キミ、カワウィーネー!オレノタイプー!
言われた言葉がミチルの脳内でよくわからないリズムに変換されて響いた。
「はっはっはー!やだなあもう、そんなこと言われても喜ばないですよ、女の子じゃないんだから!」
そう、これはお世辞!イッツ・社交辞令!
あれだ、よく女子が親友に言うやつだ。「あたしが男ならほっとかないのに」ってやつのパターンでしょ!
そう考えたミチルが笑い飛ばすと、目の前のアニーは真顔でもの凄いことを言った。
「え?俺は男でもいいけど」
「ええええ!」
衝撃にのけ反ったミチルの反応を見て、さらにアニーは真面目な声音で言った。
「そうやってクルクル表情が変わるの、ほんと可愛くて好きだな」
たらし込まれる!オレの経験がないことを知っての狼藉か!?
ショート寸前のミチルの手を握り、アニーはトドメの言葉を放つ。
「ねえ……なんなら、さっきの、本当にする?」
触れた手をさわさわと撫でながら、超絶イケメンにそんな流し目で見つめられた日にはミチルの心臓は砕け散る。
「きええええっ!」
絹を割くようなミチルの悲鳴が部屋中に蔓延したところで、アニーは手をパッと離して笑った。
「アッハハ!君にはまだ早かったみたいだね、ゴメンゴメン!」
妖艶な笑みからの爽やか笑顔、再び。ミチルの感情はジェットコースターだ。
「かっ、かっ、揶揄わないでくださいよっ!」
ミチルの体内では、小さなミチルが砕け散った心臓の欠片を集めて再建築している最中だ。
「揶揄ってないよ、俺は結構本気よ?心の準備が出来たらいつでも言ってね!」
「わかりました、もういいです!」
「残念だなあ」
アニーは完全に面白がってニヤニヤしている。更にそのままの顔で続けた。
「ところで君は今夜はどうするの?今、外に出るとさっきよりもすんごい目に合うと思うけど」
「げっ!?」
ミチルはたじろいだ。さっきよりもすんごい目とは……想像すらしたくない。
「あのう……初対面の方にこんな事お願いするの、本当に図々しいと思うんですけど……」
こんな危険地帯に放り出されてはたまらない。ミチルはアニーの親切さに賭けようと遠慮がちに切り出した。
「ここに泊まっていきなよ」
「──いいんですか!?」
食い気味で泣きつくミチルに、アニーは少し驚いた後、またニヤリと笑って言った。
「ただし、宿代はもらわないとなあ」
「ええ……でも、ボク、この世界のお金持ってないんですけど」
明日、酒場の掃除とかでまからないかしらとミチルが考えるより早く、アニーは首を振った。
「いやあ、お金じゃなくて、カラダで払ってもらおうかな」
「きええええっ!」
結局、すんごい目に合うってこと!?
ミチルはせっかく組み立てた心臓がまた砕け散った。
「ここは俺の居室なんだけど、見ての通りベッドは一つ。君は俺の抱き枕になるしかないってこと」
「きえっ!きえっ!」
ミチルはもう頭が真っ赤で、悲鳴しゃっくりを上げていた。つまり支離滅裂だ。
「安心していいよ、別に何もしないよ。ただ同じベッドで寝るだけ」
「……え?ホントに?」
「ホントホント。俺はね、こう見えて合意なしにそんなことしないの。あれ?それとも無理矢理が好きなの?」
「とととと、とんでもないっ!」
ミチルが顔を真っ赤にしたまま首ぶんぶん振った。よく考えたら床で寝ろと言われても文句は言えない。ベッドに入れてくれるなんて親切ではないか。それに同衾くらい、実は初めてじゃないし!
「ふわぁっ!」
そこまで考えた時、ミチルはあの夜ジェイと同衾してしまったことを思い出した。そして今夜は別のイケメンと同衾する。
何それ、なんのご褒美?
「そんなに赤くなったり青くなったりして疲れたでしょ?寝よ寝よ、とりあえず。その後の事は明日考えよう」
「……わかりました。よろしくお願いします」
「はあい、おいでー」
アニーはまるでペットの大型犬を招くようにベッドの上で手を広げていた。ミチルは意を決してその中に飛び込んだ。
「お邪魔します……」
「よーしよし、イイコイイコ」
アニーはまるで子どもをあやすようにミチルを軽く抱きしめてそのまま寝ころんだ。
ぎょええええ!近い、イケメンが近い!
ものすごくいい匂いがするううぅ!
ミチルはど緊張でガチガチだったが、アニーは思いの外すぐに寝息を立てて眠ってしまった。
この世界の人は、みんな寝つきがいいのかな?
温かい人肌に包まれて、ミチルにも眠気が降りてくる。
そういえば、結局「見捨てられた街」って言う意味を聞けなかったな……明日になったら聞けるかな、聞いてもいいのかな……
そんな事を考えている間に、ミチルも眠りに落ちた。