メイドとして働き、ティーラは毎日、レオさんと楽しく暮らしていた。午前中、洗濯物を干して屋敷の掃除を始めたとき馬車の止まる音と、玄関の鐘がカーンカーンと珍しく鳴った。
その玄関の鐘は、この屋敷に来客が来た合図だ。
だが雇い主のレオさんから、今日、来客が来ると話は聞いていない。ティーラは出ていいものかと焦っていると、再び玄関の鐘が鳴った。
(どうしよう、レオさんの帰りは午後だと言っていたわ。そうだ、お客様にそう伝えればいいのかしら?)
ティーラは訪れたお客に返事をかえして、玄関を開けた。そこに、赤い髪を綺麗に結い、薄水色のドレス姿の貴族女性が日傘をさして立っていた。
(綺麗な人、誰かしら?)
訪れた貴族女性はぶしつけに、玄関先のメイド服のティーラを、上から下までじっくり見てクスッと笑い。
「なによもう。レオが嫁を迎えたってお兄様に聞いて来てみれば、ダサいメイドを雇っただじゃない。あいつ、わたしに嘘を教えたのね」
可憐な見た目とは違い、キツイ上からの物言いに恐怖を覚えたが、レオさんの知り合いらしい貴族女性にティーラは丁寧に頭を下げた。
訪れた客が、貴族女性だと言うことで「あの、レオ様に何か御用ですか?」と、いつも呼ぶレオさんではなく、様をつけたで呼んだ。それが功を得たらしく、貴族令嬢の表情が和らいだ。
「別に用はないのだけど……そうだ、婚約者のアミアが来たって、レオに伝えてくださる」
と、これ以上はティーラに何も言わなかった。
ティーラはこの貴族女性が、レオさんの婚約者だと聞き驚いたが表情を変えず。
「はい。婚約者のアミア様ですね。かしこまりました」
もう一度、丁寧にお辞儀した。
そのティーラの姿に「へぇ。ダサいくせに、礼儀だけはできるのね」と嫌味を言い、表に停めてあった馬車に乗り帰っていった。
「レオさんて、婚約者がいたんだ」
ティーラの胸がチクンと痛む。そしてまた、ここを追い出されるんじゃないかと、レオさんの側に居られなくなると悲しくなった。
「え? 僕の婚約者が屋敷に来た?」
「はい。婚約者のアミア様だと、おっしゃっていたした」
午後、仕事から帰ったレオさんに伝えた。
彼は驚いた様子で、買ってきた昼食の袋をティーラに渡し腕を組んだ。
「婚約者のアミア様? ああ、チャック嬢かぁ……違うよ、あの人とは僕の婚約者じゃない。前に、この屋敷に住んでいたチャック伯爵の娘さんだよ。僕に婚約者はいない」
「そうなんですか」
ティーラはレオさんから受け取った袋を開け、中から王都で人気のハンバーガーとポテトを取り出し、お皿の上に置いた。
(よかった、レオさんの婚約者じゃないんだ)