「その手を離して!」
外から、ティーラの大きな声が聞こえた。
何事かと武器屋から慌てて出てると、ティーラはこちらに青白い顔を「スオウ様」と俺を呼び走ってくる。その後ろでは、初めて見る若い貴族の男がティーラの名前を呼んていた。
(あいつか? 最近、この街でティーラを探している元婚約者がいると。あいつがレオが話していた男か?)
なんでも婚約しときながら、ティーラを裏切った男。
スオウは近くに来たティーラの前に出て、彼女を背に隠し貴族の男を睨みつけた。貴族の男は自分より、背の高いスオウを見てたじろぐ。
「おい、俺の召使になんかようか?」
「いや……。ティーラ、また会いに来る」
スオウに圧倒され、貴族の男は何処かへと走り去っていった。ティーラに拒絶されておきながら、また来ると言った貴族の男にため息がでる。スオウの後ろにいるティーラは、貴族の男が見えなくなるとホッと息を吐いた。
「スオウさん、ありがとうございます」
「……いいや。ティーラ、大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です」
まだ青白い顔をしている癖に「大丈夫だ」と、俺に気を使うティーラ。いま、この場にレオがいたらティーラを抱きしめるだろうが、俺ではな。もし、そんなことやってみろ、怒ったレオに半殺しにされる。
(俺はレオには勝てねぇし、殴られたくねぇ)
「ティーラ、あいつはもう来ないだろうから、屋敷に帰るか」
「はい、帰りましょう」
まだ気持ちが落ち着かないティーラと、街を後にするとき、馬車から貴族の女がティーラを睨むような目つきで見ていたが……。これ以上、ティーラを怖がらせたくなくて、ティーラには伝えなかった。
(ティーラの元婚約者の貴族の男と。しらねぇ貴族の女かぁ、レオが屋敷に帰ったら伝えておくか)
街から去るスオウとティーラを、馬車の中から伯爵令嬢のアミアが見ていた。彼らの姿が見えなくなって、アミアは膝の上で手を握りしめ、怒りに震えた。
「なんなのあの子。レオとは違う美形な男性に声をかけられ、また違う素敵な男性と帰っていったわ」
自分はまだ婚約者すらいないのに。
美形な男性と出会い、素敵な男性と歩く、あの子が羨ましい……いいえ憎い。1番はレオの近くで働いていることだ。
――優しくて、素敵なレオの側にいるなんて羨ましい。
(あ、そうだ。いいこと思いついたわ。今日の事をレオに話せば、レオは呆れてあの子を解雇するかも)
あの子さえいなくなれば、レオは私のものよ。
伯爵令嬢のアキアは馬車の中でにんまりした。