コチャバン村はオレ達が到着した頃には、村中大騒ぎになっていた。
今まで水を我慢していた分、水浴びを存分に楽しむ人達、そして溜まりに溜まった洗濯物を洗う主婦、そしてそのもう少し上流で料理の為の水汲みをする子供達。
村のあちこちで歓声が上がり、水が村に戻った事を誰もが喜んでいた。
悪徳村長のアグアス・トナリは逃げた先で村人に捕まり、ロープでグルグル巻きにされて逃げられないようにされ、今はさらし者にされて石を投げられている。
彼の手下だった傭兵や私兵達も同じように柱に括りつけられ、グルグル巻きにされてロープで空中に吊り下げられていた。
あまり判決前に制裁をやりすぎると、刑が軽くなる可能性があるので命に関わるような事はさせないようになっているが、村長アグアス・トナリは村の中央部分に括りつけられた柱で住民達全員に憎まれながら睨まれるようにされているようだ。
まあ、因果応報というべきか。
コイツのせいでどれだけ多くの人達が苦しみ、命を失ったのかを考えれば、刑を待つまでの間とはいえ、まだ良心的と言えるだろう。
下手すれば村民全員にリンチされてさらし首になっていてもおかしくないくらいだが、流石に国の裁きに任せた方が良いという話になったらしい。
まあそれでも極刑は確定だろう、それが執行されるのが遅くなるか早くなるかの違いってだけだ。
まあ、暗い話を考えるよりは今後の村の事を考えた方が良いだろう。
今はこの村の今後の問題を考える方が重要だ。
その上でオレは、村の中に水道を作る事を提案した。
この水道があれば、川から水をわざわざ汲んでこなくても各自が水を使える。
また、水道を作れば、他の人が使った水の下の水を取って身体に不調が出る事が避けられるからだ。
実際さっき見ていて気になったのが、飲み水と水浴び用の水がごっちゃになっていた事だ。
オレが転生前の地球でも、インドとかの川ではそれが普通とされているが、よく考えれば飲み水と体洗いの水が同じってのは、少し考えものだ。
まあこの世界の水浴びには石油由来の石鹸が使われていないので、水の汚濁はまだマシと言えるレベルだろうけど、やはり水の問題は解決した方が良い。
それなのでオレが作ろうとしているのは、パイプを使って上から下に流す簡単な水道と水車だった。
この水道があればこの地域の水問題も解決出来るだろう。
止水栓とか蛇口のような物を造ると結構大変だが、ただのパイプに穴を空けた程度の水道なら簡単に用意できる上、水を止める事も楽に出来る。
難点としては流れる水の量が少ない事だろうが、それでもあれだけの水不足を経験していた人達からすれば問題は無いだろう。
オレはサンドゴーレムやモッカの呼びだした魔獣を使い、村の中に水道を通し、村人が汚い水を飲まずに済むようにした。
「貴方はこの村の恩人です、水を取り戻してくれただけではなく、こんな事まで……本当に感謝致します」
「あの、実はお聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
オレが無償で工事を請け負ったのはこれが目的でもあるワケだ。
このように無償で工事をしていれば、村の人から情報を聞き出しやすくなる。
「はい、何なりとお答えいたします」
「ウユニ、って何ですか?」
村の長老っぽい人はオレの質問に答えてくれた。
「ウユニとは禁断の土地、この村の者でも許可無き者は入る事を許されぬ我らの聖地ですぢゃ」
そうか、やはり村人にとっての聖地の事だったんだな。
「伝説ではその聖地に黄金の巨人がいると聞いたのですが」
「はて、コンゴウ様の事ですな。コンゴウ様は遥かなる昔、幾多の魔の者達を退けたという伝説の黄金の神様ですぢゃ」
どう聞いても古代文明の作ったスーパーロボットとしか思えんな、それ。
「ウユニは我らの聖地、鏡のような美しい水が張られた場所です。雨期になるとそれはそれは綺麗な水が張られ、まさに聖地と呼ぶにふさわしい場所ですぢゃ」
なんだかそれを聞いてオレは最近のアニメのオープニングでよく見かける湖を思い出した。
名前はわからないが、よくアニメのオープニングに出てくる水が鏡のように反対側に映像を写す湖だ。
ウユニがそれと同じかはわからないが、今の時期水が張っているというなら、遺跡を捜すのは少し難しいかもしれないな。
「ありがとうございます、これでウユニの事がわかりました」
「アンタ達、今日は祭りだから、食事していきなさい、この村の特製料理を用意してあげるよ」
オレ達はその日の夜、村人に歓迎されて食事会を開いてもらった。
そこで出された料理が……辛い! どれもこれも塩辛い!!
どうもこの料理で使われている塩がウユニで取れる塩だそうな。
成程、そのウユニが禁断の土地と呼ばれる理由がわかったような気がする。
多分だが、ウユニは塩湖、つまり塩辛い湖なんだ。
こういった内陸部では、塩が貴重品になる。
そういう意味でも上質の塩が取れる場所は、土地を巡った争いが多発してもおかしくないという事だ。
この村の強欲な村長は水に気を取られて、それよりも高値で取引されるはずの塩にはまるで気が付いていなかったのが不幸中の幸いと言えるだろう。
もし、強欲な村長が塩湖の塩の事に気が付いていれば、塩を取り出させる作業で駆り出された村人達が犠牲になり、更に犠牲者が増えていたかもしれないのだ。
だが、ウユニにはそういった事が起こらず、禁断の土地になったままだ。
だから明日オレ達はそこに行くことをこの村の人達に伝えて、許可をもらわないといけないな。
しかし、この料理……確かに塩辛いけど、嫌な辛さじゃないのは、良い塩を使ってるからなんだろうな。
いうならば、上質の粗塩か、黒かピンクの塊をミルですり潰したヒマラヤ岩塩のようなものだ。
この塩を巡っての争いが起きなくて本当に良かったと思う。
コチャバン村の食事会は夜遅くまで続き、カシマール、モッカ、そしてオレは飲んで食べて村人達と夜遅くまで騒いで楽しんだ。
次の日、オレはサンドゴーレムを元の砂に戻すためにカシマールと一緒にオリビオさんの奥さんに会った。
「ありがとうございます。オリビオさんのゴーレムのおかげであの悪徳村長をやっつける事が出来ました」
「いえ、こちらこそ……主人の仇を取っていただいただけでなく、主人の悲願だった地下水の掘削までやっていただき、本当に、本当にありがとうございました」
オリビオさんの奥さんはオレに深々と頭を下げてお礼をした。
「さあ、それではそろそろ始めるのだ。ゴーレムに宿った魂よ、今こそEの刻印を解き、安らぎを得るのだ。さあ、眠るのだ……」
サンドゴーレムの額からEの刻印が消え、砂で出来たゴーレムはその場に崩れ落ち、残ったのは小さな砂山だけになった。
「これで、主人は旅立ったのですね……」
「そうなのだ、奥さんが来る時までゆっくり待っているから、焦らずに命が尽きる日まで長く生きてほしいと言っていたのだ」
ネクロマンサーであるカシマールの言葉はオリビオさんの奥さんに通じたようだ。
「わかりました、私はここで主人の分まで生きていきます。皆様、本当にありがとうございました。皆様の旅の無事をお祈りしております」
「さようなら、また来ますね」
オレ達はコチャバン村の人達に別れを告げ、ウユニに向かった。
「こい、はしりとかげ!」
モッカが指笛を吹くと、この辺りにいた魔獣ハシリトカゲが姿を見せた。
オレ達はその背中に乗せてもらい、ウユニを目指した。
本来歩けば三日ほどかかるウユニに、オレ達はハシリトカゲのおかげで、半日ほどで到着した。
だが、ウユニに到着したオレ達は。辺りの風景を見て驚愕した。
「な、何だここは!? 鏡どころか一滴の水も無いぞ!」
なんと、オレ達が到着したウユニの湖は、周囲の川の水が枯れ、一滴の水すらないカラカラに乾いた塩の柱と塩の大地が広がる場所だった。
ここが本当に聖地と呼ばれた湖なのか??
オレは、ここがウユニだとはまだ信じられなかった……。