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エイダは内心、口が滑ってしまったのではないかとヒヤヒヤしていた。
一応の言い訳はある。
帰還の喜びで気分が高揚していたのだ。
モウゼスの住民は耳長族と岩肌族が多数を占めており、他種族は一切存在しないとは言わないが、エイダは滞在中拭い難い根源的な疎外感を感じていた。
更に迷宮探索はとても一人で探索できる難易度の迷宮ではないため、モウゼスの探索者に交じっておこなっていた。
探索者は地域の出身を問わず、滞在中は探索行を義務とする…という施策を敷いている国は案外に多い。
これは言ってみれば税金の代わりで、税金の滞納はある意味で殺人以上の大罪である事はいうまでもなく、不法探索者の類は白いバケツを被った騎士に挽肉にされるとかされないとか…そういう噂もある。
ともかくそんな殺伐した日々では心はすり減るのも当然で、見知った者達がいるリベルタに帰ってきたときの解放感たるや。
だがどうやらバエルが上手く誤魔化してくれたようで、エイダは心底ほっとしたものだった。
バエルが求めている遺物とは、「時渡りの秘宝」という遺物だ。
これは時を逆行させる能力を持つとされる神秘的な遺物で、古代王国が魔物との激しい闘争によって疲弊し、壊滅状態になった国土を回復させるために作り上げたものだとされている。
しかし今に至って古代王国が滅びたままだという事を考えれば、遺物は使われることがなかったと考えるのが自然だった。
それでは時渡りの秘宝はどこへいったのかといえば、古代王国の王の墳墓に納められていると考えるのが自然である。
ある日エイダはバエルに、古代王国はそのような強大な遺物を作り出せる力を持っているというのになぜ滅びたのかを尋ねた事がある。
「さて…それは私にも分からない。遺物を使う余裕もなく一方的に侵略を受けたのか、あるいはそんな遺物などそもそも作る事ができなかったのか。できなかった事を出来たと誇示する者はいつの時代にもいる。…それとも、遺物は作る事ができたが、思っていたものとは違っていたか…」
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秘宝を作り出す過程にはたくさんの試行錯誤があった。
その結果、時渡りの秘宝の失敗作が各地の迷宮に散らばっている。
その失敗作は生物、あるいは生物だったものにしか効果が及ばない。
それでは荒廃した国土の回復は望めない。
故の失敗作という事だ。
バエルはその事実を知っている。
しかし、それを誰にも教えてはいない。
特に、サイラスには教えてはいけないと考えていた。
「まあそれはともかくだ。サイラス、折角お互いの弟子が対面した事だし、少し交流を図ってみてもいいんじゃないかね?弟子贔屓だと思われるかもしれないが、エイダは優秀な魔術師だよ。リラは魔術の才能はないが、そのほかの事ならばエイダより業が上だろう。リラもいつかは師離れしなければならない時もくるだろうし、他の探索者と交流を持っておくのも大切な事だと思うがね。…どうだ、彼女たちを組ませてみては?」
バエルの提案にサイラスは頷いた。
願ってもない事だったからだ。
古代王国の支配者たちの墳墓…とされている迷宮には力づくではどうにもならない事など山ほどある。罠の中には魔術的な罠も珍しくなく、物理的に干渉できない魔物というものも存在する。
仲間に魔術師が居れば、そのあたりの問題に上手く対処できるだろう。
それにサイラスとしてもこれまでとはやや心境を異にしていた。
これまでの自分は生きながらにして死んでいるようなものだった、とサイラスは思う。
──だが、今は違う。多分
リラという弟子が出来て、もしかしたら本来の意味で生きるべき時が、闇から出て光の世界で生きるべき時が来たのではないかとサイラスは感じている。