——— オリンピック開会式当日。
開会式は夜20時から始まるため、3人に残された時間は約3時間。
ここまで入念に準備を行ってきた。
最後にもう一度集まり、最終確認を行う。
世界を揺るがす大規模な作戦前でも皆落ち着いていた。
この胆力は奇しくも、これから潰そうとしている組織での訓練の賜物だった。
五十嵐はオペレーター専用車の中で、複数のコンピューターを同時に操り、世界中のモニターの強制立ち上げをする下準備に入る。
いくらDPAの最新技術を駆使するとはいえ、世界中のネットにつながっているモニター全てを対象とするとなると、規模が大きすぎる。
正確にはDPA本部のある4か国、そしてその他先進国を中心に多くのモニターをジャックする。
逆に発展途上国やネット後進国では主要都市部のメインとなるモニターのみに照準を合わせる。
ヤマほどではないが、五十嵐も相当高レベルなハッキングスキルを持つ。
そのスキルを活かし、都内にある多くのコンピューターをハッキングし、一時的にスーパーコンピューターと同程度の情報処理速度を作り出す。
それに加え、いくつかの大学にあるスーパーコンピュータも繋げることで十分な処理速度を実現した。
五十嵐はその環境下で世界中のモニターを遠隔操作する。
ヤマはとあるマンションの一室にてTV中継の接続を切れないようにするための準備にとりかかる。
国内放送はスカイツリーさえ抑えてしまえばクリアできるが、問題は国際放送だ。
こちらは衛星をハッキングしなければならないため、より高度なスキルを求められる。
これを可能とするハッカーはそう何人もいない。
だからこそ先手を取ってしまえば、即座に対処できる者はまずいない。
周平は事前に会場に侵入し、メインコンピューターにハッキングプログラムをインストールした。
これにより、ヤマの持つPCをメインコンピューターの複製として使用することが可能になる。
つまりハッキングを行うヤマの手元にその対象となるコンピューターがあるということ。
仮にハッキングに気付かれたとしても、扉の鍵はこちらが握っているため防ごうとしても、内側から扉を開けることができる。
そして周平は作戦決行時には、要であるヤマと五十嵐の周囲の警戒と、万が一に備えてのリカバリー役に回る。
DPAのエージェントに戦闘訓練はない。
しかし斎藤に最低限の格闘術は教え込まれていた。
エージェントの任務において武力でターゲットを制圧することはまずありえないが、
秘密道具が何らかの理由により使えない状況に陥った時に
自身の身を守ることにも繋がるため、空き時間によく2人で組み手をおこなっていた。
幸いなことに、今日に至るまで任務においてその成果を発揮する場面は訪れなかった。
しかし、最終的にはかつて柔道でインターハイ優勝の経歴を持つ斎藤とも互角の勝負をするほどの実力にまで成長していた。
とはいっても、今回も何も起きないに越したことはない。
それが役に立つような状況にならないよう入念に準備を行ってきた。
最終準備の最中、周平はインカムでヤマに尋ねた。
「今回の計画だけど、何で協力してくれたんだ?俺と五十嵐さんは斎藤さんという十分な動機がある。だけどヤマはリスクが高いにもかかわらず、なんで協力してくれるんだ?」
ヤマは言葉を選びながら答えた。
「ん~、そうだな。室長になって組織の黒い部分を目にすることが多くなって、気付くとこの仕事に誇りを持てなくなってたんだよ。だから俺は近々DPAを辞めるつもりでいたんだ。
そんなときお前から連絡をもらって、最後に自分の正義に従おうって決めたんだよ」
一呼吸おいたのち、ヤマは周平に報告してなかったことを思い出した。
「あ、あと黙ってたけど、お前の後任として来た美咲覚えてるか?
実は今あの子と付き合ってるんだよ。この作戦が成功したらプロポーズするつもりなんだ」
ヤマは照れ笑いをしながら答える。
「そっか、ありがとな…ところでお前、自分でキレイな死亡フラグ立ててる自覚はあるか?
作戦前に縁起が悪い。でも、おめでとう!必ず作戦を成功させよう」
周平は茶化しながらも、心からヤマの幸せを祝福した。
「さぁ、2人ともそろそろ集中してください。まもなく開会式です。
松本さんは不穏な動きがないか引き続き警戒をお願いします。何かあればこちらでもサポートするので言ってください」
五十嵐がゆるんだ空気を引き締める。
3人とも各々の持ち場にて集中力を高め、作戦開始の瞬間を待つ。