カラクーム子爵とオレの話は彼の部屋で二人だけで行われた。
「実は、儂は後継者を誰にするかで非常に悩んでおるのです。儂には二人の子供がおるのですが、一人はスエズ、もう一人がパナマなのです」
「お子様は二人いるという事なんですね」
「はい、パナマは儂の実の娘なのですが、母親がスエズとは違い、彼女はその事を気にしておるようなのです。元は儂が悪かったのですが、儂は視察先で既婚だと伝えておらず、旅先で病気になってしまい、献身的に病気を看病してくれたセントローレンス寺院にいた彼女の母親と……」
まあよくある話過ぎて、もうツッコミすら入れる気も起きない。
「それで、パナマさんの母親は? どうなったんですか??」
「それが、パナマの母親であるウェランドは水害に苦しむ人達を助けようと、村に向かい、そこで亡くなってしまったのです。儂は彼女に娘がいる事を知り、方々を捜してついに見つけ出し、儂の娘として育てたのです」
成程、これでアスワンのダム建設計画に金を出す物好きな貴族がいた理由が見えた。
つまり、彼女の母親が同じように水害で亡くなったので、他人事とは思えなかったって事か。
「パナマは母親が立派だったのでしょう、彼女は人を思いやれる優しい良い子に育ってくれました。それに対し、スエズは勉強こそできたものの、他者を思いやる心に欠けた子供に育ってしまいました。儂がパナマを可愛がり過ぎた嫉妬と反動かもしれません」
あーこれもよくある話だ、親の愛情に欠けた特権階級の子供が他者を虐める事で心の渇きを癒そうとするってやつだな。
「このままでは二人共が争い、儂は死んでも死に切れません。実は儂は、旅先でかかってしまった風土病を患っており、あまり余命がありません。ですがその前にどうしても後継者を決めないといかんのです」
それで、オレに相談したかったってワケか。
しかし下手にこういった問題に首を突っ込むのもなー、出来れば避けたいのが本音だけど、そんな無責任な事も言ってられないな。
「儂のウンガ家は、かつては海商と呼ばれた一族です。海を渡り、財を成した祖父、サイマーから父のコリントス、そしてこの儂、カラクームと続き、後継者を残さねばならんのです」
そうか、ウンガ家はいわば成金貴族、商人上がりといったところなんだな。
それじゃああのスエズの病的なまでの血族主義は母方が名門貴族ってとこか。
「ですが、パナマは押しが弱く、スエズは人の心に欠けている、それで悩んでおるのです。スエズの母、ドナウ・エムス・ミッテルラントは名家ミッテルラント家の者で、ドルトムント侯爵の妹なので、ここで下手に貴族間の争いに彼を巻き込みたくないのも本音なのです」
やはりそうだったみたいだ。
スエズの病的なまでの貴族主義は、母方が昔からの由緒ある貴族で自分もその血筋だと考えているからといったところなんだな。
何ともややこしい話に巻き込まれたもんだ。
でもこれがよくある物語なら、人の心の分かる庶民を経験した事のある方が後継者になった方が、後々領民が苦しまなくて済む。
そう考えれば後継者はパナマさんになった方が良い。
そうでなければ、貴族主義のスエズが後継者でもなったら領民は搾取対象にされ、多数が苦しむ事になってしまうだろう。
「わかりました、オレの意見を言わせてもらいます。オレとしては、スエズさんより、パナマさんが後継者になった方が、今後のウンガ領は発展すると考えて間違いないと思います」
「そうですか、貴方がそう言ってくれるなら間違いありません。すぐにでも後継者をパナマにするという書類を用意しましょう!」
あー、これでようやく重荷から解放されそうだ。
さて、それじゃあ今晩はゆっくり休んで、明日は足腰の弱ったカラクームさんの為に移動に便利な車椅子を作ってあげようかな。
オレは安心しきってそのまま客室に戻って寝てしまった。
「大変だ! カラクーム様がお亡くなりになられた!!」
「な、何だって!?」
何という事だ、昨日の夜まであれだけ元気だったはずのカラクーム子爵が今朝になって亡くなっていたなんて!!
「お父様! お父様ぁああ!!」
パナマさんは泣き顔を隠しもせず、カラクーム子爵の亡骸の手を握って大泣きしている。
それに対してスエズは泣き顔どころか薄笑いをしているようにも見えるくらいだ。
だが、話を聞いていてよかった。
カラクーム子爵は亡くなる前に後継者を決めていたので、彼としても安心できたのだろう。
張りつめていた糸が切れたようになって亡くなったとしたら、むしろ今まで後継者の件で死ぬに死ねなかったとも考えられる。
「ここで旦那様の残した遺書を読み上げます」
そうか、カラクーム子爵はもう既に自分の死期を悟り、遺書は用意していたんだな。
執事が全員の前で遺書を読み上げた。
内容は、自分の後継者はパナマにするといった事だろう。
「旦那様の遺書にはこう書かれております、自身の後継者は唯一の純血の長兄であるスエズ・ウンガである。また、スエズが治めきれない領地に関しては彼の母である母ドナウの生家、ドルトムント侯爵が担い、婚外子であるパナマには本来何も贈与されるものは無いが、温情で山岳地の土地を与えるものとする。以上です」
何だって!? オレが昨日聞いた話と全く違うぞ!!
これは間違いなく書類偽造だ。
だが、証拠になるものは無い、下手すればウンガ家の執事や書士もスエズのグルである可能性が高いだろう。
「聞きましたか、これからはこのスエズがここ、ウンガ家の当主となるのです。なお、この城や領地、資産の全ては彼の母親である妾(わらわ)が女主人として管理するのじゃ」
まあ何ともテンプレ的なお貴族様といった、性格の悪そうな年増のオバサンが姿を見せたもんだ。
多分この人物がドナウ婦人で間違いあるまい。
「おや、何か臭いと思ったら下賎の血の混ざった混ざり物と雑種がいるようじゃな。空気が悪いから此処からすぐに出て行ってもらわぬと」
兵士達は女主人になったドナウ婦人の命令で、オレとモッカ、カシマール、それにパナマさんを部屋から追い出そうとした。
「ママ、その人だけは違うんだよ。その人だけは特別なんだ」
「あらあら、スエズちゃん、どうしたの?」
「ぼく、その人と結婚したいんだ」
「あらあら、そうなのね。わかったわ」
何だこの最低のマザコン男。
スエズはフォルンマイヤーさんを指さし、母親であるドナウ婦人に彼女と結婚したいと大声で叫んでいる。
「ふざけるな! 誰が貴様みたいな最低男を! 冗談は顔だけにするのである!!」
フォルンマイヤーさんは顔を真っ赤にして叫んでいた。
「スエズちゃん、女の子はね、素直になれないものなのよ。だから、コレは照れ隠し、勿論女の子が、素敵で純血の貴族である貴方との結婚を断るわけがないじゃないの」
ダメだ、コイツら……マジで人の話を聞かないってレベルじゃない。
オレ達はフォルンマイヤーさんだけを部屋に残し、全員が外に叩き出されてしまった。
「こばやしっ、モッカ……もうおこった。このいえ、めちゃくちゃにしてやるっ」
「モッカ、気持ちはわかるが今は止めておこう」
「良いんです、ここはわたくしが出ていけば……話は丸く収まるのです。わたくしは、お父様と一緒に居られた、それだけで満足なんです」
「でも、お父さんは今でもパナマさんに後を継いでほしいと言っているのだ……」
「仕方ありません、所詮……純血の貴族の血の兄が後継者になるのは時間の問題でした。わたくしはここを去ります」
パナマさんはオレ達に向かって寂しそうにニッコリと微笑んだ。