日差しが少しオレンジ色になった頃、ミチルはようやく意識を現実に向けた。
アニーが出て行ってから数時間が経っている。その間、ミチルは床にへたり込んだまま、ずっとアニーの事を考えていた。
今夜、アニーはとても危険な仕事をする。自分のために──などと思い上がるつもりはない。
恩人の命令ならアニーはミチルの事がなくても応じているのだろう。
実際には、これが初めての危険任務でもないだろう。
だけど、出て行ったアニーの笑顔がとても悲しかった。
次に会う時はもう、別れが確定してしまう。
今度アニーがその扉を開けたら、最後なのだ。
そんな別れの瞬間を、このまま、ここで、待てと言うのか。
「ムカつく!!」
ミチルは威勢よく立ち上がった。それから着ていたアニーのシャツを脱ぎ捨てる。
「勝手に決めんな、セクハライケメンめ!出て行くかはオレが決めるんじゃい!」
この時、ミチルは怒りのあまり自分が居候であることを忘れていた。
だがもはやそれは些細なことだ。ミチルは馴染んだパーカーを再び着る。
それでなんとなく自分を取り戻した気がした。
「よーし、準備オッケー!アニーのやつに今までの借りを返しに行くぜ!」
アニーと離れたくない。
──受け入れてくれるの?
あの日のアニーのまなざしを思い出す。あんなに強い人がこんなオレに縋った。
──一緒に罪に堕ちてくれるんだ?
あんなにオトナなのにオレみたいな子どもに縋ったんだ。
このまま放って別れられないよ!
「待っとけ、金髪ハンサム野郎!!」
「おじさんおじさんおじさん!」
「ぎゃあ!すみません!」
ミチルのあまりの剣幕に、仕事帰りの酔っ払い(予定)おじさんは咄嗟に謝った。
「おじさんおじさん!アニー、どこにいるか知ってる!?」
「んあ?ああ、あんたこの前の!なんだい、あいつに捨てられたのかい?」
「ハァ!?捨てられてねえし!上等だ、もし捨てるならオレの方からやってやんよ!」
「やだあ、絡まないでくれよお!おじさん今日はお金持ってないんだよお!」
ミチルの絡み方は完全にヤクザの情夫のソレである。かつてアニーが脅したこともあっておじさんはブルブル震えていた。
「そうじゃなくて!アニーの、えっと、ボス?みたいな人ってどこに住んでんの!?」
「ヒイィ、勘弁してくれよ!あの方に睨まれたらおじさん生きていけねえよお!」
「いいから名前と住所教えろぉおお!」
「な、名前なんてとんでもねえ!いいか、ボウズ、あの方の名前なんて知ろうとするな。『赤いサルビアの人』って呼ぶんだ」
「長い!たった一人の私のファンみたいなネーミング覚えられっか!」
ミチルはすっかり頭に血が昇っていて、おじさんの胸ぐらを掴んで喚いた。
「意味がわかんねえよお……許してくれよお、この前のことなら謝るからさあ」
「じゃあ、住んでるトコは!?」
「あの方なら本拠地はスプレンデンスだよお」
その街なら聞いたことがある。アニーの生まれた街だ。涙目のおじさんをようやく解放して、ミチルは更に聞いた。
「そこって、どうやって行くの?」
「そうさなあ、乗合馬車を乗り継いで二日ってトコかなあ」
「ああ!?そんな遠い所なワケないだろ!アニーは今夜仕事すんだぞ!!」
「ヒィ!仕事!?……それならこの辺にあの方の別宅があるよ。そこじゃないか?」
「それだ!おじさん、ナイス!」
ミチルは逸る気持ちが抑えられずにその場で足踏みを始めた。
「どうやって行くの?」
「ボウズの足ならすぐさ。このまま西に向かって行きな。大きな川のほとりだよ」
「川!ナイス目印!おじさん、ありがとう!」
「まあ、頑張ってヨリを戻しんさいよ」
ミチルはおじさんに手を振って走り出した。夕陽の見える方向へ。