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34《粛清》


開会式まで残り3分を切ったところでヤマの様子が慌ただしくなる。



「ヤマどうした?何かトラブルか?」



「やばい、何者かにハッキングされてる...クソッどうなってんだ...」



万全かに思えた作戦だが、突然ヤマのパソコンがハッキングされ、ヤマは対処に追われる。



「メインコンピューターに入った途端にやられた!クソ、呑まれる!!!」




ヤマの声とほぼ同時に五十嵐からも通信が入る。



五十嵐の方は構築したスーパーコンピュータの繋がりが突然リセットされてしまった。


その直後、小規模な爆発音とともに五十嵐の悲鳴が響き通信は途絶えた。



何者かによる妨害が行われているのは間違いない。




「ヤマ!そっちは大丈夫か?」


「クソッ、今やってる!」


「ヤマ、作戦は中止だ!すぐにそこを離れろ!」



「...わかった、五十嵐さんは大丈夫か?」


「今向かってる!」



周平はバイクを飛ばして五十嵐がいる路地へと向かった。



オペレーター専用車を見つけ、乗り込むがそこに五十嵐の姿はなかった。



足下にインカムと閃光弾のようなものが転がっていることに気付いた。


五十嵐は何者かに連れ去られていた。



「ヤマ!すぐに身を隠すんだ!」



しかし、応答はなかった。

気付かぬうちにヤマの通信も途絶えた。



万が一の時に備えて決めていた合流地点。

ヤマが既にそこへ向かっていると信じ、周平もその場所へと向かった。




乗ってきたバイクを捨てて水路脇の道を走る。


五十嵐も間一髪で逃げることができていたとしたら、きっとこのルートを通っているはずだ。



あたりが薄暗くなってきたお陰で闇に身を潜めながら向かうことができるのは好都合だった。




ふと、正面に人影が見えて足を止めた。



普通なら絶対に人がいるはずのない場所だ。

点検作業だとしてもこんな時間にやるとは考えられない。




その人影はゆっくりとこちらへ近づいてくる。

歩き方を見ればそれがプロかどうかわかる。


周平は覚悟を決めて臨戦体制に入る。




月明かりに一瞬照らされ、その影は黒い服に身を包み、フードを目深に被り、口元は黒いマスクで覆っているのが見えた。




危険な匂いのするやつには警告なしで先手を打てという斎藤の教え通り、

周平は極限まで体勢を低くし相手の足を刈り取りに動く。



斎藤の歩法を身に付けた周平の初動を見破ることは困難だ。



ましてや初見の相手なら絶対に避けることは不可能。



しかし、その影は瞬時に身を躱し周平の背後を簡単にとってしまった。



周平も瞬時に切り返し、鋭い蹴りを浴びせるがそれも避けられてしまう。



まるで斎藤と組み手をしているときを思い出す。



その後、周平は見事な体捌きを見せて、間合いを詰めると相手の奥襟をとり、斉藤直伝の大外刈りを放つ...が、手応えがない。



完璧な受け身を取られたようで、相手は無傷のままだった。



周平が警戒を強め、間合いを取ろうと一歩引いたその瞬間、今度は相手が一瞬で間合いを詰め、見たこともない投げ技をくりだした。



周平は受け身が取れず、背中を強打し呼吸ができなくなる。



相手は手を緩めることなく背後に周り裸絞めをかけ、周平の意識を瞬く間に削ぎ取った。




——— 周平は窓のない薄暗い部屋で目を覚ます。


意識を失ってから、どれぐらい時間が立ったのかわからない。




そのときドアがギイィッと音を立てながら開くと、見覚えのある女性が入ってきた。



「え、お前は、、、中川美咲?」


そこに立っていたのは自身の後任としてアナ室へと配属された美咲だった。




「先輩、お久しぶりです!覚えててくれて嬉しいです」


そう言って、あのときと同じ明るい笑顔を見せた。




先程コテンパンにやられたフードの男と同じ服に身を包んでいる。



立ち姿も以前会った時の謙虚な感じではなく、どこか偉そうに見下しているような印象を受ける。



どうも様子がおかしい、まるで別人のようだ。


助けに来てくれた訳ではなさそうだ。



「今回の先輩の計画は見事でした!綿密な計画と凄腕のハッカーと優秀なオペレーター。僅か3名でクーデターを起こすとは!」



何故、美咲がそんなことを知ってるのか、周平はただただ息を呑むだけだった。



「普通の対策チームだったらきっと先輩の計画は阻止できなかったでしょうね、だからこちらもそれを上回る3名に阻止してもらいました!」



そう言うとドアが開き、黒いフードを被った男が3人入ってきた。



「こちらが私の用意した最強の布陣です。さぁ革命軍のリーダーに皆さんの正体を見せてあげてください」



全員がフードとマスクをとる。


そこに立っていたのは本部長の秋山、副本部長の榊、統括部長の皇。


名実ともにDPA日本本部最強の3人だった。




「な...何であなた方が中川に従ってるんだ⁉︎」



「私は本国直属の独立組織offという組織のメンバーで、非常時には各国の本部長より上位の指揮権を持つ存在だからです、、、って先輩、ついて来れてますか?」



「な、、、そんな組織聞いたことないぞ」




ふぅとため息をつく美咲。


「offはDPAとして相応しくない行動を取る者を監視及び粛清する組織です。

存在をバラしたら意味ないじゃないですか、DPAにも存在を知らされないルールがあったでしょ?」




「そんな、、、秋山本部長!斎藤さんはあなたの元バディでしょ⁉︎その斎藤さんが今どんな目にあってるか、、、」




「知っているさ。帰国後、斎藤を拘束したのは俺だ」


周平の言葉を遮るように秋山が答えた。




続いて榊が口を開く


「今回の計画を立てたのは我々執行部、全て知った上での行動だ。お前と違い、皆個人的感情と任務を混同させるような人間ではない」



斎藤の名前が出た途端、3人の目にはより強い覚悟の火が灯ったように感じた。




ふと、歓迎会をしてくれたときに斎藤が話してくれた内容を思い出した。



DPAに入り、最初に配属されたオペ室で斎藤の指導係となったのは皇、その後シニアオペレーターとなった斎藤が担当したのが榊、そしてエージェントとして配属され、バディを組んだ相手が秋山。


全員が斎藤と密接に関わりを持っている人物だった。



この3人も好き好んで斎藤の人生を奪っているわけではない。

裏を返せば、それは尋常じゃない程の覚悟の上の行動ということになる。



組織のために、信頼し合っていた仲間に手を掛ける程の覚悟、押して揺れるようなものではないのは明らかだった。




斎藤が周平に格闘訓練を課したときに、自身もルーキー時代に当時のバディと日常的に組み手をしていたと言っていた。



そして、インターハイ連覇の経験を持つ斎藤が、格闘技を習ったことのない相手にたったの一度も勝つことができなかったということも。




水路脇で周平がやられたフードの男、あれは恐らく秋山だ。


斎藤とは何百回と組み手を重ねできたが、明らかに斎藤よりも強かった、しかしそれも合点がいった。




「そういうことで残念ながら先輩たちの計画は失敗です。そして先輩たちは粛清対象となります。何か言い残すことがあれば聞きますよ?」



「...2人は、2人は無事なのか?」




「もちろん無事ですよ!秋山と榊が2人を拘束し、彼らの秘書が既に移送中です!夜明頃には夢の国の住人に仲間入りです!」



「そんな、、、頼む、2人は見逃してくれ、全て俺が立てた計画だ」




「懲りないですね〜、特例はないんですよ。仮にも皆さん秘密結社の一員でしょ?子どもじゃないんだからやったことの責任はとりましょうね」


美咲の笑顔が消えた。



「くっ... ....。

ヤマはお前の彼氏だろ?あいつはこの計画の後、プロポーズすると言ってたんだ!なのに、、、」




「ふふふ、本当に私のこと好きだったんですネ!残念ながら仕事です、恋愛感情は微塵もありません」




「そんな、、、」




「彼はアナ室の室長ですからね!色々な情報が彼の元に集まってくるんです!私の業務効率化のために一緒にいたまでです」



遂に周平は何も言えなくなってしまった。

親友までもが利用されていたなんて。




「今回のことも教えてくれましたよ!私を巻き込みたくなかったみたいで匂わせる程度でしたけどね!

でも先輩から力を貸して欲しいって言われたことは相当嬉しかったみたいですよ!よかったですね、先輩!」





周平の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。




秋山が口を開く。


「今回お前が担当した【S】の確保。あの任務そのものが最重要機密。つまりそれを知る人間はDPAにとっての脅威にもなる。リスクヘッジは秘密結社存続の要だ、お前はM適性を持つ中山望と斎藤の確保までが一つの計画だったと気付いたようだが、それは間違いだ。この件を知る全ての者の排除までがこの計画だ」



「今回の件は長官である柳さんの発案で、そのため直属の私が任務の後始末をしに派遣されたんです」


美咲の表情に笑顔が戻っていた。




榊がそれに続く


「シニア昇格以降のお前の優秀さは執行部の想定以上だった。

斎藤ほどではないが、各部署に名が広まるほどにな。だからこそお前と斎藤を知る、五十嵐も同様に排除する大義名分が必要だった。

そのためドリームランドの視察に行かせ、今日まで泳がせてきたんだ」



皇が初めて口を開く。


「AIで君の行動は何度もシミュレーションをしてきた。今回君が任務を受けてから今日に至るまでほぼシミュレーション通りだったよ」




「そんなバカな、、、」



「君のスキル、人脈、思考パターン。様々な要素を掛け合わせることで、より正確な未来を予測できる。

この数年間、君の取った選択肢はほぼ全てが我々にコントロールされたものだ」




周平の想像を超える圧倒的な科学力。


いつから自分が操られていたのか、、、これまでの人生は果たして本当に自分の人生なのか



周平の心は徐々に削られ、押せば崩れるほどに脆くなっていた。





そんな周平を無視するように美咲が終わりを告げた。


「そうそう、データ解析の結果、先輩は何故か催眠や洗脳といった類のものに強い傾向が見られました。残念ながらあなたには選択肢がありません」


一方的に話し終えると4人はゆっくりと部屋から出ていく。



扉を閉めようとしたとき、美咲が振り返る。


「先輩の作った引継ぎ資料凄くわかりやすかったですよ!それでは良い夢を」



ガチャンという音と共に扉に鍵がかかり、同時に天井の通風口から白いガスが噴出される。



例の地下室とシチュエーションは同じだが、一つだけ違う点は、このガスが有毒だということ。



比重の重いこのガスは足元に溜まっていき2分もすれば椅子に固定された周平の頭まで覆う。



吸うと意識が混濁し幻覚が見え、筋肉が痙攣を起こした後に呼吸困難となり死に至る。



こうしてクーデターを企てた主犯格の男は、苦しみながら最期を迎えることとなった。




周平を死に至らしめたこの有毒なガスの正体は、DPAが秘密裏に開発した兵器というわけではない。



その正体は誰もが知る気体。

二酸化炭素だ。


高濃度の二酸化炭素は吸入すると人を死に至らしめる。


化学兵器としての毒ガスを使用すると処理するのにも手間とコストがかかるが、二酸化炭素は大気中に放出してしまえば問題はない。



更に排出前に部屋の温度を上げてしまえば白い霧状となったものも、無色透明に変化するため、仮に人通りがある場所で放出しても目撃者の心配も不要となる。





——— 3人がクーデターを企てたとして処分されたことはすぐに全職員に伝えられた。



美咲はというと、表向きには異動というかたちの辞令を受けてアナ室を後にする。



室長は処分、そして主任である美咲まで異動になったことでアナ室は暫く慌ただしい日々を送ることとなった。



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