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【第6話】池のぬし

 魚がピチピチと跳ねるたび、いくつもの水滴が飛んでくる。

池の水は見るからに濁っていて、緑がかった表面に油膜が浮かんでいる。

こんなところで釣れる魚なんて、食べられるわけがない。

そう何度主張しても、父は引き下がらなかった。


 休みの日が来るたびに、父は僕を誘ってこの池に釣りに出かける。

「池のぬしを見つけた」とか、目をきらきらと輝かせていたっけ。

大人のくせに恥ずかしいと小学生ながらに思っていた。


 それでも、僕がこの池を訪れるのには訳がある。

いつもは建設現場で働いて帰りも遅い父が、この日だけはまともに構ってくれるからだ。


 でも父は、何度も訪れるうちにイライラしてきて。


「池のぬしなんていないと、疑っているんだろ」


 なんて、勝手に不機嫌になる。


 僕は、父と一緒にいられるだけで良いんだ。

むしろ、池のぬしなんていない方が良いと思っていた。


 そんな、ある日のことだ。


 あの池のことが気になって、学校の帰りに寄ってみることにした。

暗くなるから、夕方以後には池に近づかないように言われていたけど。

遠くから眺めるだけなら大丈夫だろうと思って、錆びついたフェンス越しに様子を見ていたんだ。

そしたら、ふいにつんと腐ったような臭いが漂ってくる。

何だろうと思って、じっと目を凝らしてみると池の中に黒い影が泳いでいた。


 すぐに、池のぬしだと分かった。

父に急いで知らせに行こうかと思ったけど、何だか様子がおかしい。


 ざぶん。と、勢いよく水が跳ねた。


 それと同時に、僕は見てしまったんだ。

風船のように膨らんだ体を持つ、化け物の姿を。

それは人の形をしていたけど、明らかに人間じゃない。

目や口の周りは、梅干しのように皺が寄って潰れていた。


「あれは、池のぬしなんかじゃない」


 帰宅すると同時に、そう叫んだ。

リビングでテレビを見ていた父は、少し困惑したような表情を浮かべた。

だけどすぐに眉間にしわが寄り、信じられないほど怒鳴ったんだ。

豹変した父の様子に戸惑ってしまって、何も言い返すことが出来ない。

母もただ事ではない雰囲気を感じ取ったらしく、料理の手を止めて固まっていた。


「今から、池のぬしを釣りに行ってくる」


 そう言って、父は釣竿を持って一人で出かけて行ってしまう。

僕は怖くて、とてもついて行くことは出来なかった。

母は「お父さん!」と叫んだけど、父は振り返りもしなかった。


 その夜、父は帰ってこなかった。


 翌日、警察から電話がかかってきた。

池の底から、父の遺体が上がったらしい。

その顔はぶくぶくに膨れ上がり、あの時見た化け物そのものだった。

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