廃嫡された貴族の邸宅は元公爵家のものだったらしい。
どうやら隣国と組んで今の王家を排除した上で、貴族主義の暗愚な第三王子を隣国の傀儡としつつこの国を牛耳ろうとしたのを、王子との婚約破棄の後に辺境に追放されたが貧しい領地を再興し、この国家転覆計画を潰した元伯爵令嬢のおかげで悪事が露呈し、廃嫡に至ったらしい。
なんつーか、まるで『なれる系ライトノベル』の悪役令嬢みたいな話だな。
まあ、オレはそんな悪役令嬢とは全く縁もなんも無いので、宮廷のドロドロ劇はどうでもいいけどな。
今のオレがする事はその廃嫡された公爵の館の解体と迎賓橋の修復作業だ。
さて、作業開始とするか。
まずはその前にこの邸宅の全体を見渡さないと。
元の世界だとドローンで建物全体の映像画像を撮ってそれを元にどこから解体するか考えたものだが、この世界には残念ながらドローンも映像画像を投影する機械も無さそうだ。
仕方ないので、オレはゴーレムの肩の上に座り、そこからゴーレムに邸宅の周囲を歩かせる事で建物の全体像を把握した。
この邸宅、三階建てに大きなテラス、そして庭に庭園、一部に四階の屋根裏部屋があるかなりの豪邸だった。
素材は、煉瓦と漆喰といったところか。
漆喰はサンゴ礁が長い年月を経た石灰石を砕いたものが材料となる、その石灰石が使われているということは、この国は多分海がそこそこの近場にあるようだ。
そして、これの技術を見る限り、漆喰を作れるという事はこの世界にはそれなりの建築技法はありそうだ。
という事は、この漆喰を粉々にして水と混ぜれば簡易式のコンクリートは作れるかもしれないな。
しかし、問題はそのコンクリートになる石灰石や漆喰の残骸を高温で焼く方法だ。
これは魔法使いにでも頼んだ方が良いかもしれないな。
仕方ない、そこの部分は金貨を使ってでも呼ぶしかなさそうだ。
ここはフォルンマイヤーさんに出してもらって後で返すしかないかな……。
「こばやし、どうしたっ、なにかなやみごとかっ?」
「い、いや。悩み事ってほどじゃないけど、この屋敷を壊した後の残骸をどうやって粉々にして焼こうかなと考えてたんだ」
「なんだ、でっかいひがあればいいのか。それならモッカにまかせるといいっ」
そう言うとモッカは指笛を大きく鳴らした。
すると、炎をまとった大トカゲがのっそりと姿を現した。
「なっなななな何だあれは!?」
「あれはかえんおおとかげっ、モッカのなかま。モッカ、ひゃくじゅうのおうのむすめっ」
どうやらあの炎をまとった大トカゲはモッカの手下らしい。
成程、確かにあの大トカゲが吐く炎なら石灰石をセメントにするのに十分な高温を出せそうだ。
そしてセメントの材料となる石灰石は貴族の邸宅の漆喰を粉々に砕いてから焼けば確保可能といえる。
セメントの材料は焼いて砕いた石灰石と粘土と珪石だ。
この元になる物は本来練り合わせて作らなければいけないが、この貴族の邸宅の漆喰がその代わりになるので材料を新たに調達する必要は無さそうだ。
つまり、オレが今からやる事は、この貴族の邸宅を粉々に破壊して焼いてしまう事でセメントの材料とし、迎賓橋の資材とするわけだ。
「ゴーレム、頼んだぞ!」
「グゴゴゴ……」
ゴーレムは無造作に貴族の邸宅に手を伸ばし、尖塔をポッキリと折ってしまった。
何という馬鹿力だ、これだけの力がありながら何故戦闘になると全く何の役にも立たなくなってしまうのだろうか??
数体のゴーレムの手にかかると、巨大な貴族の邸宅でも、ものの数時間で残骸の瓦礫の山になってしまった。
コレ、まともな解体工事だと数か月かかる案件だぞ……。
まあ時間があまりないので作業はさっさと進めよう。
このゴーレムならユンボ(ショベルカー)やブルドーザー並みの力を発揮できる。
そして貴族の邸宅は粉々に砕かれた漆喰と煉瓦と石垣と木材に大きく分けられた。
この際に役に立ったのがモッカの呼んでくれたカエンオオトカゲだ。
このカエンオオトカゲ、B級クラスのモンスターだが、口から吐く火炎がかなりの攻撃力を持つ。
モッカはこの炎を吐かせて建材と廃材の木を焼く事で漆喰や石材だけを残したというワケだ。
残った漆喰の残骸や石材はゴーレムが手で握り、力任せにすり潰す。
これで漆喰がバラバラの石灰石に近いくらいまで戻った。
しかし……傍から見ているとコレって間違いなくモンスターが襲撃して貴族の邸宅を破壊している光景にしか見えないよな、どう見てもこれが工事とは思えないだろう。
だがこの場所は、王の命令で一般人立ち入り禁止にされているので、オレ達の解体作業は誰かに見られてるわけではない。
だからここでオレ達がやっている作業は誰の目にも入らないので、ここに貴族の邸宅があった事すら一般人は知らないままになるだろう。
二日もすると貴族の邸宅だった場所に残っているのは資材ごとに分けられた石や漆喰、石灰石、大きな木材、これらのものだけになっていた。
どうやら廃嫡が決まった際にこの邸宅にあった文化財や調度品は全て持ち運び出された後だったらしい。
だからオレ達の解体はスムーズに済んだというワケだ。
そして、邸宅の解体作業が済んだオレ達は橋の資材をゴーレムに担がせた。
さあ、王の命令でオレ達を視察に来た兵士達があの更地になった元公爵家の邸宅跡を見てどう驚くかが見ものだな。
まあ資材が確保できたのでオレ達はそこを切り上げてさっさと王宮の迎賓橋の所にやってきた。
さて、それじゃあ工事に取り掛かるか……。
そう思っていたオレだったが、ここで落とし穴に気が付いてしまった。
いや、オレが明けた風穴の事ではない、この工事に関する重大な問題点の事だ。
よく考えてみると、この迎賓橋をコンクリートやモルタルで作った場合、重量がとんでもないものになってしまう。
だからと堀の所を埋め立てて橋ではなく道にしてしまうと、今度はせき止められた場所に穴を開ける作業が追加で必要となり、尚更に穴の開いた場所は強度が落ちてしまう。
つまりこの橋は重すぎず軽すぎず、数百年前の当時の技術の粋を集めて作られていた絶妙のバランスだったというワケだ。
これは下手に手を出すのは難しそうだが、だからとこの工事を投げだすわけにもいかない。
大きな橋を作る事は今のオレの知識や技術とゴーレムがいれば十分可能だ。
だが、それだけ橋が大きくなるという事はそれだけ警備も厳重にしなくてはいけなくなる。
さてどうしたもんだろうか……。
ここであの橋が開閉式ならもっと楽なんだが……そうだ! その手があった!!
「モッカ、シャウッドの森でかなり大きな木って分かるか?」
「わかるっ、こばやし、いまからもりもどるのかっ?」
モッカはシャウッドの森に行ける事を喜んでいた。
そうだ、シャウッドの森にある大きな木を使い、開閉式の橋をコンクリで補強した物を作れば問題は解決だ。
この方法なら橋が反対岸から開く形にすれば重量もかなり抑える事が出来る。
よし、そうと分かればこんな場所でもたもたしている場合じゃない、早くシャウッドの森に向かおう!
オレはゴーレムに命令して橋の資材を堀の傍に置き、そのままシャウッドの森に向かった。
まああんなデカい資材持って行こうとしても普通は持っていけないから問題は無いだろう。
それに王宮の周りはフォルンマイヤーさんの部下の兵士達が見回りをしているわけだからそういう意味でも安心だ。
さあ、次にやる事が決まったぞ。
シャウッドの森で開閉式迎賓橋の芯材になる巨木の確保だ。