「はあ……」
大袈裟に溜息を吐くアニーを見て、今回のチームリーダーであるマリーゴールドは怪訝な顔で声をかけた。
「おう、どうした。アーちゃんよ、今日はずっとそんな顔してるじゃねえか」
「アニキ、もうアーちゃんなんて呼ばないでくださいよ。俺、26ッスよ」
「ははっ、俺にとっちゃあお前なんざまだまだ坊やだな。今日は随分といい血色でやって来たと思ってたのによ」
マリーゴールドは豪快に笑っていた。アニーは自分の顔の肌触りを気にしながら聞く。
「マジっすか」
「少なくとも、お前が目の下にクマを作っていないのは初めて見たな」
「マジか……それは相当だな……」
アニーはそのまま頬杖をついて自分の変化に驚いていた。
「ははあん、おめえ、とうとうイイ抱き枕見つけたんだな?やるねえ、小僧っこが」
マリーゴールドが少し下世話な笑みを浮かべたが、アニーはそれをスルーして力無く呟いた。
「抱き枕、ねえ。確かにあれは極上ですよ……」
「ほっほほお、お前からそんな色惚けが聞けるなんざ、長生きするもんだ。安心したぜ」
「明日の朝には手放しますけどね……」
「なんで?」
キョトンと首を傾げても全然可愛くないマリーゴールドを横目で見ながら、アニーは更に溜息を吐いた。
「俺だってツラいんですよ……本気になる前に別れちまった方がいい時もあるでしょ?」
「バカ、おめえ。そんな時はねえよ」
マリーゴールドは目を丸くして真面目な顔で答えた。
「その様子じゃあ、どうせ後悔するんだろうよ。だったら手元に置いて一緒に後悔すりゃあいい」
「簡単に言わないでくださいよ……俺だって散々悩んだんだから」
「どうも要領を得ねえな」
「あの子はね、アニキの想像も及ばない場所にいる子なんですよ」
「そんなんで今夜の任務やれるのか?」
「大丈夫、日が落ちたらちゃんとします」
煩そうに顔を顰めて肩を落とすアニーの様子に、マリーゴールドは肩を竦めるしかなかった。
「随分と厄介な相手に惚れたもんだな。まあ、そこまで思える相手なんざこの先に二人といねえだろ。腹ァ決めるんだな」
「……」
アニーがもう返事もしなくなったのを見届けてから、マリーゴールドは部屋から出ていった。ガハハと愉快そうに笑いながら。
「他人事だと思って……」
アニーの呟きは、窓の外を流れる川に落ちた。
一方、ミチルの方は。
「川はあったけど、家がないな……」
薄暗い森の中を散策していた。森の外に道路があったはずなのに、「川」という単語のせいでミチルは大きく人里を外れてしまっている。
前も森の中で相当な目にあったのに、ミチルはもう忘れていた。なんならここが鬱蒼とした森だという事もまだわかっていない。
「ほんとにこんな所に屋敷があるのかな?」
ミチルは草をかきわけて森を進んでいく。もうすぐ日が暮れてしまうのも忘れて、ただ川に沿って歩いていた。
行けども行けども森はミチルになんの兆しも見せてくれなかった。そうしているうちにとうとう日が暮れてしまい、気がつくとミチルは暗闇の中で立ち往生していた。
「やべ……もう全然見えない」
灯りすらも感じられないと言うことは、近くに屋敷もないと言うことだ。
ミチルは一気に不安になって泣き叫んだ。
「ああーん!おじさんのウソつきィ!何が赤いサルビアの人だよぉ!黒い木ばっかりだよぉ!」
すると、不意にガサガサと音がした。
「今、ボスを呼んだのは誰だ?」
「ヒィ!!」
低い男性の声がした。その気配はすでに数歩先まで迫っている。
「テンの使者か?」
ミチルには何のことかわからなかったので、一か八か答えてみた。
「アニー、アニーはいますか?」
「アニーだって?……ちょっと待ってろ、今火をつける」
声の主はそう言うとマッチを擦って、手持ちのランプに火を灯した。
そうしてようやく人影の全貌が見える。
「ぎゃあああ!ヒグマぁ!」
毛むくじゃらで、黒く大きなその姿にミチルは思わず悲鳴を上げた。
「騒ぐな!……ん?」
「あうあう……」
「なんだお前?……子どもか?」
ヒグマのようなおじさんはマリーゴールドだった。