橋の修繕工事もかなり大詰めに近づいてきた。
オレは今大跳ね橋の橋桁になる部分にコンクリートを敷き詰めている。
本来なら中腰でずっと動き続けて塗るようなキツい作業なのだが、ゴーレムの手の上に座った状態だと中腰を維持したまま作業が出来るので足腰への負担はほぼ感じられない。
だから板張りの上にコンクリートを塗っていくのもそれほど難しい作業ではないのだ。
オレの動きを見ていたモッカが自分もやりたそうな顔をしていたので、オレはコテを渡し、反対側から塗ってもらう事にした。
ゴーレムは王宮の堀に足の部分がスッポリ沈むくらいの大きさだ、だから少し腕を上げてその掌に乗ると橋を塗るのにちょうどいい高さになる。
この作業、身体に負担のかかる状態だと数時間どころか数日かかるものなのだが、これもゴーレムのおかげで、数時間ほどで作業が完了した。
作業が落ち着いたころにはもう陽はすっかり昇っていた。
流石に徹夜作業は少ししんどかったかな、モッカと俺はゴーレムに続きの作業を任せ、宿に戻る事にした。
俺達の泊まっている宿は王宮の御用達でもあるので風呂完備だ。
だからコンクリ汚れとかも洗い流す事が出来る。
だが下水道とかはきちんと整備されていないので、水回りにコンクリを流すのは止めておこう。
コンクリートが溝に詰まったらそれを取り除いて掃除するのがかなり困難だからだ。
だから身体を洗って落としたドロドロのコンクリートは一つにまとめて袋に入れて捨てる事にした。
オレが風呂に入っていると、無防備な姿でモッカが飛び込んで来た。
オイオイオイ、身体洗ってから湯船に入れっ!!
「こばやし。モッカ、しっぽまでバサバサだっ。はやくみずあびしたいっ」
オイオイオイ、いくら何でもオレがいるのに一緒に風呂に入ってこようとするなよっ!! 獣人のモッカにはあまり恥じらいといったものがないのだろうか?
「わっ、うわわわぁっ!!」
ドボォーン!!
モッカにたじろいだオレは頭から湯船の中にひっくり返って沈んだ。
「こばやしっ、だいじょうぶかっ!?」
い、いや。だいじょばない……だから早く離れてくれ。
今のオレに服を着ていないモッカは目の毒だ。
あまり育っていないとはいえ、女の子の身体なんてこんなに間近で見たコト無いんだっての。
オレは必死に目を背けながらモッカに薄い布を渡した、身体洗い用のタオルみたいなものだ。
「こばやし、これをどうしろとっ?」
「は、早くそれで前を隠してくれ。そうじゃないとオレが落ち着かない」
「なんだかよくわからないけど、わかったっ」
モッカが布で身体を巻いてくれたのでようやくオレは沈んだ湯船から起き上がって椅子に座る事が出来た。
「どうしたっ、こばやし。かおがまっかだっ」
一体誰のせいだと思ってるんだ!?
だがそんな事を言っても仕方ない、早く風呂に入ってから少しでも寝ないと……。
なのにモッカのせいでオレはゆっくり風呂にも入れないのかよ。
「こばやし、みみとしっぽがばさばさするっ」
あーあ、セメントが耳と尻尾に付いちゃってるよ。
これは一人でぬぐい取るの大変だよな。
ここにシンナーとか有機溶剤とか石油性のものがあれば簡単に取れるけど、どうもそういうのは無さそうだ。
こういうのはアルカリ性のものなので酢で落ちるんだけどな。
仕方ない、重曹くらいならこの世界でもあるだろうし、お酢、なければワインビネガーでもあれば使えるかな。
オレはモッカを残したまま風呂場から一旦出て、宿屋の人に重曹とワインビネガーを用意してもらった。
毛皮が綺麗になるかどうかは分からないが、これで大抵の汚れは落ちるはずだよな。
「こばやし、くすぐったいっ! あははあっはははっ」
まったく、誰の為にこんな苦労をさせられてると思ってんだ!!
まあこの無邪気な顔を見ると怒る気も失せるけどな、それに自分から仕事を手伝ってくれたのはモッカなわけだしな。
オレはモッカのふさふさの毛を丁寧にお湯で流して付着したセメントを洗い流してやった。
この世界、まだ石鹸といったものはなさそうだが、重曹とワインビネガーで丁寧に毛を拭き取ればどうにかセメントは落ちるみたいだ。
毛のばさばさが取れたモッカは少し機嫌が良さそうだった。
「こばやし、けづくろい、すきなあいてとすること、モッカ、こばやしのことすきっ」
おーい、勘弁してくれよ、こんなどう見てもお子様そのものってのをお風呂に入れてるだけでも犯罪っぽいのに、そんな風にすり寄られたらオレどう反応して良いのやら……。
クタクタになりながらモッカのセメント落としと自分のセメント落としを終わらせたオレは湯舟につかり、その後風呂を出てからは食事も忘れてそのまま泥のように寝てしまった。
気が付いたのは次の昼だった。だがどうも寝足りない、何でこんなに寝ても寝ても疲れが取れないんだ? オレって睡眠時無呼吸症候群なのか??
モッカをつれてオレはゴーレムが作業をしている開閉橋の工事現場に向かった。
橋は三体のゴーレムのおかげでほぼ完成と言っても良いものだった。
やはり巨大なゴーレム三体いれば橋の工事でもあっという間に終わるんだな。
周囲にはゴーレム見たさに集まった群衆があちこちにいた。
下手に工事現場に入ると巻き込まれて事故になりかねない、だから工事現場の周辺は王宮の兵士達が見回りをしてくれている。
よし、これで開閉部分の橋の工事も完了だ。
後はコンクリートが乾いてくれるのを待つだけか。
オレとモッカとゴーレムは、コンクリートが乾くまでの間、別の作業をする事にした。
それは、この橋が開いている時には水の底に沈み、橋が閉じている時だけ浮き上がる吊り橋を作る事だ。
実際工事をしてみてわかったのだが、この開閉式の可動橋、一度閉じてしまうと今度は渡り船でないと王宮に辿り着く方法が無いのだ。
それなら裏口から入ればいいじゃないかと言いたい人がいるかもしれないが、考えてみて欲しい、ショッピングモールの閉店寸前のシャッターが閉まりまくった状態を。
つまりあちこちを警備の問題で扉を閉めているのでメインとも言える場所に行く方法は裏口からだとかなり大変なのだ。
だから夜の為の通用門ともいえるようなもの、それが今から作ろうとしているメインの橋の横の吊り橋というわけだ。
これを作るのはそれほど大変な作業ではなかった。
ゴーレムが両端を鎖で持ち、その間に小さな橋を板張りしてコンクリートで補強、作業はものの数時間で終了した。
さて、これでようやく開閉橋の工事が完了したわけだ。
後はコンクリートが乾いた後に重量の検査と耐震性のチェックで完了かな。
一仕事終えたオレはモッカと一緒にゴーレムの足にもたれかかって休んでいた。
そこにやってきたのは騎士団長のフォルンマイヤーさんだった。
「コバヤシ、凄いではないか! これほど立派な橋が作れるとは、私も感心したのである」
「は、はは。まあどうにかやり切りましたよ。これでもうオレ達は自由になれるんだよな?」
「実は……その事で話が有る。後で私の屋敷に来てもらえないだろうか」
フォルンマイヤーさんはオレ達に何か内緒の話が有るようだ。
どうせコンクリートが乾くまでここでは作業にならないし、行ってみるか。
オレとモッカはゴーレムをその場に残し、フォルンマイヤーさんの屋敷に向かう事にした。
何かきな臭い予感がするが、やはりあのいけ好かない転生者が絡んでいる話なのか??