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第11話【バエルの弟子、エイダ】

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 バエルの弟子であるエイダがリベルタに帰還した。


長旅の疲労が彼女の心身を苛んでいるが、敬愛する師バエルからの命を首尾よく果たせたという達成感が幻想のエネルギーとなって彼女の両脚を一歩一歩動かしている。


 彼女がバエルからの命を受けて足を運んだのは、鬱蒼とした森に覆われ、森と風と鉄と土で結ばれた部族が複雑に絡み合う場所、モウゼスだった。


 迷宮都市リベルタから南西の大森林地帯と山脈地帯間にその国はある。


耳長族と岩肌族という、同じ土壌から生まれながら対照的な哲学によって隔てられた二つの種族が共生する異種族国家だ。


 巷では両者の関係が良いものとは言えないと嘯く者もいるが、少なくともモウゼスで暮らす両種族に関しては例外と言える。


 とはいえ、彼等がこのように手と手を取り合うに至った切っ掛けというものもあり、それは世界的な規模での重大かつ深刻な事件であったのだが、それ以前の関係は確かに良好とは言い難いものであった。


 古代王国が全盛期を迎えていた時代、人類種の力が極点に達していた時代、世界は異なる領域からの侵入者、"悪魔"と名づけられた闇の軍勢が光満ちる地上を手中に収めんと侵略戦争を仕掛けてきた。


 世界中のあらゆる種族、生物が悪魔に抗い、世界は戦火に包まれたという。


モウゼスは元は要塞で、悪魔たちの侵略に対する抵抗拠点の一つであった。


人族、岩肌族、耳長族、小人や小鬼、獣鬼に至るまであらゆる種族が一丸となってモウゼスのような各地の拠点に立てこもり、時には侵攻を仕掛け……


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「…とまあ、そういう背景があるのです。私は師の命により、当時の記録を調べるべく足を運んでいたのですよ。モウゼスの大図書館は勿論、モウゼスが管理する地下迷宮にも足を運びました。そしてついに、師が求める遺物の場所についての情報が得られたのです」


 人々の話し声、酒杯のぶつかり合う音、木の床に足が触れる音。


 酒場の一角に置かれたテーブル囲んで、バエル、サイラス、エイダ、リラの四人が集まっていた。


 エイダが酒杯を傾け、盛大に喉を鳴らす。


 酒を煽る際、小さく尖った耳があらわとなるが構う様子もない。


 彼女は耳長族と人族の混血で、地域によってはこれは迫害の対象ともなりうるが、少なくとも迷宮都市リベルタにおいてはその様な慣習は存在しない。


 豪快なエイダの呑みっぷりを見たサイラスがやんやと囃し立て、バエルはため息をつく。ちなみにリラは果実汁である。


 酒が飲めないわけではないが、彼女の口には合わなかったのだ。


「エイダ、私の金で呑むのは良いがね。何でもかんでも話すものじゃないぞ。簡単な自己紹介だけでいいじゃないか。そんなことを一々言わねば分からない君ではないだろうに」


 バエルは再びため息をついた。


 といっても、バエルが特殊な遺物を求めて迷宮都市にやってきたという事はサイラスは既に知っている。


 今更何を隠すのかという話ではあった。


 あの、とリラがバエルを見て言う。


「ん?なんだい…まあ分かっているとも。その遺物とはなんだって事だろう?秘密だよ秘密。私の弟子になるなら教えてやってもいいが…いや、君は才能がないな。種火を出すのにも苦労するだろうハッハッハッハ!」


 バエルは魔術師としての洞察力でリラの言いたい事を察知し、先回りして答え、ついでにけなした。リラの頬が栗鼠のように膨れると、酔ったエイダが頬をつついて空気を抜く。


 見えざる何かに対抗しているのか、リラは逆の頬に空気をためこみ、それをエイダが再びつつく。


 サイラスは馬鹿みたいだなと思いつつも、酒杯に満たした安酒に口をつけ、ゆっくりと喉へ流し込んだ。


 かつて何度も嗜んだ、灰を溶かしこんだような苦い酒とは比べ物にならない程に美味い。


 おかしいな、とサイラスは思う。

 今の酒もあの時の酒も、両方同じ酒であるはずなのに、と。

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