両親はいないと答えた彼女。僕が持ってきた地図は5年前のもので、彼女は北の奥地にアンドレイ領の文字を見て微笑んだ。その瞳は嬉しいけど、悲しそうに見える。もしかしてティーラさんは5年前までは、この領地のお嬢様で両親を亡くしてから……何かあったのかな。
(僕はマント領は知らないが、アンドレイ様なら知っている)
僕が知る隣国にあるアンドレイ領の羊毛は質が良く、エルデ国でも人気があった。この数年、隣国からその行商は来ず、もう手に入らないと言われている幻の羊毛だ。
――その領地を他人に渡すか?
彼女が寝言で言った「リオン君」の名前と涙。彼女が住み慣れた村を出てしてしまうほど、そいつと君の間に何かあったのだろう。
いつの日か彼が君を迎えに来ても、僕は君を離さない。僕は君を泣かせたりなんかしない、優しくするし、大切にする。
だから……僕を怖がらないでいて、できれば君を嫁にしたい。
せっかくメイドとして、この屋敷で雇ってもらえることになったのに、翌日から風邪をひいてしまい彼のベッドを占領している。
「レオさん、……ごめんなさい……」
なれないことを、したからなのかな。
ずっと風邪なんて、ひかなかったのに。
(客間の掃除がまだで、私が彼のベッドを占領したから、体の大きいレオさんは小さなソファーで寝ている……私、ダメすぎ)
コンコンコンと、風邪をひいたティーラを気遣って控えめに扉がノックされた。彼の優しさを、温かさをティーラは感じる。
「ティーラさん、起きてる?」
「はい、起きます」
「体調はどう? パン粥を作ったんだけど食べれる?」
「パン粥? いただきます」
硬くなったパンとあれば砂糖、ミルクで柔らかく煮込むパン粥。昔、風邪を引いたときお母さんが作ってくれた。
(私にとって懐かしい味だわ)
「ティーラさん、食欲はある?」
「はい、あります」
そう聞いたレオさんは椅子をベッドに引き寄せ座り、スプーンにパン粥をよそい、フウフウ冷ましてからティーラの前にだした。
子供の頃、お母様にしてもらって以来のことで、ティーラはちゅうちょした。でも、口を開けてレオの手からパン粥をいただく。
「甘くて、美味しい」
「そう? よかった。ちゃんと食べて、早く治そうね」
優しいレオさんに、ティーラは泣きそうになった。