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15 夕陽に向かって走れ!

 日差しが少しオレンジ色になった頃、ミチルはようやく意識を現実に向けた。

 アニーが出て行ってから数時間が経っている。その間、ミチルは床にへたり込んだまま、ずっとアニーの事を考えていた。


 今夜、アニーはとても危険な仕事をする。自分のために──などと思い上がるつもりはない。

 恩人の命令ならアニーはミチルの事がなくても応じているのだろう。

 実際には、これが初めての危険任務でもないだろう。


 だけど、出て行ったアニーの笑顔がとても悲しかった。

 次に会う時はもう、別れが確定してしまう。


 今度アニーがその扉を開けたら、最後なのだ。

 そんな別れの瞬間を、このまま、ここで、待てと言うのか。


「ムカつく!!」


 ミチルは威勢よく立ち上がった。それから着ていたアニーのシャツを脱ぎ捨てる。


「勝手に決めんな、セクハライケメンめ!出て行くかはオレが決めるんじゃい!」


 この時、ミチルは怒りのあまり自分が居候であることを忘れていた。

 だがもはやそれは些細なことだ。ミチルは馴染んだパーカーを再び着る。

 それでなんとなく自分を取り戻した気がした。


「よーし、準備オッケー!アニーのやつに今までの借りを返しに行くぜ!」


 アニーと離れたくない。


 ──受け入れてくれるの?

 あの日のアニーのまなざしを思い出す。あんなに強い人がこんなオレに縋った。


 ──一緒に罪に堕ちてくれるんだ?

 あんなにオトナなのにオレみたいな子どもに縋ったんだ。


 このまま放って別れられないよ!


「待っとけ、金髪ハンサム野郎!!」


 パーカー戦闘服を身にまとったミチルは、勢いのままアニーの酒場を飛び出した。





「おじさんおじさんおじさん!」


「ぎゃあ!すみません!」


 ミチルのあまりの剣幕に、仕事帰りの酔っ払い(予定)おじさんは咄嗟に謝った。


「おじさんおじさん!アニー、どこにいるか知ってる!?」


「んあ?ああ、あんたこの前の!なんだい、あいつに捨てられたのかい?」


「ハァ!?捨てられてねえし!上等だ、もし捨てるならオレの方からやってやんよ!」


「やだあ、絡まないでくれよお!おじさん今日はお金持ってないんだよお!」


 ミチルの絡み方は完全にヤクザの情夫のソレである。かつてアニーが脅したこともあっておじさんはブルブル震えていた。


「そうじゃなくて!アニーの、えっと、ボス?みたいな人ってどこに住んでんの!?」


「ヒイィ、勘弁してくれよ!あの方に睨まれたらおじさん生きていけねえよお!」


「いいから名前と住所教えろぉおお!」


「な、名前なんてとんでもねえ!いいか、ボウズ、あの方の名前なんて知ろうとするな。『赤いサルビアの人』って呼ぶんだ」


「長い!たった一人の私のファンみたいなネーミング覚えられっか!」


 ミチルはすっかり頭に血が昇っていて、おじさんの胸ぐらを掴んで喚いた。


「意味がわかんねえよお……許してくれよお、この前のことなら謝るからさあ」


「じゃあ、住んでるトコは!?」


「あの方なら本拠地はスプレンデンスだよお」


 その街なら聞いたことがある。アニーの生まれた街だ。涙目のおじさんをようやく解放して、ミチルは更に聞いた。


「そこって、どうやって行くの?」


「そうさなあ、乗合馬車を乗り継いで二日ってトコかなあ」


「ああ!?そんな遠い所なワケないだろ!アニーは今夜仕事すんだぞ!!」


「ヒィ!仕事!?……それならこの辺にあの方の別宅があるよ。そこじゃないか?」


「それだ!おじさん、ナイス!」


 ミチルは逸る気持ちが抑えられずにその場で足踏みを始めた。


「どうやって行くの?」


「ボウズの足ならすぐさ。このまま西に向かって行きな。大きな川のほとりだよ」


「川!ナイス目印!おじさん、ありがとう!」


「まあ、頑張ってヨリを戻しんさいよ」


 ミチルはおじさんに手を振って走り出した。夕陽の見える方向へ。

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