胸が引き裂かれるような痛みは、いくら泣いても消えない。去年のプロポーズは嬉しかった……今年十八歳、ティーラはリオンと結婚して、領地を返してもらい、元住んでいた屋敷で一緒に暮らすはずだった。
その夢も消えてしまった。
これからどうする?
マント様に屋敷を契約どおりに返して貰い、ティーラ一人で領地を守る? それとも領地をマント男爵に譲って、違う土地に行く? いまならお金にも余裕がある。
(私一人では領地を守れない……彼らに任せて、私はもう一度、お父様とお母様に会いたい)
あっ。と、ティーラは思い出す。子供の頃から好きだった絵本――金色毛玉の冒険に出てきた隣国スートランド国にあると噂の、天国へ続くイーデンの森を探してみようかしら。
領地経営の勉強を始めた当初、家庭教師と言語と隣国の勉強もしだから大丈夫。
(ここを出て、国境を超えて隣国へ行きましょう)
そう決めたと同時に馬車が家の前に止まった。あの馬車はマント男爵の馬車だ。ティーラはすごく嫌な予感がした。そのティーラの予想は大当たり、コツコツと高いヒールの音が聞こえて、ノックもなしに玄関が開いた。
「ごきげんよう、ティーラいる?」
セジールは従者を連れず、ここに一人できたようだ。
ティーラは袖や手の甲で涙を吹き、玄関に向かった。
「セジール様、何かご用でしょうか?」
真っ赤な涙目の私をみた、セジールの口元が緩み、甲高い声が玄関にひびく。
「あらっ、泣いていたの? ごめんねぇー、ティーラからリオンを奪っちゃって……これはほんのお詫びよ」
笑いながらセジールはぶ厚い茶封筒と、白い封筒を私に投げ付けた。受け取れず下に落ちる封筒……その中に領地の権利書があった。
「……権利書? セジール様、この紙はなんですか?」
「それは明日の披露宴の招待状と手切金。ティーラは約束の18になっても。1人では領地を収めれないでしょう? お父様がいい値で領地を買うといっているわ」
「この領地を買う? それでは約束が違います!」
睨みつけると、セジールはニヤリと笑って。
「あなた1人では領主は無理よ。ティーラにいくあてがなく、仕事がないのなら、私の家でまたメイドとして雇ってあげる」
「……結構です」
「フフ。後のことはお父様と、旦那様のリオンに任せなさい。あなたがいくら泣いてもリオンはもう帰ってこないわ。私のお腹に彼の子供がいるから」
「子供?」
「リオンとの子供よ」
セジールはティーラに左薬指の指輪をみせつけて、お腹を撫でた。その姿に胸が痛む……だけど、涙を見せない様に手を握りしめて、セジールに深く頭を下げた。
「……おめでとうございます。セジール様。領地の件もそれでお願いします」
「ありがとう。領地の話はお父様に伝えておくわ。しばらくしたら、あなたの銀行に入金があると思う。――あと、私のリオンには二度と近付かないでねぇ。リオンは私と結婚して男爵になったから……」
「わかっております」
「じゃあ、またね」
ティーラはセジールが乗った馬車の蹄の音が聞こえなくなってから……ベッドの上で声を上げて泣いた。領地もリオンもなにもなくなった……それに、子供もいるんだって……。
流れる涙は乾くことなく、ティーラは一晩中泣いた。