旅の準備を済ませ、モッカを連れて集落を離れようとしていたオレは、集落の長チョージさんと挨拶をしてこの場を離れようとしていた。
「コバヤシ、モッカのコト……くれぐれもタノんだぞ。モッカはツギのオサになるタメにもっとヒロいセカイをシるヒツヨウがあるのじゃ」
「わかりました、オレに任せてください」
「モッカ、こばやしともっとひろいせかいをみたいっ!」
どうやらモッカもオレと一緒に旅に出るのを楽しみにしているようだ。
まあこのモッカ、見た目は可愛い獣人の女のだけど下手すればB級モンスタークラスの強さだと言えるからな。
以前対決した騎士団長フォルンマイヤーとモッカはほぼ互角の強さだった。
流石にアレは暴走モードだった時なので普段の強さとは違うだろうが、それでもそんじょそこらのゴブリンとかに比べると強さは段違いだ。
だからモッカがオレと一緒に旅に出るのには特に大きな問題はなさそうだ。
それにオレのゴーレム……盾くらいにはなるし、見た目だけならハッタリには最適なデカさだ。
「そうか、モッカ、キをつけてイくんだぞ」
「はいっ、おさっ」
和やかなムードでモッカの送別の宴が催された。
宴もたけなわ、飲めや歌えの宴会は集落の家の落成式も兼ねていたので、住民の大半が出てきて楽しんでいた。
――だが、その雰囲気を一変させる大事件が起きてしまった!
「た、たいへんだぁー!! ひが、ひがもえあがってる!!」
「な、何だってぇー!?」
どうやら宴会の料理を用意しているうちに何が原因か分からないが火事が起きてしまったようだ。
この家々、風通しを良くするために高床式で木を使って作った東南アジア風だったのだが、それが災いし、一気に家が燃え上がってしまった。
幸い死傷者は出ていないが、この家が燃え尽きて隣の家や周りの木に燃え移ってしまうのも時間の問題だ。
もしそうなってしまったら、この木で出来た家は全部が延燃し、巨大な火の森となってしまい多くの命が失われてしまう!!
それだけは絶対に避けないと!
「ゴーレム、頼む、家を壊してくれ!」
「グォゴゴゴゴ……」
オレがいきなり家を壊せとゴーレムに命令を出した事を、獣人達は驚いて見ていた。
下手すればオレがいきなり気が狂ったと見られてもおかしくない豹変ぶりだったからだ。
だが、これにはきちんと根拠がある。
江戸時代、日本では大火事が起きると延燃する前に隣の家を壊す事で火の回りを食い止めていた。
水で火を消す事が出来ない今、大火事を止める方法はこれしかない。
ゴーレムはオレの命令に従い、燃える家と隣り合わせに橋渡しになっていた渡り廊下を殴り壊した。
バキベキバキベキッ。
木の折れ曲がる音と木が燃えるバチバチという音、そして炎のゴオオオといった音が混ざり、辺りにけたたましい音が響く。
そして火の中でゴーレムは無傷のまま家を完膚なきまでに瓦礫の山に変えた。
すると、燃え広がる先を失った炎はその場で瓦礫を燃やすだけしか出来なかった。
「ゴーレム、何でもいいから、大きな器で水を汲んできてくれ」
「グゴゴ……」
オレが別のゴーレムに命令をし、その辺りにあった巨大な
するとぶすぶすと鈍い音を立てながら火が消え、集落の大火災という大惨事は免がれる事が出来た。
いきなりの火災に宴は中止となり、燃えた家の後片付けが始められた。
「コバヤシ、なんでイエをコワした? あのイエ、モえたままツチにモドるのに」
「もしあの家を壊さなければ、集落全体が火の海になっていました、それを避けるには燃え広がる家を壊し、燃えるものを失くす事で火災を食い止めるのです」
オレの元住んでいた世界では知られている火災の防止方法だが、どうやらこの世界ではまだそこまで技術や知識が進化していないようだ。
獣人達はオレのいう事をある意味信じつつも、まだ納得いかない部分もあるといった雰囲気だった。
結局オレとモッカの旅立ちは延期になった。
モッカは早く旅に出たい様子だったが、このままオレが旅に出てしまうと今回はボヤ程度で済んだ火災が火の海の大惨事になった際に収拾がつかなくなってしまうからだ。
なのでオレはこの場に残り、家と家の延燃を食い止める為の補強工事を行う事にした。
作業は獣人やゴーレムが手伝ってくれたので半日ほどで完結した。
「よし、そのロープを滑車に引っ掛けてから引っ張ってくれ」
「コレ……か、よいしょっ」
ググググッ……。
成功だ。
オレは家と家の間の渡り廊下を半分に切り、半分ずつ別の家の渡り廊下の橋にした。
つまり、これを使えばもし家が燃えてしまった場合でも渡り廊下の半分側から滑車で板を跳ね上げてしまえば燃え広がる炎が届かずにその場で火が燃え尽きてしまうという事だ。
実際日本の火災でも話題になるのが建物の窓やベランダからの脱出が困難といった話だ。
その際に避難用のはしごや別の建物、家等に移動出来ればその場にとどまらずに脱出する事が出来る。
オレはそのシステムを簡易的に渡り廊下で作り、更にそれを滑車で跳ね上げる事によって延焼防止対策まで済ませたというワケだ。
「コバヤシのアイデア、ワシらにはまるでリカイできない。だがコバヤシがスゴイことだけはよくワかる」
オレのアイデアで作られた跳ね橋型の渡り廊下は獣人達に工事の方法を伝える事で彼等でも作業できるようになった。
これでようやく安心してこの集落を離れる事が出来そうだ。
オレは集落の獣人達に見送られ、モッカと一緒に元の町に戻る事にした。
思わぬ場所で道草を食ってしまった。
これで本来の予定よりも一週間から十日以上は時間がかかってしまってる。
急いで町に戻らないとイツマの棟梁が仕事できないまま待っているに違いない!
オレはゴーレム三匹とモッカを連れて、シャウッドの森を抜けて元居た町に戻った。
すると、町はオレ達が出かける前よりもきれいに整備され、壊れかけていた家は冒険者達によって建て直されていた。
「いったい、どうなってるんだ?」
「おう、コバヤシ。よく戻って来たな」
「え? でも、何で仕事が出来ているんですか? 一級大工の資格更新はまだできてないのに……」
すると松葉杖のイツマの棟梁が銀色のプレートをオレに見せた。
「なぁに、長生きはするもんだって、今の儂はC級冒険者というわけだ」
は? ワケがわからない。
一体何故イツマの棟梁が冒険者になっているんだ?
「ようはな、冒険者の仕事というのは一種の雑用。その中には土木や大工の仕事も含まれているというわけだ。それらの依頼を、冒険者を雇う事で儂が教え込んでいっぱしの動きをさせた事で指導者の儂も依頼成功によるランクアップで冒険者のランクが上がった、といえば分かるか」
なるほど、オレが最初に失敗したサブクエスト特化のやり方をイツマの棟梁は反対にやって成功させたってワケか。
このイツマの棟梁の機転の利かせ方で大工仕事の依頼はかなり飛び込んできている。
「おう、コバヤシ。頼んだぞ。これからどんどん忙しくなるんだからな!」
「は、はいっ。わかりました」
「モッカもこばやしをてつだうっ」
そしてオレ達のこの町での忙しい日々が再び始まった。
◆
小林が町に戻り、イツマの棟梁達と仕事を再開した頃、町の外れでは誰かが小林の居る方向を見ていた。
「あの呪い、そうか、あのお兄さん……ここに戻ってきたのだ。このままではマズい事になってしまうのだ……」
黒いフードを被った銀髪の少女は、何やら小林に関する意味深な言葉を呟いていた。