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夜もすっかり更け、草木が寝静まる頃、カラクーム城の一室では煌々と明かりが灯っていた。
小林達がパナマの屋敷の改修や、サトウタケ精製プラントを造っている頃、ウンガ子爵の家ではパナマを追い出したスエズ達が良からぬ話をしていた。
「まったく、あの雑種め。こちらが目を離していれば勝手に家の財産を使って貧民の村の建設費用にしようとしていたとはな。お前達の報告があったおかげで無駄金を使われずに済んだ。ご苦労」
「スエズ様、今回の件は……何卒このワシらに報酬を……」
「良いだろう、雑種が勝手に持ち出そうとした金を食い止めた。お前達はこのウンガ家ならびにドルトムント家の為に働いたという事だ。貴族は部下の為には金は惜しまん。それが誇り高き貴族のあり方というものだ」
「ははあ、さすがはスエズ様。ワシらは貴方様こそがこのウンガ家の当主に相応しいと以前から思っておりました」
そしてスエズは上機嫌だった、それは彼の忌み嫌う平民の血の流れる異母妹のパナマを追い出す事が出来たからだ。
スエズは部下におだてられ、いい気になっている。
だが、この時の彼の詰めの甘さが自身の破滅を招く事になるのだ。
「ところで書類はどこにある?」
「それが、前子爵の部屋の中みたいなのですが、鍵がかかっていて入れないんです」
「あのクソ親父……まあいい、誰も入れないなら持ち出す事も出来ないだろう、それよりもきちんと書類を用意しておけ!」
部下にやる事を丸投げにしたままスエズは酒を煽った。
「あの雑種、今頃どんな目に遭っているだろうな、与えられた土地は食うものにも事欠く死の山にその奥には森の悪魔が多数住む場所、おそらくもう生きてはいるまい、ウワハハハハハッ、あー、酒が美味い」
そこに何者かの声が聞こえて来た。
「スエズ子爵、スエズ子爵。聞こえるカ?」
「あ、アナタは、ナカタ様。おかげ様で首尾は上々です。計画は順調に進んでいます。しかし凄いですね、この離れながらにして会話の出来る魔術具、とても素晴らしいです!!」
「フフフ、これは伝声の魔力を持つ魔族のベライゾンに命じて造らせた魔道具ダ、これを使えるのは貴族の中でも一部の者だケ、そう……この国の国王すらこの魔道具の事は知らないだろウ!」
なんと、ナカタはこの異世界で通信技術を持つ魔族を使い、電話のようなシステムを作り上げ、自らの賛同者に使わせていたのだ。
「それで、ここに何か怪しい連中が現れたら伝えろとの話でしたが、それらしい連中を見かけました」
「そうカ、ソイツらはどんな連中だっタ?」
「そいつらは、貧相な雑種と薄汚い獣人、それに闇魔法を使う魔術師でしたね」
小林達がウンガ子爵領に立ち寄った事を知ったナカタは大声で叫んだ。
「いいカッ! ソイツらを濡れ衣でも何でもいいから適当な理由をつけて牢に閉じ込めておケ!」
「えっ、その雑種どもならパナマと一緒に叩き出しましたが」
「な、何だと……オイ、ソイツらを何が何でも見つけロ。ボリディア男爵が捕まったのはソイツらのせいダ!!」
「な、何ですと、ボリディア男爵が?」
流石の事態にスエズは驚いていた。
「いいカ、ソイツらはこの世界の貴族、特権階級のシステムを破壊しようとする破壊者ダ。ソイツらをのさばらせるト、次に失脚するのはお前だからナ!」
「まさか、雑種程度に何が出来るというんですか、私はナカタ様のおっしゃった通り、父を表舞台から退場させ、そしてこの平坦な土地を使い大型船の行き来の出来る大型水路を作ろうとしているのですよ。この計画が成功すれば、奴隷を運んで隣国から船で攻め放題。奴隷制度や貴族主義に反対する愚劣な王を廃する事も十分に可能です」
「いいか、油断するナ。そいつらはただの雑魚じゃなイ。舐めてかかると痛い目に遭うゾ!」
ナカタはスエズ子爵に忠告をした。
「まあわかりました。もしその雑種どもを見つけたら、濡れ衣を着させて裁判も無しに領主の権限で縛り首にしてやりますよ」
「気をつけロ、ソイツらは本当に危険で厄介な連中ダ。下手すればこの大型水路計画すら邪魔されかねないからナ!」
「まさか。あ、そうそう。山間の村は水で押し流されて壊滅しました。ここにナカタ様の提案されたダムとやらの建設が出来れば、大型水路と合わせて大きな利権になるでしょう」
まさかダムがもう既に完成していると知らないナカタは上機嫌になりながらスエズと最悪の計画を話し合った。
「そうカ、計画通りだナ。あの貧乏人、騙されたとも知らずにダム計画を進めようとしたからな。これで誰もいなくなった場所にお前の用意した奴隷を水路で運べバ、逃げ出す事も出来ずに完成までこき使えるからナ。なに、奴隷が死ねばコンクリートの中に埋めればいイ」
「流石はナカタ様、奴隷は人間じゃありませんからな。死ねば追加すればいい家畜、それを水路で運ぶ事で大儲けできますね!」
外道二人は外で会話を聞かれているとも知らず、このような最悪の計画を話し合っていた。
「……これは、大変なことになったのである。こうしてはいられない!」
ドレス姿のフォルンマイヤーはドアの外でナカタとスエズ子爵の話を聞き、軟禁されている二階の部屋に向かった。
フォルンマイヤーは着ていたドレスを破り、何着も繋げて細長いロープ状にすると、剣を腰に括りつけ、軽装で誰も見ていないうちに窓から抜け出し、カラクーム城を脱出した。
「この話……一刻も早くコバヤシに伝えなくては!!」
フォルンマイヤーは城の厩に向かい、そこで見張りを気絶させ、馬を一頭手に入れた。
「ハイヨー! いいか、お前、お願いだ、私に手を貸してほしい」
「ヒヒィーン!!」
馬がいななき、厩から一気に飛び出した。
フォルンマイヤーは歴戦の騎士である。
だから彼女には乗馬はお手のものだ。
そして、このカラクーム城は領主がスエズに代わり、兵士達の規律が乱れてだらけ切っていた。
本来ならフォルンマイヤーの脱走はすぐに見つかるはずだったが、この兵士達のだらしなさが幸いし、彼女は特に警戒する事も無く城の外に難なく出る事が出来た。
「コバヤシ達はおそらく死の山の向こうに!」
フォルンマイヤーは一刻も早くナカタとスエズ子爵の悪事の計画を小林に伝える為、死の山に向かった。
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一方、オレ達は脅しをかけながらも、老人達を死の山からパナマさんの領地の段々畑に連れていくための話を進めていた。
流石にオレが巨大なゴーレムを使えると知って、老人達はオレ達に逆らう気力は無くなったようだ。
少し脅しすぎたかも。
これはちょっと老体には心臓に良くなかったかもな……。
「ア、 アンタはいったい何もんだ。あんな馬鹿デッカイものでワシらを脅すのか」
「いえ、そんなつもりはありません。アレは食事を運んでもらう為にここに着いてきてもらったんです」
老人達はオレの言う事を黙って聞いていた。
これ以上何かを言ってもどうしようもないと分かったのかもしれない。
老人達は渋々ながらもオレに着いて歩きだした。
そんなタイミングでいきなり馬に乗った人物がオレに向かって走って来た。
「アレは、森の悪魔フォレストベア! 相手にとって不足は無いのである!」
え? この声は??
「いくぞ、我が祖父直伝の剣さばき、見せるのである」
「えっ、フォルンマイヤー……さん!?」
「その声、コバヤシかっ! 一体どうしてこんなところに」
馬に乗ったままのフォルンマイヤーさんは止まる事も出来ず、そのまま馬のバランスを崩し、大きくジャンプしたまま前に転倒しそうになった。
マズい、このスピードで転倒したら致命傷だ!
「おまえたちっ、そのおんなとうまをうけとめろっ」
「ガウウウッ」
フォレストベア達はモッカの指示に従い、転倒してしまいそうなフォルンマイヤーさんと馬を両手でがっしと受け止めた。
おかげで怪我人は出ずに済んだようだ。
「コ……コバヤシ、助かったのである。急ぎで伝えたい事があるのである」
フォルンマイヤーさんはフォレストベアに宙ぶらりんにされながら、オレに早く何かを伝えようとしていた。
いったいスエズ達の城で何があったのだろうか??