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09 怒れるオヒメサマ

 素肌に白シャツという変態上級者衣装が、ただのアニーの趣味だったことに腹を立てたミチル。勢い余ってミチルはアニーを押し倒してしまった。


「……ッ!」


 ミチルはすぐ目の前にアニーの顔があって、そのあまりのイケメンさに脳が麻痺してしまっていた。

 なんて綺麗な青い。そしてそこには自分だけが映っている。

 アニーが、ミチルだけを見ている。そのことがいっそうミチルをそこに留まらせていた。


「あ……」


 アニーの右手がミチルの頬に触れる。撫で上げるその指が身震いするほどに、気持ちいい。

 その手はミチルの顔を更に引き寄せていく。


 ああ……だめ……

 唇が触れてしまう……


 吐息と吐息が混ざり合う……のかと思った。


 だが。


 なでなでーさわさわー


「ふぎゃああぁあっ!」


 ミチルは大慌てでアニーの上から飛び退いた。

 アニーの左手がミチルの尻を撫でたのである。


「あっ、残念!このまま持ち込もうと思ったのに」


 アニーは笑いながら起き上がった。両手をワキワキさせながら。


「おまっ!おまー、ふざけんなよっ!」


 ドキドキのオトメを弄ばれたミチルは涙目で抗議したけれども、アニーは相変わらず笑顔だった。


「だからぁ、俺はふざけてないってば」


「もういいっ!今日はオシマイッ!!」


「いやあ、残念残念」


 嘘つけ!からかって遊んでるだけのくせに!

 ミチルは心で憤慨しながら立ちあがろうとした。が、膝に力が入らなかった。


「おっ……?」


 嘘でしょ、腰から下の力が入らないんだけど!

 何故入らないのか、まだ子どものミチルには理解できなかった。


「あれえ?ミチルちゃんてば、たったあれだけで腰砕けちゃったのかな?」


 アニーがニヤニヤしながらこっちを見ている。

 よくわかんないけど、どうせからかってるんだ!


「ばば、馬鹿にすんなよ!立てらあ!」


 ミチルは強がって立ちあがろうとしたけれど、腰が言うことを聞かなかった。


「えええ?なんでえ?」


「ごめん、君が純朴な少年だってこと忘れてた」


 アニーは少し眉を下げてミチルに近づいて、その体をさっと抱き上げた。


「ちょおおおぉっ!」


 お姫様抱っこ、だとぉお!?


「まあまあ、お詫びに運ぶだけだから。大人しくしといてよ」


 アニーの柔らかな金髪がミチルの鼻をくすぐった。もの凄くいい匂いが以下略。


 こんな、こんなっ……

 ありがとうございまぁあす!


 揶揄われた怒りと尻を撫でられた怒り、それから騙された怒り。

 おかしいな、怒りしかないぞ。

 なのに、どうして御礼が出ちゃうの!


 ミチルの心は二律背反。オレは怒ってるんだ、ありがとう!

 もう訳がわからなくなっているうちに、アニーは軽々とミチルを二階へ運びベッドに座らせた。


「はい、到着。それから着替えはこれね」


 アニーはミチルに着古したシャツを渡した。柔らかな手触りでパジャマとしては最高かもしれない。


「ど、どうも……」


 ミチルがお姫様抱っこの余韻に照れながらどもっていると、アニーはまた笑う。


「その格好で寝られると、好み過ぎて襲っちゃいそうだからさ」


「うがあぁあ!」


 ミチルの怒号も涼しい顔で聞き流して、アニーは階段を降りようとしていた。


「それじゃ、おやすみ」


「アニーはまだ寝ないの?」


「ちょっと、寝る前に帳簿つけようと思って」


「そう……」


 ミチルは少し残念だった。

 え、ちょっと待って、残念てナニ!?


「襲われないように、さっさと熟睡した方がいいよ」


「うがあぁあ!」


 あーもう、この男はずっとこうだよ!

 何考えてるのか全然わかんない!


 ミチルは不貞腐れたまま、シャツを着替えてベッドに横たわった。


 何を考えているのか、わかんない……か。

 ミチルはこれまでのアニーの言動を思い起こす。


 ずっとニコニコ笑って、揶揄ってセクハラしてばかり。

 いや、違う。

 この街のことを話す時は、とても寂しそうな顔を見せた。

 でもすぐに引っ込めて、また笑う。


 アニーの本心は何処にあるんだろう。

 気になるけれど、それはオレが探してもいいものなのか?


 昨日会ったばかりの、こんな小僧に。

 本音なんて見せてくれるわけない。


 ミチルはアニーのことと、これからの自分のことをぐるぐると考える。

 ぐるぐる、ぐるぐる考えていると、だんだん疲れて眠ってしまった。




「……ん」


 どれくらいの時間が経ったのだろう。ミチルは不意に目を覚ました。

 まだ部屋は暗かった。なんだか隣が冷たい。

 アニーはいなかった。


「むぅ……?」


 ミチルは目を覚ましただけで、体は眠気に支配されたまま。

 外はまだ暗くて真夜中。一階から漏れていた灯りも、すでに暗い。


「アニー……?」


 返事はなかったけれど、ミチルはまだ眠かった。


「ふみゅ……」


 ミチルはそれ以上何も考えられずに、もう一度眠りに落ちた。

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