢え死にしてしまうわ!」
「余所者は余計な事せずさっさと帰れ!!」
まさか、そんな事になるとは。
これは下手に彼らに頼るより、もうオレ達だけで水路を作った方が良さそうだな。
オレはみんなを連れてこの集落を離れ、もう少し東にある海岸に向かった。
ここは潮が複雑に入り組んでいて、どうやらここの沖合にある岩が魚をあの集落に届かなくしているようだ。
――よし! これならいける。
オレは別のルートから道を作る為にこの場所に来たんだが、もしかすると……ここの潮流の問題を解決すれば、あの集落の人達はオレ達の言う事を聞いてくれるかもしれない!!
オレはコンゴウを呼び、沖合の大岩を見せた。
「コンゴウ、あの岩を破壊してくれ! お前にしか出来ないんだ!!」
「グゴゴゴゴゴ!!」
コンゴウの目が赤く光る。
これは彼が戦闘態勢になった時の目だ。
コンゴウはオレ達を海岸の岩の上に降ろし、沖合めがけて歩き出した。
どうやらこの辺りは水深20メートル前後といったところなのだろう。
コンゴウは膝上くらいまでを水に沈めながらザブンザブンと音を立てて沖合に歩き出した。
「グゴゴゴゴゴォオッ!!」
そして、巨大な大岩を見つけると、その岩目掛け、その巨大な腕を振り下ろし、力任せに叩き砕いた!!
グワッシャアアアアンッッ!!
波飛沫が舞い上がり、砕けた大岩の破片が海に散らばった。
成功だ!!
これで潮の流れを食い止め、魚を集落に近づけさせなかった大岩が砕け、潮の流れは集落近くにまで届くようになった。
これだけ結果を見せればあの集落の人達も話を聞いてくれるだろう。
オレ達はコンゴウと共に再び落人達の集落に向かった。
「な、何があったのじゃ? この海に魚が……こんなに??」
集落に戻ると、そこは魚が取れるようになったと大騒ぎになっていた。
「オレ達がこの村の邪魔になっていた大岩を壊したんです。この村に魚が少なかったのは、沖合の大岩が潮の流れをおかしくしていたからなんですよ」
村長と思われる男は、オレに膝をつき、頭を下げて謝った。
「申し訳ない、申し訳ない。ワシらはあなたたちをあんなに冷たくあしらったのに、あなたたちは何の縁も無いワシらの為に岩を砕いて魚が手に入るようにしてくれた。かつてのフラット王家の誇りにかけ、ワシ等の力をお貸ししましょう」
そうか、この人達はかつてこの国を支配したフラット一族の末裔だったのか。
それならあの立派な剣や旗も納得だ。
「そんな、実はお恥ずかしいお話ですが……オレ達も本当は目的があってこの村に来たんです。最初に来た時には完全に拒絶されたのでその話が出来なかったんですが……」
「そ、それは……ワシらの落ち度です。誠に申し訳ない」
そんなこんなで村長とオレとのお互いが謝る謝罪合戦状態になってしまったが、オレはこの村に何のためにやって来たのかを伝えた。
すると、フラット村長はオレ達の話を聞いて驚いていた。
「な、何ですと!? この陸地を切り拓いて船が山を登る水路を作る…ですって??」
流石にこの荒唐無稽な計画を聞いて村長はかなり驚いていた。
だが、その後で冷静さを取り戻した村長は、少し黙った後で村の若衆を集めた。
そして、全員に大きな声で叫んだ。
「いいか、お前達。このお方はワシらが冷たくしたにもかかわらず、ワシらの村を助けてくれたこの村の恩人だ。全員このお方の為に力を尽くせ!」
フラット村長のおかげで、オレは大型水路建設の大きな一歩を踏み出す事が出来た。