三体のゴーレム、ザド、ガンミ、アジオのおかげで、離宮の改修工事は残り一週間を待たずにほぼ完成に近づいていた。
エレベーターの設置とダストシュートの配備で工事の工程が楽になったのも早く施工が終わる理由だと言えるだろう。
この離宮の横にある天然の川は、ここに焼いたゴミを捨てれば川が自然にゴミを処理してくれるので、ここは非常に立地条件としては優れている場所だ。
だから工事のゴミ処理がすんなり終わったのも、工事の工程の簡略化につながっている。
残る工事個所は第三王子を幽閉している尖塔だけになった。
他の個所はほぼ堅牢な要塞に姿を変えたと言っても過言ではあるまい。
これが現代建築とゴーレムのハイパワーの合わせ技だ。
いくらあのいけ好かないナカタが重機や奴隷をこき使ってもこれほど早く普請工事が完成できるわけがない。
オレはこれであのナカタの奴に大きくリードできると確信していた。
「グゴゴ……ゴシュジンサマ、ツギノメイレイ……ヲ」
三体のゴーレムはオレの指示を待って待機している。
どうも彼等はすぐにでも体を動かして働きたいようだ。
むしろ少し休んでくれ、とこちらから命令したいくらいだ。
この離宮に居る第三王子アンディは、かつて隣国と組み、堤防を決壊させて軍を釘付けにした上で王都に攻め込む計画に担ぎ出されていた。
彼自身がそう言ったつもりはなかったそうなのだが、大臣を務めていた公爵によって灌漑工事だと騙されたまま指示を出してしまったらしい。
だがその計画を前もって知っていた伯爵令嬢が、第三王子が軍を動かす前に住民を全員避難させていたので計画が丸つぶれになったらしい。
――って何だよ!? そのまるでなれる系ライトノベルの悪役令嬢モノのような伯爵令嬢の活躍ぶりは!! 未来を予知して惨劇を止めるって、どう考えても現実じゃあり得ない話だろうに。
まあ、この第三王子は担ぎ出されただけで、黒幕の宰相だった公爵は既に廃嫡されたから危険性は無いようなのだが、それでも隣国の連中に狙われるってのは……彼に何かがあるのだろうか。
オレは工事をする事を伝える為に第三王子が幽閉されている尖塔に登る事にした。
オレの護衛と王子への謁見という意味で立ち会ってくれたのは、フォルンマイヤーさんだった。
塔の中の王子が住む部屋は、殺風景でだだっ広かったが、小さな窓だけで採光できないので暗く明かりが常時付けられ、悪臭が立ち込め……かなり劣悪な環境だった。
「アンディ王子、失礼します!」
「その声……ファンタか! 久々だな」
「その呼び方、まだ私の事を忘れてなかったようですね……」
アンディ王子はそれこそ美少女系作品に出てきてもおかしくないような美形だった。
難があるとすれば、臭いくらいか。
まあそれも仕方ないだろう、これだけ高い塔の上で水を運ぶとなればかなりの重労働になってしまうからな。
何週間かに一度でも水浴びが出来れば良い方だろう。
しかし見た目のカッコよさに反して臭さがマジで目に染みるレベルって、ギャグにもならないもんだ。
「ファンタ、そちらの方は?」
「あ、ああ。紹介が遅れたな。この男はコバヤシ。とても変わったアイデアでゴーレムを使って建物を作るエキスパートだ」
なんだかフォルンマイヤーさんによるオレの紹介が、かなりハードル上がっているんだが……。
「そ、そうか。ここ数週間、やたらと凄い音がすると思っていたが、彼がこの離宮を修繕していたという事か」
そう言うとアンディ第三王子はオレに手を差し出してきた。
「僕はアンディ・ハザマ。この国の第三王子だった男だ。よろしく頼む」
「オレは
彼は王族のダイワと名乗らずハザマと名乗った。
これは、彼が王位継承権を剥奪されたからなのだろうか? という事は、ハザマは彼の母親の苗字だと考えれば良いのだろうか。
「アンディで良いよ、どうせ僕はもう王族とは名ばかりの、この場所から一生出る事は無い身だ。だから、ダイワとは名乗らず母の姓を名乗らせてもらっている」
オレの疑問は本人が自ら答えてくれた。
どうもこのアンディ王子は野望に燃えて国を転覆するようなタイプでは無さそうだ。
それは彼に対するフォルンマイヤーさんの態度からも見える。
人の良さゆえに、悪人にそうと知らず騙されてしまうお坊ちゃんといったところだろうか。
「アンディ王子。実はここに訪れたのは、この場を工事する為なのである、その間貴方にはこの離宮の牢屋に入ってもらう事になるが、承知していただけるか?」
「ファンタ、僕は自由を奪われた身、束縛されている立場だ。だから僕自らの意思でそれを拒否する訳にはいかない。だから、君の言う通りにするよ」
「すまない、アンディ王子。私がいながらお前をこのような事にしてしまうとは……」
それに対し、アンディ王子はフォルンマイヤーさんの顔を見て微笑んだ。
「なあに、命を奪われなかっただけ、君達のおかげだと思っているよ。僕はこれからもここで静かに本を読みながら過ごす事にするよ……」
幽閉されたアンディ王子は自らの運命を受け入れている。
こんな彼をあんな劣悪な環境に住まわせるのは気の毒だ。
言うならば彼も騙された被害者だと言えるだろう。
それならば少しでも彼にとって快適な環境を用意してあげる事がオレを助けてくれたフォルンマイヤーさんへの恩返しになるのかもしれない。
実際、オレ達はフォルンマイヤーさんがいなければ、立ち入り禁止のトミスモ鉱山にも行けなかったわけだし、その前の王様との謁見からの可動橋工事の話も出なかったかもしれないのだ。
伯爵の貴族令嬢でいながら騎士団長だったフォルンマイヤーさんが、王宮で話を付けてくれたおかげでオレは一級大工の免許も手に入れる事が出来たし、イツマの棟梁に免許を届ける事もしてもらえた。
だから彼女の友人だったアンディ王子の住む場所を最高の環境にしてあげるのは、彼女に対するお礼になるとも言えるだろう。
フォルンマイヤーさんがアンディ王子を先導し、彼は一旦工事が終わるまで離宮の一室に軟禁される事になった。
その際にその部屋で彼が驚いていたのは、オレが作ったガラスだった。
ガラスの材料はソーダ灰(大量の乾燥した海藻を焼いて塩から取り出した炭酸ナトリウムを代用)水晶(石英の代わり)そしフォルンマイヤーさんに頼んで用意してもらった大量の石灰石だ。
コンクリートを作る時にも疑問に思われたようだが、たかだか漆喰の材料にしか使われていなかった大量の石灰石を用意してくれと言われてフォルンマイヤーさんは何に使うのかと思ったらしい。
これらのソーダ灰、砕いた水晶、そして砕いた石灰石をカエンオオトカゲの高温のブレスで溶かしたものをゴーレムが太くて丸い棒で伸ばし、巨大なガラスを作る事が出来た。
しかしカエンオオトカゲ、大活躍だな、高温のブレスをタイミングよく吐けるので、おかげで溶鉱炉いらずの高温を使う作業が可能だ。
マジでモッカがいてくれたからこの魔獣を自由自在に使えるとも言えるだろう。
このガラス、かなりの分厚さなのでそれ程透明度は高くはないが、採光するくらいなら十分効果は発揮できそうだ。
オレは本職のガラス職人ではないので、完全に透き通った透明なガラスは作れなかったが、色付きで少し濁ったくらいでもこの世界ならオーバーテクノロジーと言えるようなモノだろう。
これも超高温にほとんどダメージを受ける事の無いロックゴーレムだから出来た事だろう。
マジで彼らがいなかったらこの離宮の修繕工事の大半が出来なかったと言える。
こうして離宮の窓の部分を強化された分厚いガラスで覆う事が出来た。
また、高い場所に設置したガラスをはめ込むのには、ゴーレムだと力が強すぎてガラスが割れてしまうので、カシマールがその辺りにいた浮遊霊に語りかけて作業してもらい、転落、落下事故は起きずに済んだ。
さて、次はいよいよこれからアンディ王子が住む事になる尖塔の改築工事だ。