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安全地帯は安全だからそう名づけられている。
魔物は入ってこないし、罠も張られていない。
しかし真の意味で安全であることを意味しない。
男たちは無言で得物を構える。
新人狩りか、とサイラスはまたもや鼻で笑った。
"新人狩り"──……それは一部の悪徳探索者や犯罪集団によって行われる犯罪行為だ。
迷宮都市では一等罪が重い。
何せ探索者というのは迷宮都市にとってはまさに人財だからだ。
迷宮内で発見した遺物や財宝の所有権は探索者にある事は間違いないが、大抵の探索者は金を稼ぎに迷宮都市を訪れるわけで、そうであるなら手に入れた遺物などを都市で金に替えるというのは珍しい事ではない。
勿論周辺諸国からの紐付きなどは強力な遺物を都市外へ持ち出すだろうが、それにしたって財宝などは都市で売り捌くこともあるだろう。
彼らにも活動資金は必要で、国からの支援というのも無限ではないのだから。
迷宮都市は迷宮だけが売りなのではなく、探索者を都市にとどめるために娯楽の面でも相当に力を入れている。
いってみれば探索者に金を使わせるように計算して都市設計がなされているのだ。
ゆえに探索者とは迷宮都市を繁栄させるための人財であり、これを狩ろうという初心者狩りは発覚し次第猶予の余地なく死罪にあたる大罪である。
それでもこの罪が無くならないのは、そもそも被害者が死んで死体が迷宮に呑まれてしまえば発覚しづらいというのと、迷宮を探索するよりは初心者を殺害するほうが簡単だからという理由がある。
サイラス自身は別にいつ死んだって構わないと思っている。
なんだったら無抵抗で目の前の屑共に殺されてやったっていいとすら考えていた。
しかしこれは彼自身にも理由は定かではないが、あたら命を捨てる様な真似をすれば……
──行けない気がするんだよな
妻と娘が待つ天国へといけない気がする。
そんな思いがサイラスにはあった。
§
暴漢たちはそれぞれ威嚇するように武器を振り回し、その歪んだ顔は玄室の四方に据え付けられたランプの揺らめく光によって更に醜悪に歪められている。
小柄な男が飢えた野獣の様に突進し、古びた錆びた剣を振りかぶった。
錆だらけの刃が、薄暗い光の中で悪意のある飢えに輝いている。
サイラスは右手の力を抜き、死に至る錆色の弧を右拳の背で巧みに払いのけた。
サイラスの手甲と剣の腹が衝突し、耳障りな金属音が玄室に鳴り響く。
暴漢は武器を握る手に痺れを感じ、武器を取り落す。
サイラスの左腕が小さく折りたたまれ、その肘が短い弧を描いて暴漢のこめかみに叩き込まれた。
骨が破砕し、肉が潰れる感触。
暴漢は目と鼻、耳から血を吹き出して斃れ伏した。
しゃらりと音がなる。
サイラスが剣を抜いたのだ。
最初の暴漢の突進が急だったため、剣を抜く間に肉薄される事を考えて徒手で仕留めたが、サイラスは拳よりは剣の扱いを得手とする。
騎士団長時代からの愛剣で、"切れ味"の加護が付与されている。
魔法武器というやつだ。
ただ、小国の騎士団長に与えられる剣に付与される魔法などはたかがしれており、"切れ味"の加護は若干切れ味がよくなるだけの効果に過ぎない。
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暴漢達は一瞬で仕留められた仲間を見て刹那呆然とし、すぐに頭に血を昇らせた。
玄室の石壁に映る微妙な影の揺らぎが、これから起こる暴挙を予感させるように踊っている。
不穏な気配は一瞬で膨れ上がり、そして弾けた。
怒りで青筋を立てた巨漢ゴッフルがスパイク付きの棍棒を握りしめ、サイラスを叩き潰そうと唸り声を上げて突進してきた。
サイラスは半身となって攻撃をかわし、巨漢が振り下ろした腕が伸びきった所で剣を振りかざし、その柄で肘を痛打して骨をへし折った。巨漢が絶叫するがそれも長くは続かない。
痛みで注意がおろそかになった巨漢の喉を剣で引き裂き、男は喉からヒュウヒュウと音を立て、血が泡立つ音と主に斃れて死んだ。
双子の暴漢、オイゲンとバーソンは怒りに燃えた。
彼等は奇形の双子だ。
オイゲンは左目が鼻の真横にあり、バーソンは耳と左手の薬指がない。
彼らのような奇形は表の世界では仕事に付く事もできず、人並みの生活を送る事は難しいだろう。
双子はそれなりの業を持つナイフ使いであり、怒りに燃えた彼等は、飢えた狼のようにサイラスへ向かってくる。
双子ならではの息の合った連携攻撃。
一人に向かって剣を振りかざせば、その隙にもう一人からの攻撃を受けるだろう。
しかしサイラスはひらひらと捉えどころがない。
足運びはまるでダンスを踊っているかのようで、ナイフは何度も空を切った。
サイラスはタイミングを見計らい、オイゲンが突き出してきたナイフをギリギリまで引きつけ、回転するように突きをかわし、背後から襲いかかってきたバーソンの胸に突き刺すように誘導した。
自身の半身とも言うべき双子の弟を殺してしまったオイゲンはしばし呆然とし、その隙にサイラスが剣で喉を引き裂いて殺してしまう。
最後に残った暴漢、マルコは恐怖に震えて後ずさった。
「リラ! リラ! 聞こえねえのか! こいつを刺せ! 後ろから刺せ!」
マルコの悲鳴染みた怒号にサイラスはゲタゲタと笑う。
何がおかしいと凄むマルコだが、凄むという隙を見せた瞬間にサイラスは肉食捕食動物の様な速さで距離を詰め、その手がマルコの喉を掴んだ。
気管を圧迫どころではない。そのまま喉を握りつぶす。
「いやあ、ね。後ろから刺せって、口に出して言ったら駄目だろう? ……なあ、お嬢ちゃんもそう思わないかい?」
マルコの死骸を見下ろしたまま、サイラスが背後のリラに向かって問いかけて、ゆっくりと振り向く。
子供の玩具のようなナイフを持っているリラが、薄い笑みを湛えてサイラスを見ていたからだ。