——— 2週間後
周平はオフィスにてデスクワークをこなしつつ、秘匿回線にてアナ室の同期だったヤマへと連絡をした。
なんと彼は今、アナ室の室長の席にいる。
もともと仕事のできる優秀な人間だったが、文字通り可愛い後輩ができたことで、抜群の指導力も発揮し、それが評価されトントン拍子で出世した。
そんなヤマに指導された美咲はなんと主任となっていた。
それほどまでに指導力があったなんて周平の知っているヤマの姿からはまったく想像がつかないものだった。
しかし、それはヤマにとっても同じで、エージェントとしての周平の活躍はアナ室にも届いており、お互いが知らない一面を磨いてきたようだった。
周平は斎藤との思いがけない再開を果たした視察から今日までの2週間、全ての時間を使って立てた計画について話した。
この計画の実行は一人では不可能、信頼できるチームが必要だ。
かといって大きなリスクを伴う計画のため、ヤマを巻き込むことを躊躇したが、どうしてもヤマの持つハッキングとメカニックのスキルが必要だった。
そういった思いも伝えた上で協力してくれるかを尋ねる。
ヤマは概要を聞き、しばらく悩んだ末に力を貸してくれることになった。
続いてオペ室の五十嵐へと連絡する。
彼女も斎藤の処分には不満を感じていた。
しかしそれと同時に、原因を作った周平のことを未だに許してはいなかった。
「五十嵐さん、お久しぶりです。秘匿回線にて連絡しています。今更なんですが、一度会っていただけませんか?」
あの一件以来、気まずさから連絡を取ることができずにいた。
「松本さん...お久しぶりです。そうですね、一度お話しましょう」
かつての五十嵐とは違い、とても冷ややかな声で返ってきた。
この通話では多くは語らず、早速今晩会う約束を取り付けた。
場所はきっかけとなったバー Eau de Vie。
この店は個室こそないが、奥の席に座れば店内全てを視界にとらえることができ、バーテンダーも呼ばない限り、敢えて近付いてくることはない。
下手に個室で話すよりも安全といえる。
——— 待ち合わせ場所へと向かう五十嵐。
彼女もDPAの研修にて訓練を受けているため、最低限の尾行をかわす技術は心得ている。
周平は今後のことに備えて、五十嵐を監視をしている者がいないかを、尾行しながら入念に観察した。
更にエージェントの秘密道具を駆使し、発信機や盗聴器の類がないかを自身は勿論、五十嵐とEau de Vieの入っている建物もあらかじめ調べ、万全を期していた。
幸いなことに尾行等はなく、待ち合わせ時間ちょうどに2人は店の前で合流した。
周平はまず斎藤の件について、遅すぎる謝罪を伝えた。
そして何故今日連絡したか、何故この場所を指定したのかを、これまでの経緯の全てを伝えた。
その上で、先日ドリームランドの視察時に見た、変わり果てた斎藤の姿を伝える。
それらを繋ぎ合わせると、全ては自身の未熟さを利用された一連の計画だったという結論に至ったこと。
そして今後の計画について話した。
最初は怪訝な表情を浮かべていた五十嵐だが、周平の計画を聞き、協力することを約束してくれた。
この日は別れ、後日ヤマも含めてこの計画のメンバーでミーティングを行うことにした。
斎藤を失ってから疎遠になっていた五十嵐に謝罪ができたこと、そして真相を伝えられたこと。
心にかかっていた重い鎖がひとつ解かれたような気分だった。
——— 後日、周平が所有する拠点のうちの一つにて顔合わせも含め、周平は改めて計画の詳細を2人に話した。
この計画は自分一人では100%実現不可能。
しかし、大人数のチームでやるのもリスクがあるため、少数精鋭のチームで臨む必要がある。
この3人ならば成功させることが十分可能ということを説明した。
ただ、これを実行するということは、DPAに反旗を翻すことになる。
全て計画通りに進めば、実行犯が誰かは気付かれずに済む。
しかし、もし失敗に終わった場合、命の保証はないと思っていた方がいいだろう。
その上で再度、最終決断を聞かせて欲しいと伝えたが、2人とも既に覚悟を決めていた。
各々自身の持てるスキルと知識をフル活用し、作戦の輪郭をより明確にしていく。
一つのミスが命取りになるため、その後もあらゆる視点から不安要素を洗い出し取り除いていく。
何度も話し合いを重ね、完璧とも言える計画が完成した。
作戦名は【Operation Gremlin 】
これはヤマの発案だ。
プログラマー用語で『小規模の悪意のあるプログラム』のことをグレムリンというらしい。
まさに今の自分たちにピッタリだった。
作戦の決行は今から約半年後の7月23日、東京オリンピックの開会式当日に合わせて行う。
開会式の様子は全世界に生中継で配信される。
その電波をジャックして世間にDPAの存在を明らかにする。
DPAという法の外に位置する組織の存在。
その組織が無実の男の罪をでっちあげ死刑に追いやったこと。
死刑執行の事実確認が国民にはできないことをいいことに、実際は死刑ではなく脳手術で感情を奪い、マインドコントロールをし、その身柄を拘束しているという非倫理的な事実。
その被害者の名前は作家として有名な荒井端望こと中山望。
それらは司法機関と警察機関が協力のもと行われている。
そしてその元締めが世界的に有名なテーマパークであるドリームランドということ。
そしてドリームランドでは死刑囚をマインドコントロールし、整形手術を施した後、労働力として扱っているという事実。
幼い子供たちに接しているのが、実は何人もの人間を殺害している凶悪犯。
その証拠にDNAが一致していることを示すデータ、顔は変えられているが背格好や姿勢、歩き方などが一致している写真など。
様々な証拠を用意している。
これらを開会式のスクリーンをジャックして映し出す。
それを中継しているカメラも接続を切れないよう、細工を施し全世界同時中継での告発を行う。
政府やDPAがその対応に追われている隙に、これらを裏付ける内部資料や証拠の数々をネット上にアップする。
ここまで火をつければ、あとは自然に炎は広がっていく。
現代ではSNSのお陰で、個の力が集まれば国を動かすことができるようになった。
民主主義の国において、国民が本当の意味で力を得た時代だ。
この性質を利用すれば、少なくとも日本国内からドリームランドを追放することは可能だと周平は考えていた。
これをきっかけにネット上でも様々な憶測が飛び交うだろう。
TV中継に関しては、万が一こちらの細工に気付き、早々に中継のカメラを切られたとしても、
開会式のモニターに流れているものと同じ動画を、今度は全世界の主要都市のモニターやスマートフォンに強制的に映し出す。
かつて周平の初任務時に、町中のスピーカーをジャックした技術。
あれを応用すれば世界中のモニター等をジャックし、更にはネットに繋がってさえいれば電源が入っていないモニターでも強制的に立ち上げ、その後は動画が終了するまで持ち主は操作ができない状態を作り出すことは可能だった。
一度ネット上で拡散された動画を完全に削除することは不可能。
ましてやそれが全世界規模で行われた場合、インターネットそのものを人類が手放さない限りこの件はなくなることはない。
仮にこれを、ただネットに黙って公開して誰かが気付いて広まるのを待つのでは、その間に対処される恐れがある。
つまり、この件はスタートダッシュが肝心のため、高い視聴率が期待できるオリンピックの開会式を利用するといった計画だ。
そのためには入念な準備が必要となるが、幸いなことに時間はまだ十分にある。
そして周平は世界に公開する証拠とデータの整理と映像の作成に明け暮れた。
2人には計画が上手くいけば誰の仕業か気付かれないと伝えたが、実際にはそう上手くいかない。
誰かが犠牲にならなければDPAの追求は免れない。
今回ばら撒く証拠の数々は周平だから知り得たものを数多く使用している。
望の任務についての詳細や、視察に訪れたからこそ知る内部情報等。
危険を承知で手伝ってくれる2人に、これ以上のリスクを負わせるわけにはいかない。
そのためこの件は周平が1人で責任を被る気でいた。
それが周平にとってのケジメである。
オリンピックの開幕までの残り半年間、各々DPAの通常業務を行いながら、並行して計画の準備を進めていく。