宙ぶらりんにされていたフォルンマイヤーさんは、自分の今の状態を知り、顔を真っ赤にして暴れ出した。
「バッ、バカッ! ジロジロ見ないでくれ!! 私も乙女なんだ!」
「あっ、す、すみません!! モッカ、フォルンマイヤーさんを降ろしてくれ!」
「わかった、おまえたちっそのおんなをじめんにおろせっ」
モッカの命令でフォレストベアは馬とフォルンマイヤーさんを地面にそっと降ろした。
幸い、フォレストベアのモフモフの体毛がクッションになったおかげで、馬にもフォルンマイヤーさんにも大した怪我は無くて済んだ。
「ふう、ひどい目に遭ったのである。コバヤシ、急いで伝えたい事があるのである!」
フォルンマイヤーさんの言い方からして、あまり良い話ではなさそうだが……いったいスエズの城でなにがあったのやら。
フォルンマイヤーさんは全身擦り傷だらけで着ていた上質の服はあちこちが切れたり破れたりしていて、必死に森を突っ切って来たのがよくわかる。
まあ、彼女の今の姿を見るに、城から着の身着のままで馬を奪って逃げて来たのだろう。
「フォルンマイヤーさん、伝えたい事って、何ですか?」
「いいか、よく聞くのである。スエズは父親を殺してその立場を手に入れた可能性が高い。だが、コレは証拠が見つからないのでこの話はいったん置いておくのである」
「やっぱり……」
やはり、いきなり急逝するなんて不自然すぎるとは思った。
まあそれについてはネクロマンサーのカシマールがいれば証拠はいくらでも見つける事が出来るだろう。
だが、貴族以外はあの城に入れないように対策を取られたら、証拠を見つけ出す前に消し去られてしまう可能性もある。
「それで、コバヤシ。伝えたい話というのは、お前……ナカタという男についてはどれくらい知っている?」
「ナカタ?」
ナカタは間違いなくオレと同じ異世界からの転生者だ。
オレとは違い、生まれながらの富裕層、特権階級らしく、この世界の悪徳貴族と組んで金儲けや利権確保の為なら弱者を踏みにじりどんなあくどい事でも平気でやる最悪のヤツだ。
「スエズのヤツ、どうやらそのナカタと組んでウンガ子爵領に大型水路を作り、そこで奴隷貿易をしようとしているのである。私はその計画を知り、一刻も早くそれを止める為にコバヤシ、お前を捜していたのである」
何だって!? ウンガ子爵領に大型水路を作って奴隷貿易をするだって。
そうか、それで水運の利権を牛耳る為にカラクーム子爵の遺言を捏造してパナマさんを追い出したってワケか。
「大型水路……ですか。それはいったい」
「スエズとナカタは、その水路を使ってあのアスワン・ハッタの村を潰してそこに超巨大な堤防……彼等はダムと呼んでいたものを造る計画も立てていたのである」
成程、そういう流れだったのか。
おそらく、ダム建設を奴隷にやらせることで利権を牛耳ろうとしたのだろう。
それに、水路経由で奴隷を運べば、逃げ出す事も出来ずにそこで死ぬまでこき使う事が出来る。
おそらくだが、死んだ奴隷はコンクリートか土砂に埋めてそのまま作業を続ける予定だったのだろう。
まあ、アイツらの作ろうとしたダムは既にオレ達がゴーレムの力を使って盤石で数世紀は間違いなく壊れないような物を完成させたんだけどな。
しかし……アイツら、本当にどうしようもないクズどもだな!
こうなったら徹底的にアイツらの計画をぶち壊してやる。
その為にはまずは奴隷貿易用の大型水路計画を潰す事が必須だが、おそらくナカタやスエズはいくら頑張っても一日二日、大きく見ても一か月程度でも大型水路を作るのは難しいだろう。
普通それだけの大工事を仕上げようとすれば、数年……下手すれば十年近い事業になる。
それだけ工事をやる期間が長ければ国や地域から金を吸い取れるので、それも計画の一環なのだろう。
そっちがそれなら、こちらには伝説の巨大ゴーレム、コンゴウやダム建設に協力してもらった大型の四体のコンクリートゴーレムがいる。
彼らの力を使えば、一年かかるような計画を一週間、一か月程度で仕上げる事も十分可能だ。
特にコンゴウの力は下手すれば天変地異を巻き起こすスーパーロボットみたいなものなので、本来の工事計画を大幅に短縮する事が出来る。
まあ昔話で出てくる一晩で橋を架けたダイダラボッチみたいな扱いかも……。
ゴーレムがいるというイニシアチブは、オレがナカタや悪徳貴族に勝てる最大の長所だ。
とにかく、一番いい方法としては、スエズ達が大型水路の通行料で儲けようとするなら、それよりも安い通行量の水路、つまりは運河を作る事で奴らの金儲けを潰す事が最良の方法だろう。
だが、その水路をどこにどうやって作るかが問題だ。
とにかくいったんここにいる老人達を連れてパナマさんの屋敷に戻ろう。
彼らの住む場所を作って、サトウタケを作る仕事を用意する事で彼等彼女等の生活を取り戻してあげる事が必要だ。
ここの老人達にしても、ひもじい思いをしながら死を待つよりは、砂糖精製プラントで働いてもらいながら衣食住がそろっている方がよほど良いだろう。
オレはゴーレムに抱えてもらいながら、この辺りにいた老人達全員を死の山からパナマさんの屋敷に連れていくことにした。
「この山でひもじい思いをしながら亡くなった人達、さあ、もう苦しむ事は無いのだ。ボクが向こうの世界に送ってあげるのだ……」
カシマールはこの死の山に打ち棄てられた死者たちの魂を浄化し、天に還してくれた。
まったく、どこが呪いの魔法使いだ。
むしろカシマールは死者を導く聖女と言っても良いくらいじゃないか。
オレ達は死の山を後にし、老人達を連れてパナマさんの屋敷に到着した。
「コバヤシ……様? そのお方たちは?」
「この人達は、死の山に捨てられた老人達です。このままでは死んでしまう人達を放ってはおけず、ここに連れてきました」
「そうでしたか。ここには何もありませんが、せめて……何か食事でも召し上がってくださいませ」
パナマさんは屋敷にあった物を集め、何か少しでも売れるものがあれば売って彼等、彼女等の食事代にしてほしいと言ってくれた。
パナマさんは立派な女性だ。
でも、彼女は良い人ではあっても、実があるわけではない。
優しさは無力だと何の足しにもならないのだ。
だから、オレはこの場所を立て直し、この老人やパナマさん達が裕福に暮らせるように考えた。
その際に必要なのが、砂糖精製プラントなのだが、これだけでは出来上がった砂糖を運ぶ事が出来ないので、ここに水路を作る必要がある。
さあ、やる事は決まった。
ここに大型の砂糖精製プラントを造り、それを運搬できる水路を作る。
これがこのパナマさんの押し付けられた不毛の土地を裕福にする方法だ。
さて、今日はゆっくり休んで明日から作業に取り掛かるぞ。
オレはパナマさんに頼み、今日は老人達をパナマさんの改修した屋敷に泊まらせてほしいとお願いした。
すると、パナマさんは嫌な顔一つせず、疲れ果てた老人達になけなしの食事と飲み物を出し、彼らをもてなしてくれた。
この人達に快適で人間らしい生活をしてもらう為にも、明日から頑張ろう!
オレはそう誓って眠りについた。
翌日、オレは作ったサトウタケの蜜液を小さな筒に入れ、鳥の足に結び付けて手紙と共にボリディア前男爵領に向けて飛ばした。
手紙の内容は、『パナマ嬢の統治する土地で良質の甘味料を発見、精製する事が出来た、それなのでこれを買い取って王都に運んでほしい。』
といった内容だった。
「いけっ、ぼりでぃあのとこにそのてがみとつつをとどけるんだっ」
モッカが鳥に命令し、鳥はボリディア前男爵の領地目指して飛び立った。
これで準備は出来たな。
さあ、それじゃあ老人達の住む場所の確保と、砂糖精製プラントを建造するぞ。
その後は大型水路を使った砂糖の水運経路の確保だ。
オレはモッカやカシマール、そしてゴーレム達と今後の計画の為に作業に取り掛かった。