オレ達は前日の宴会の後、疲れを取る為一日ゆっくりと休んだ。
雨はまだ降り続けているようだ。
どうやらこの時期は、日本でいうところの梅雨のような状態になっているらしい。
昨日の雨はどうもその雨期の入りの雨だったという事のようだな。
しかしよく降るもんだ、ガラスの窓の外が見えないくらい雨はザーザーに降っている。
しかし以前の廃墟寸前の建物と違い、オレ達が改修した離宮は雨漏り一滴すらせず、水道は一端シャットダウンする事で浸水も防ぐ事が出来ている。
また、雨水をろ過して飲み水に変える装置は台所に設置してあるので、水の問題も解決しているという事だ。
こんな天気で外に出てもびしょ濡れになるだけだ、それなら今日は一日ゆっくりと休ませてもらおう。
……だが、この選択が後々に結構大変な事態を呼ぶ事になってしまう。
オレ達は雨が少し小降りになった次の日、郊外の町に向かった。
馬車で少し急いだとはいえ、普段のスピードの半分くらいしか出せていなかったようで、オレ達が到着したのは一日後の夕方になってしまった。
そこでオレ達の見たものは、一刻を争う事態だった!!
それは、町の中央部の川が氾濫を起こし、町が水浸しになっている光景だった。
そんな中で休む暇もなく作業をしているのは、イツマの棟梁とその弟子達のようだ。
「いいか、土嚢を持ってこれるだけもってこい、これ以上川の浸水を許すと町が水浸しになってしまうぞ!!」
「わかりました、親方! おい、命綱をしっかりと結んでおけ。さもないと川に流されてオシマイだぞ!」
「わかった、みんな絶対に手を離すなよ!!」
イツマの棟梁とその弟子達は、町の中の川の氾濫を少しでも食い止めようと土嚢を作り次々と積んでいる。
町の人達や冒険者ギルドの人達も総動員で川の氾濫を食い止めているといったところだ。
どうやらみんな昨日から寝ずに作業をしていたのだろうか、見た感じかなり疲れているように見える。
何という事だ、オレ達が一日無駄に使っていなければ、イツマの棟梁達に無茶な仕事をさせずに済んだのに!!
だが、そんな事で悔やんでいても仕方が無い、それよりは一つでも多くの土嚢を積んで川の氾濫を食い止めないと。
イツマの棟梁は弟子達が川に流されてしまわないように命綱を全員に付けさせて作業中だ。
だが、それでも何度も氾濫する川に飲み込まれそうになっている。
これ、命綱無かったら間違いなく誰かが川に呑まれて流されていただろう。
「きゃああ、うちの子がぁー!」
「おかーさーん!」
誰かの子供が川に攫われてしまった、このままでは川に呑まれた子供はそのまま沈んで死んでしまう!!
だからと言ってイツマの棟梁の弟子達に川に飛び込んでもらうのも自殺行為だ。
こうなったら、オレがやるしかないか!!
「出てこい! ゴーレム!!」
「モゴゴゴゴゴゴ……」
オレが呼び出したのは、土ではなく、水を大量に含んだ泥で出来たマッドゴーレムだった。
この核になったのが誰の魂でもいい、今はあの子供を助けてくれ!
「マッドゴーレム! あの川に落ちた子供を拾い上げてくれ!」
「モゴゴゴ……」
マッドゴーレムは泥で出来た手を川の中に突っ込み、川に落ちた子供を拾い上げてくれた。
まあ子供の全身が泥まみれになってしまったとはいえ、命が助かっただけマシと言えるだろう。
「ぼうやー!!」
「おかーさーん、怖かったよー」
「もう、バカバカっ心配したのよ!!」
「ごめんよー、もうしないよー」
親子は泥まみれになりながらも、命が助かった事を泣いて喜んでいた。
マッドゴーレムはそんな親子を無言で見下ろしている。
何か感じるものでもあったのだろうか?
オレはマッドゴーレムに指示をし、泥だらけの子供を安全な土の上に下ろさせると、次はイツマの棟梁達が作っていた土嚢を積むように命令した。
マッドゴーレムは両手で一つずつ土嚢を積み、川の氾濫を食い止めてくれた。
イツマの棟梁とその弟子達は、マッドゴーレムが自分達の用意した土嚢を次々と積み上げていくのを見ていたが、その後ですぐにまた足りなくなった土嚢を追加して詰め込む作業に取り掛かった。
全員が協力したおかげで、土嚢は巨大な堤防のようになり、川の氾濫は無事食い止められてそのまま下流に流れるようになった。
一連の作業が落ち着いたイツマの棟梁が、オレの方を向き、頭を下げた。
「コバヤシ、お前は凄い奴だよ。お前がいなかったら何人の人達が亡くなっていたか……」
でも、そんな事を言ってもらえる資格、今のオレにあるのかな。
もしオレが一日早くここに来ていたらもっと被害は小さかったのかもしれない……。
もう済んだ事を蒸し返すのも悪いので今は黙っておいた方が良いのだろうけど、もしオレがもっと早くこの町に戻ってきていたら、今回の川の氾濫はここまで被害が大きくなる前に食い止められたのかもしれない。
そう考えると、オレは素直にイツマの棟梁達の感謝を受け止める事が出来なかった。
「コバヤシ、どうした。なんだかくらいかおしてるっ」
「お兄さん、あまり考えすぎるのもよくないのだ……お兄さんは悪くないのだ……」
「モッカ、カシマール、でもオレ……」
カシマールがオレの頭に手をポンと置いて撫でてくれた。
「お兄さん、あまり一人で何でも背負うのは良くないのだ……」
「そうだぞ、コバヤシ。お前さんは自分が到着したのが遅くなったから被害が大きくなったと思ったのかもしれないが、それは考え過ぎだ。お前さん一人くらいいなくてもきちんとこの町は回るようにしないと、そうでなければ何でもかんでもお前さんがいないと何も出来なくなってしまうからな」
イツマの棟梁が温かい飲み物をオレに渡しながら笑ってそう言った。
そうか、オレ、一人で抱え込み過ぎていたのかもしれないな。
「そうだぜ、ここには冒険者ギルドもある、アンタが出来ない事は俺たちがやってやるから、安心してくれ!」
以前オレを役立たずだと言って追放したはずの冒険者のリーダーがオレを慰めてくれた。
そうか、この町の人達はオレの事を理解してくれているのか。
オレはみんなに頭を下げ、感謝を伝えた。
「皆さん、ありがとうございます! 皆さんがいたからこの町は氾濫の被害を食い止める事が出来ました! 本当にありがとうございます!!」
オレが大きな声で頭を下げると、そこにいた全員が拍手してくれた。
「ご苦労さん、みんな大変だったでしょう。この食事はあたしの奢りだよ。全員でじゃんじゃん食べてくれ!」
食堂のおばさんがたくさんのご馳走を用意し、作業を終わらせた全員が食事に飛びついた。
全員ここ数日まともに飲み食いすらせずに川の氾濫を食い止めていたくらいだ、全員の食欲はとんでもない事になっていた。
女性や子供はそんな男たちの為に食事を次々と用意しては皿を洗う作業を続け、そして全員による食事と慰労会は夜遅くまで続いた。
そして、次の日……フォルンマイヤーさんは早馬で王都に向かう事になった。
「コバヤシ、私は今回の一件と離宮の件を国王陛下に伝えなくてはいけないのである。少しの間ここを離れるのである」
「フォルンマイヤーさん、お気をつけて」
「それでは、行ってくるのである!!」
フォルンマイヤーさんは王都に向かい、オレ達は雨の弱まった中、カシマール、マッドゴーレムと共に村の墓地に向かった。
どうやらカシマールが言うにはゴーレムはそこに行きたいとの事だそうな。
「お兄さん、どうやらこの子のお墓はそこにあるらしいのだ……」
「そうか、そういう事だったのか、わかった」
オレ達は彼の墓を見つけ、そこに花を供えて手を合わせた。
マッドゴーレムはそんなオレ達を後ろで無言のまま見ていた……。