ミチルはアニーの後について屋敷を出た。真夜中の森は格別に寒くて、不気味だった。
ほーほーとフクロウの鳴く声。リリリと虫の鳴く声。ぼんぼろぼーんと鳴くのは何だ?
真っ暗闇の中、アニーの息遣いだけが頼りなミチルは緊張と恐怖で震えた。
「ミチル、怖かったら俺のシャツでも掴んでおいで」
「え……」
なんて魅力的な提案!
けれどミチルは思い直して首を振った。
「いい。万が一ボスに何かあったらアニーの邪魔になるでしょ」
「……いい子だ」
暗闇でアニーの表情は見えないけれど、きっと発光するくらい笑顔に違いない。
ていうか、アニーの笑顔が輝けないほどこの森は暗いのか。なんてこった!
ミチルとアニーが控えているのは、川から数メートル離れた茂みの中だ。辛うじてせせらぎの音が聞こえる。
二人はその音がする方向を息を殺しながらじっと見つめていた。
やがて、川のほとりでランプの火が灯る。
大きな人影が見えた。おそらくマリーゴールドだ。
その隣にもう一つ影がある。そちらもマリーゴールドに劣らず大柄だった。
「ボスとマリーのアニキも所定の位置についたようだ」
アニーが小声で教えてくれた。
ボスの顔は見えないけれど、マリーゴールドと同じような大きな影なのでボス自身も強そうだとミチルは思った。
二つの影はランプの灯りを一定間隔で揺らしていた。何かの合図かもしれない。
するとすぐに川を下って小舟がやってきた。乗っているのは3人ほどだろう。後方には大きな荷物が積まれている。
「あれが……ッ!」
舟の上の人影を確認したアニーは少し怒気を孕んだ声で呟いた。体も強張っている。
まるで張りつめたゴムのように、何かのきっかけで弾け飛んでしまいそうだった。
もしかすると、アニーは激情に駆られて闇に堕ちてしまうかもしれない。
いや、そんなことはさせちゃいけない!
何の為にボスが今までアニーに人殺しをさせなかったか。その温情をここで無駄にするべきじゃない!
ミチルは怒りに震えるアニーの手をそっと握った。
「……ミチル?」
「アニー、抑えて。ボスに任せようよ」
「……」
アニーは頷きはしなかったが、その場から飛び出すようなこともしなかった。
そしてミチルの手をギュッと握り返す。葛藤に苦しみながらも、アニーはミチルの側に居続けた。
舟から二人がかりで大きな荷物が降ろされた。暗闇で遠目でもコンテナほどありそうな大きさだと分かる。
最後に降りた人物がボスと何か会話を交わしている。
ボスがマリーゴールドを促してスーツケースほどの箱をその人物に差し出した。
中身を確認した人物は荷物を運んだ二人を舟へと促して、自らも舟に乗り込んだ。
このまま舟で川を下っていくのだろう。舟の上の人物は深々とお辞儀をしたまま遠ざかっていく。
その一部始終を、アニーはミチルの隣で見届けた。舟が見えなくなって、ようやくミチルも安心して一息つく。
「アニー……」
頑張ったね、と言ってあげるつもりだったがアニーの顔はまだ強張っていた。
「なあ、ミチル」
「どしたの?」
「ボスが買ったのは母の形見のペンダントだ」
「そだね」
「なのに、どうしてあんなに荷が大きいんだ?」
「え?」
言われてみれば確かにそうだ。ミチルは何か嫌な予感がした。
「行こう」
それはアニーも同様で、二人は手を繋いだままボスの所へ歩き始める。
二人が到着する前に、マリーゴールドがその大きな積荷に手をかけていた。
アニーもミチルも歩みを速める。
しかし、マリーゴールドが積荷の蓋を開ける方が早かった。
「うわあ!」
突然マリーゴールドの悲鳴が森に響いた。
「アニキ!」
アニーはミチルの手を放し、先に駆け出した。
「あ……」
積荷の入っていた木箱が突然爆発でもするように粉砕される。
「ガアアァア!」
黒く大きな獣が雄叫びをあげていた。
ミチルはそれを見たことがある。
黒くて、大きくて、影のように捉えどころがない最悪の怪物。
「ベスティア……!!」