オレはイツマの親方の代わりに冒険者ギルドに向かった。
すると、ギルドの受付嬢はにこやかな表情でオレに話しかけてきた。
「コバヤシ様ですね。お待ちしておりました」
以前の古戦場跡での依頼失敗の時とはまるで態度が反対だ。
まああの時はオレも自身のスキルの事を分かっていなくて暗中模索だったからな。
だが今のオレはゴーレムマスターというレアスキルを手に入れたので、戦闘系以外の依頼なら大抵はこなせる状態だ。
どうやってもあのゴーレムは見た目のゴツさと反対にまるで自分が弱いと言っているかのように戦闘になると怯えて動けなくなるからな。
これってやはりゴーレムのメイン部分に何か問題があるのだろうか?
オレの寝不足はゴーレムの調子の悪いのと連動しているようだ。
ゴーレムの動きが緩慢だったり、思ったほどのポテンシャルを出せない時、大体オレの寝不足はそういう時に起きている。
ひょっとして、オレの寝不足とゴーレムって何か関係あるのか??
まあこんな事を考えていても何の解決にもならないな。
次に何をするかを考えよう。
とにかくイツマの棟梁に一級大工資格の更新が出来なかった事だけは伝えておかないと。
オレは昼食のタイミングでイツマの棟梁にシャウッドの森から王都に行ってここに戻ってきた経緯を説明した。
するとイツマの棟梁は怒るわけでもなく大笑いしだした。
「ワッハッハッハ、何だってぇ。あの王都の橋を壊しただって?? お前よくそれで生きて戻って来れたもんだな」
「イツマさん、あの橋ってそんなに重要な場所だったんですか?」
「そりゃそうだろうよ、あの王都の迎賓橋は各国国賓を招く際の場所で、王国の玄関口とも言える場所だからな。そこに大穴を開けて壊したなんて、お前良く生きて戻って来れたもんだな」
これはマジでオレは王都に行ったらお尋ね者確定だな。
あーあ、どうしてこんな事になってしまったのやら……。
「まあ王都から呼び出しでもかからない限りはこの町にいる限り安全だろう、それに仕事は儂が保証してやる。なーに、冒険者ギルドのギルド長とは少しした顔なじみだからそう悪いようにはしないって」
オレの不安をよそに、イツマの棟梁は杖をつきながら冒険者ギルドに向かった。
死刑にならなかったとしても、橋一つぶっ壊したのを損害賠償させられたらいったいどれほどの金額になるやら……。
あーマジ、異世界で借金生活突入なんてお先真っ暗だ……。
「こばやし、どうした? なんだかくらいかおをしているっ。これでもたべてげんきだせっ」
モッカはオレに何かの串を手渡してきた。
って……これってひょっとして、串に揚げたドーナツが刺さってるのか?
オレはようやくこの世界で甘いお菓子に出会う事が出来たかもしれない。
モッカの手渡してくれた串をオレはおもむろにかじりついた。
――違う! これじゃない、これじゃないんだぁあああ!!
残念、これは確かに揚げ物だった。
だが甘味はなんもない、いうならば油揚げの塊みたいな小麦粉をただ揚げただけのもの、ドーナツのあの甘さとはかけ離れた味だった。
「こばやし、おいしくなかったかっ? モッカ、ざんねんっ」
いや、その気持ちはありがたいんだけど……。甘いお菓子はこの世界で食べるのは無理なんだろうか、オレは借金を抱えてしまうかもしれない絶望に加え、更に甘いものに辿り着けない絶望のダブルパンチを味わってしまった。
「こばやし、げんきだすのだっ。モッカ、こばやしがかなしそうだとモッカもかなしくなってくるっ……」
いや、モッカが悪いわけじゃないんだけどね。
オレを気遣ってモッカは何かの木の実をオレに手渡してきた。
どうもリンゴとも梨ともつかないような果物だ。
オレはそれを受け取り、かじってみた。
――これはっ!! この甘さ、そうだ。そうだった。
それは、オレがこの世界に来て初めて感じた甘さだった。
そうだな、この世界でもし砂糖が高級品でも、甘味は果物やはちみつとかからでも手に入るんだよな。
オレはようやくこの世界で光を見つけたような感覚を感じた。
「こばやし、うまかったかっ? それならまだあるからもっとたべるといいっ」
オレはモッカの手渡してくれた木の実をお腹いっぱいになるまで食べ続けた。
そういえば、あの集落でも火事のどさくさで食べる機会を失ってしまったが、あのシャウッドの森にはかなりの木の実や果物があったような気がする。
しかし旅に出ますといった手前、すぐに森に戻るってのもなぁ……。
「モッカ、ちょっと聞くけど、モッカはあの森に何か忘れものとか……なかったのかな?」
「わすれものっ……えっと……そうだっ!!」
どうやらビンゴだったらしい。
オレは適当な理由を付けてあの森に戻り、甘いものを手に入れたかったのだが、モッカは何か大事なものを森の集落に忘れてきたようだった。
「こばやし。いちど、もりにもどるっ。かかさまのおはかまいりまだできてないっ」
あー、そういうことか。
でも、森の中ならいつでも墓参りできるはずなのに、モッカは何故墓参りが出来なかったのだろうか?
「わかった、それじゃあ一度森に戻ってみよう」
オレはイツマの棟梁に仕事を任せ、シャウッドの森に戻る事にした。
森の中は入り組んでいたがモッカのおかげで迷わずにその日の夕方には集落に着く事が出来た。
いきなりのオレ達の帰省に集落の獣人達が驚いていた。
族長のチョージさんはオレ達に会う気はないようだ。
まあ、旅に出かけると言って数日で戻ってきたらそりゃあ怒るわな……。
オレは集落の長老にどうにか話をし、モッカの母親の墓の事を聞いた。
あーそりゃあ簡単に墓参りに行く事は出来ないわ。
どうやら話によると、モッカの母親は大雨の時に濁流にのみ込まれそうな集落の子供を助けようとしてそのまま流されて死んでしまったらしい。
その川は普段は穏やかな場所なのだが、大雨になると川が氾濫してしまうので橋をかけたくても流されてしまうのでかけられない場所だった。
また、渡り船を置くにしたら浅すぎて底のゴツゴツした川なので船も使えない、何とも中途半端な立地条件だといえる。
モッカの母親の墓のあるのはその川の向こう側だという事らしい。
今は雨期ではないので渡ろうと思えば渡れるが、丸木橋でも用意しないと渡れそうにない。
だからってここに丸木橋を置いても流されてしまうんじゃなー……。
「こばやし、あのかわのむこうにかかさまのはかがあるっ。でもきをつけないとおおみつばちにおそわれてしまうっ」
何だって!? 大ミツバチ??
聞いた事のない種類のハチだが、名前からしてハチミツが手に入りそうだ、これはあの川の向こう側に簡単に行けるようになればハチミツが取り放題になるのでは!
こうしてはいられない、ここに橋を作る方法を考えよう。
えっと……雨が降っても流されない、それでいて普段は使える橋で、川は浅め……となると、決まった! ここに作る橋は沈下橋だ。
沈下橋とは、あまり裕福でない地方の田舎によく見られた橋の形だ。
それは普段は低めの川に建てられた橋なのだが、雨が降ると水に抵抗せずに橋ごと水の中に沈む形のものだ。
この橋ならそれ程の労力も材料も使わずに作れそうだ、ハチミツのためなら少しくらいの労力は惜しまない。
「ゴーレム、その辺りから使えそうな木を切ってここに持って来てくれ」
オレはシャウッドの森の川に沈下橋を設置する工事に取り掛かった。
ハチミツの為ならちょっとやそっとの苦労もなんのそのだ、今度こそ甘いものが食べられる!