とにかくまずは仕事で実績を積む必要がある。
どうやらこの世界では大工は徒弟制度になっているようで、新たに大工や建築を始めるにはどこかの大工の弟子になる方が良いようだ。
建設会社といったシステムはこの世界には存在しないのだろうか??
でもそうなると、王の城を建てたりするのは誰がやっているのだろう、まだまだこの世界についてはオレの分からない事ばかりだ。
とりあえずオレはこの街でも古い大工の親方の元を訊ねることにした。
どうやらイツマってのがこの辺りで一番古い大工の親方らしい。
オレはイツマの棟梁の所に挨拶に行った。
すると、そこは老人一人だけで他には誰もいなかった……。
「誰だ、今は仕事はやってないぞ」
「あ、あの……仕事じゃないんですが……」
建物の中にいたのは何とも全身傷だらけのゴリマッチョな爺さんだった。
爺さんは身体が不自由らしく、杖をついて足を引きずっている。
「帰れ、儂は誰にも会いたくない、さっさと帰れ」
「あの……お話だけでも」
ヒュッ!
オレの顔の横を工具がかすめた。
頬から血が流れている、もう少し場所がずれていたら致命傷になるところだった……。
「帰れといったはずだ、帰らなければ本当にコロすぞっ!」
この爺さん、オレの話をまるで聞こうとしない。
この爺さんがイツマの棟梁に違いないんだろうけど、爺さんはまるで人の話を聞こうとしない。
こんな態度で大工の仕事が務まるのか?
「何がそんなに気に入らないんですか、オレは貴方がこの町一番の大工だと聞いてここに来たんですが」
「フン、国一番の大工イツマか、ヤツは死んだよ」
死んだ? オレの目の前にいるのはイツマの棟梁本人じゃないのか?
「死んだって……貴方がイツマの棟梁じゃないのですか」
「これ以上儂につきまとうなら本当に殺すぞ、小僧!」
そう言ってイツマの棟梁はオレの顔の正面目掛けてノミを投げてきた。
コレが当たれば本当に致命傷だ。
「頼む、手を貸してくれ!」
グオオオン!!
オレの後ろにいたゴーレムが建物の入り口に巨大な手を広げ、ノミはゴーレムの手に当たって地面に落ちた。
「何だ、お前はスキル持ちか。なら尚更に許せん、二度とここに来るな!!」
「あ、あの……お話だけでもしてくれませんか」
「儂はなぁ、スキル使いのせいで全てを失ったんだ!!」
イツマの棟梁の話し方は喉の奥から絞り出すようなものだった。それは彼の慟哭とも言えるものだったのかもしれない。
「あ、あの……それはどういう事ですか」
「わかった、話してやる。だからその物騒なゴーレムを家の外に置いてくれ」
オレは入り口から手を入れていたゴーレムに命じて建物の外で待つように指示した。
「それじゃあ、話してくれますか」
「わかった、だからあのゴーレムを暴れさせるだけは勘弁してくれ。儂はもうスキル使いに振り回されるのはウンザリなんじゃ……」
そして、オレはイツマの棟梁の話を聞かせてもらった。
どうやら彼は王宮の普請も任される程の腕の持ち主で、以前は大勢の部下や弟子がいたこの国一番の大工だったらしい。
「だが、アイツが……アイツのせいで儂は全てを失ったのじゃ!!」
イツマの棟梁は誰かのせいで全てを失ったらしい。
「アイツは……真面目で物覚えがよく、すぐに儂の仕事を覚えた。アイツがどこから来たかは知らんが、こことは違った場所にいたらしい」
ここと違う場所って事は、イツマの棟梁の全てを奪ったヤツって……ひょっとして異世界人だったのか。
「アイツは特殊なスキルを持っていた。アイツはスキルで鋼鉄のドラゴンや唸る鉄の獣を呼び出し、操っていたのだ。アイツの呼び出した首長のドラゴンは土を食って吐き出したり、他の鉄の獣は唸り声を上げながら瓦礫や地面を押し潰したりしたのじゃ。アイツはそのスキルで儂の仕事で普通なら一週間かかる事を二日三日で終わらせ、どんどん力を発揮していった……」
まるでユンボ(パワーショベル)やブルドーザーみたいだな。
ひょっとしてソイツ、本当に転生者かも……。
「そうやってアイツは王城の普請を請け負うまでに成長し、そこで儂を裏切って弟子を全員連れて独立してしまったのじゃ。王城の普請の仕事も部下も弟子も全員失った儂に残ったのは、この町の家だけになってしまった。それでも儂は一人でも仕事をしようとしたのじゃが、屋根の上から落ちてしまいこのザマよ……」
成程、後継者にしようとした男に自分の仕事や仲間の全てを奪われたから人が信用できなかったわけか。
だからオレに対しても疑心暗鬼で接しようとしなかったわけだな。
それを聞いてオレは前の人生でこんな扱いを受けている人達を助けられなかった事を思い出した。
大手ゼネコンと孫請けの橋渡しをやっていると、零細の孫請けの仕事を斡旋する事も多く、たいていの場合は大手のしわ寄せでスケジュールや人数、工期に負担を押し付けられて中には倒産や廃業する所もあったくらいだ。
その時のオレは無力でそんな孫請けを助けてやる事が出来なかった。
だが今のオレのこのスキルなら、イツマの棟梁の悔しさを晴らす事も出来るかもしれないんだよな。
「イツマさん、オレと仕事しませんか? 会社を建て直すんです!」
「カイシャ? なんじゃそれは。今の儂にお前さんと仕事する理由なんてありゃせんわい」
そうか、この世界ではまだ会社って概念が無いのかもしれない。
「あの、会社ってのは、イツマさんがやっていた仕事をオレにやらせてほしいって事です。イツマさんは顧客とか持ってたんじゃないのですか」
オレの言い方が悪かったのか、イツマの棟梁は厳しい目でオレを睨みつけて来た。
「何じゃ、結局儂から何もかも奪ったアイツと同じで、お前も儂から仕事を奪うつもりだあったのか、帰れ、二度と姿を見せるな!」
「ち、違います、違いますって! オレの話を聞いて下さい。オレは貴方を助けてあげたいんです」
「余計なお世話だ、もう他人に騙されるのはウンザリなんじゃ……」
あーあ、この人完全に拗らせちゃってるよ。
それでもオレに出来る事ならこのイツマの棟梁を助けてあげたい。
それが回り回ってオレの仕事に繋がる可能性もあるかもな。
「ソイツより儲けて見せましょう! それで見返してやるんですよ!」
「何……じゃと?」
「オレ、実はゴーレムを使いこなすスキルを持っているんです。このスキルを使えば、貴方の居なくなった部下の代わりに働かせることも出来るかと」
「だが儂にはもう何も無い、お前さんに支払ってやれる金なんて銅貨一枚すら出せんぞ……」
そんな事は想定内だ。
だがオレが欲しいのは金なんかじゃない。
むしろここでオレが欲しいのは、長年仕事をしていた実績持ちの経験者の仕事を引き継ぐという事、つまりそれは起業や事務所探しの手間をショートカットできる事だ。
ポッと出てきたどこの誰とも分からない人間が会社を興すよりは、実際の経験者の仕事の後継者になる方がよほど確実な方法だと言える。
「大丈夫です、金なんて仕事が入って来ればいくらでも後々もらえますから!」
オレの言葉を聞いたイツマの棟梁は驚いていた。
「金……がいらん、だと?」
「はい、寝る場所と仕事場だけ用意してもらえば、食事も自分でどうにか用意出来ますから」
実際オレは会社の給湯室の常連で、自分で簡単な料理なら作っていたし、ちょっとした材料があれば自炊も出来る。
それに体の不自由なイツマの棟梁は自分が食うだけでも大変だろうからここはオレが協力する事で信頼もしてもらえるだろう。
「変なヤツだな。まあいい、弟子の寝泊まりしていた部屋が在るから好きに使え。工具が必要ならそこにあるのを使えばいい、どうせガラクタしか残っておらんがな」
こうしてオレはイツマの棟梁の家兼仕事場で、寝泊まりする事を許してもらえた。