「いつまで寝ているんだ、もう朝だぞ!」
おかしい、あれだけ寝られたはずなのに身体の疲労がまるで取れていない。
オレってやはりかなり過労が溜まっていたのかな……。
しかし外はまだ朝になったばかりか、朝焼けすら出ていない薄暗さだ。
「まだ夜じゃないですか……」
「口答えするな。儂が朝といえばもう朝なんじゃ。それよりさっさと食事を済ませろ」
どうやらイツマの棟梁はオレよりも早く起きて既に食事を済ませ、仕事の準備を始めていたらしい。
「儂が見るからにはお前をどこに出しても恥ずかしくない一人前に育ててやる。儂の言う事には口答えせず従うように! そうそう、そういえば儂はまだお前さんの名前を聞いてなかったな」
「オレは……
「コバヤシ、か。変わった名前だな。まあいい行くぞ、コバヤシ」
あー、前の世界でもこんなタイプの親方いたな。
やはり凄腕の経験者となるとタイプが似てくるのかもしれない。
だが、あのやる気がまるで見えなかったイツマの棟梁が今日は目が違った。
物凄く鋭い目つきはまさにベテランの職人といったところか。
その後、オレは朝明るくなる前に昼の弁当の用意をし、朝の仕事を待つ事にした。
しかし、昨日まで全く仕事していなかったのにいきなり客が来るのか?
だが、オレの懸念は何の問題にもならなかった。
朝看板を出すと、いきなりイツマの親方の所に見覚えのある人、見覚えの無い人が押し寄せたのだ。
「イツマさん、仕事再開したのかい?」
「ウチの雨漏りが酷くて、直してもらえるのか」
「おれの店、昨日酔っ払いがケンカして扉が壊れたから修理をお願いしたいんだけど、急ぎで出来るか?」
どうやらイツマの棟梁は本当にこの町一番の大工だったようだな。
店の看板をオレがゴーレムに設置させた途端、客で押し寄せたわけだから。
オレはイツマの棟梁と一緒に新たな客の対応に接する事になった。
まあ幸いオレは前の人生での仕事で顧客対応と人工出しのどちらもやっていたので全くのド素人というわけではない。
だが、この忙しさ……どう考えても一人二人で出来る量じゃないだろ!!
それにイツマの棟梁は杖をついているくらいだ。
これはかなり顧客を待たせる事になってしまうかもしれないんだよな……。
「何をボヤボヤしているコバヤシ、さっさと行くぞ」
「は、はいっ。わかりました!」
オレとイツマの棟梁は一番最初に近くの酒場の壊れたドアを修理する為に向かった。
オレの後ろに三匹のゴーレムが付いてくるのを見て町の人達が驚いている。
まあ一般人からすれば、あんなデカい岩石巨人が歩いている事が信じられないだろう。
「おう、そこの木偶の棒。板を持ち上げろ」
イツマの親方がゴーレムに壊れた扉を持ち上げさせた。
するとゴーレムは片手だけで大人三人くらいで取り外す木の扉を力任せに引き千切った。
「バカヤロウッ、そんな外し方をしたら扉が元に戻らなくなるだろうがっ」
イツマの棟梁は思わずゴーレムに殴りかかったが、反対にかたい岩石の肌で手を痛めてしまった
「いででででっ、コイツ……一体何で出来てんだ!?」
イツマの棟梁とゴーレムのやり取りを見物人がおっかなびっくりで様子を見ている。
だがこれ以上問題がややこしくなっても困るので、オレはイツマの棟梁に話かけてみた。
「イツマさん、この扉ってどうなってたんですか?」
「これは派手に壊れたもんだな、まあいい、これくらいならすぐに終わる」
そう言うとイツマの棟梁は居酒屋のドアをゴーレムに外させ、壊れた板の部分を工具で一つ一つバラバラの板に外し、それを一つにまとめさせた。
「おう、コバヤシ。その板を順に並べ直してくれ」
「は、はい。わかりました!」
オレはイツマの棟梁の言うように板を並べ直し、紐で結わえた。
「コバヤシ、お前さん中々手際が良いな、どこかで仕事していたのか?」
まあ、異世界で建築会社にいましたと言っても通じないだろうからオレは笑ってごまかしておいた。
「よし、これで扉が元に戻った。そこのでっかいの、動かないように扉を抑えておけ」
イツマの棟梁がゴーレムに指示を出す。
そしてゴーレムが思った通りに動いてくれたので、ドアの修理はものの一時間少しで完了した。
凄い、流石は国一番の大工というだけのことはある。
だがこの作業をたかだか一時間少しで終わらせる事が出来たのはゴーレムが数人分の力を一体で発揮してくれたからだと言えるだろう。
そうでなければオレの前の世界での経験上、この工事だけで多分今日の夜までかかっていたはずだ。
その後もイツマの棟梁は午前中だけで扉の修理、屋根の保全を終わらせた。
そしてお昼になり、オレはイツマの棟梁にお弁当を差し出した。
「おう、気が利くな。コバヤシのおかげで仕事のカンを少し取り戻せたみたいだ。だがまだ本調子じゃないけどな」
本調子でなくてあれだけの仕事が出来るって、本来ならこの人どれくらい凄いんだ!?
「でもな、儂の仕事が上手く行ったのも、コバヤシのおかげだ。本来ならあの仕事は弟子十人で一気に終わらせるような案件だったからな。それをお前さんとそこのでっかいののおかげですぐに終わらせる事が出来た。ありがとよ」
どうやら本当にオレのこのスキル、戦闘よりもこういった建築系に特化した能力だったのかもしれない。
オレとイツマの棟梁が休んでいる間もゴーレムは休憩する事無く、建材を運んだり、地ならしをしてくれている。
このスキルで夜俺達が寝ている間でもゴーレムが働いてくれれば、作業案件はいくらでも解決できそうだ。
◆
――だが、それは後々オレが後悔する事になる……。しかしその時はまだオレはその事に何一つ気が付いていなかった。
それに気づいているのは離れた場所にいる一人の少女だけだった。
「聞こえるのだ……。恨みの、憎しみの魂からの唸りが……」
この時、夜中に少女が聞いたのは、何か良くないものだったのだろう。
オレはそれを後々知る事になる。
◆
次の日、オレはイツマの棟梁とゴーレム達を連れ、町のあちこちの修理を手掛けた。
ゴーレムはオレのスキルで思い通りに動き、少し細かい作業もオレの指示通りに行ったので大雑把な作業だけでなく数人挽きのノコギリを使いこなし、木材や建材を器用に切り分けた。
だがどうもゴーレムはオレの指示とはいえ、武器になりそうな物を持つのに拒否感があるようだ。
なんだかこのゴーレム、ところどころ人間臭いところを感じるのは気のせいだろうか。
まあそれでもゴーレムは一種の大型工具を使っている様なもんだ。
それにオレのスキルはゴーレムを絶対服従させる事が出来る様なので万が一の反乱という危険性も考えられない。
これはかなり良いスキルを手に入れたのかもしれないな!
オレとゴーレムの活躍ぶりを見たイツマの棟梁は安心した様子で煙草をふかしていた。
「コバヤシ。お前さん、中々見込みがあるな。これなら儂の仕事を安心して任せられそうだ」
「そんな、イツマさん。この町の人達はイツマさんの事を信頼してくれてるんですよ、オレじゃあそうはなりませんって」
ここは相手を立てるのも処世術の一つ、オレが前の人生で会得した技術の一つだ。
「フン、そうは言ってもお前さんの顔にはしっかりと書いているぞ。オレはいつかデッカイことをやりたいってな」
あらら、そんなにオレって顔に出るタイプだったのかな?
今はそこまでデカい野望は無いんだけど、このゴーレム達を使えば実現は可能かもしれないな。
――だが、そんな事を考える余裕はオレの中からすぐに失せてしまった。
数日後、雨で足元の濡れていたイツマの棟梁は階段を踏み外し、腰から下を骨折してしまったのだ。
「くっ、面目ねェ。どうやら儂の仕事はこれ以上続けれそうには無いようだな……」
イツマの棟梁は悔しそうな表情をオレに見せた。
「だが儂はお前さんを恨んではいない。むしろ、コバヤシのおかげで最後に一仕事出来たくらいだ。後は頼むぞ」
……困った、このままイツマの棟梁が動けなくなってしまったらオレの仕事もゴーレムへの指示も思ったように進められなくなってしまう。
そう思ったオレは、前世のある道具を思い出し、酒場の主人に鎖と丸いテーブル二つと椅子、それに小さな丸い板を用意してもらうことにした。
そう、オレが用意しようとしたのは簡易的に作れる車椅子だったのだ。
丸いテーブルは後輪の車輪代わりに、小さな丸い板は前輪、そして椅子はそのまま結わえ付けて作ればいい。
そしてオレは車椅子を作り、イツマの棟梁に手渡した。
「コバヤシ……お前さんとんでもないものを作ったな、確かにこれなら儂でもこの椅子で動く事が出来る」
車椅子で移動するようにしたイツマの棟梁だったが、やはり仕事は今まで通りとはいかないようだ。
「コバヤシ、後で話が有る。聞いてくれるか」
イツマの棟梁はオレに一体何の話が有るのだろうか?