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27《葛藤》

——— 密会の翌日。


望の要望により、確保日はEau de Vieでの密会から2日後にあたる3月4日の午前中に決まった。



場所はマンションから電車で3〜40分程の距離にある、音無港という小さな港。



望はその場所に小説の取材のためやって来ることになっている。



DPAはその機会を利用して、港で北の国の工作員と密会しているという証拠を捏造し、現行犯で逮捕するという筋書きだ。


それを示唆する状況証拠の一つとして、海上保安庁のサーバーに、謎の小型船舶の存在が確認されたが、その後すぐにレーダーから消失したという履歴を書き加える。


また、逮捕時には工作員から受け取ったとみられる拳銃2丁を押収したという事実、そして抵抗するために一発発砲したという事実が付け加える。




オペレーターの三井に連絡して、この【S】確保のシナリオを伝えた。




「了解です。では【S】のマンションにチームを待機させます。明日の朝ターゲットがマンションを出たタイミングでチームが引き継ぎます。その後松本さんには証拠をマンション内に仕込んでいただき、それが完了した時点で任務終了となります、ご苦労様でした」




今回の【S】確保には公安警察のチームが派遣されることになっている。



DPAは非公式機関だが、その活動のためには警察組織の力も必要不可欠なため、法務大臣に加え、警察庁長官も存在を認知し、協力関係にある。



DPAは独立組織の為、外部からの干渉を受けない。

そのため、彼らは存在を認知してはいるが、命令権を持つわけではない。



だからこそ、裏を返せばDPAによる非人道的な行為が万が一明るみに出たとしても、国家は無関係という立場を維持することができる。



また、協力関係というのも、正確には任務の"邪魔をしない"という表現の方が正しい。



それだけでも十分だが、DPAはそれに加えて、長い時間を費やし、警察上層部にDPA職員を就かせることに成功した。

主に警視長以上の役職に多く名を連ねている。

これにより国内での更なる安定した活動を実現した。



つまり、現場に命令をくだす役割を担うのもDPAという構図になるため、警察をコントロールする力を持っているといっても過言ではない。



更に、驚くべきことに警視庁をはじめとする、首都圏の県警本部にいる公安警察の人間のうち、約4割もの人間がDPAの職員である。



そのため今回のような特殊任務において、公安の人員を割くことも容易に対応ができる。




警察の仕事において現場で働くのはDPAとは無関係な一般の警察官たち。


情報を規制され内々に勧められた逮捕劇では、現場との確執が生まれ、いらぬ疑念を持つ者が出てくる可能性がある。



そのため、今回のような場合でも、国家存亡を揺るがす危険分子の逮捕は公安が行い、証拠を発見するのは現場の警察官に行わせる。



適度に情報を共有し、現場にも花を持たせることで上手く関係性を構築している。




ちなみに今回の【S】逮捕の現場において、万が一目撃者がいても、拉致などの事件として変に通報されたりしないよう

警察官の制服を着せて同行させることで、警察による逮捕劇だと一目でわかるようにカモフラージュすることになっている。





——— 中山望、彼に残された時間は残り一日。

たったの24時間でいったい何をする気だろう。



周平は今日も望が起きるよりも早くから、形だけの監視を始めた。

個人的にこの24時間の使い方に興味があった。




一時間ほどして、望は目を覚ました。


するとすぐに自室に設置されたカメラの前に障害物を置きはじめた。



驚いたことに、一直線にカメラへと辿り着き、目隠しを行っている。


どうやら昨晩のやり取りの中でカメラの位置を把握していたようだ。


しかも、それを迷うことなく正確な場所まで割り出していたことに驚きを隠せずにいた。



その後も廊下やリビングなど部屋の外に設置したカメラを確認していたが、彼が自室から出ることは一切なく、

結局部屋を出たのは住み込みのスタッフが夕食の時間を告げた時のみだった。


時折紙をめくるような音がするだけで、それ以外はこれといった物音もしない。



映像が遮られた中、12時間近く同じ音だけが聞こえるだけの監視は、訓練を受けた周平にとっても相当ハードなものだった。




しかし、夕食を迎えてからは

最後の夜を精一杯楽しんでいる様子が伺えた。

それが更に周平の良心をグッと締めつける。


その後いつものバーに行くようだった。

最後の夜だけは周平は邪魔しないように店内には入らず、指向性マイクアプリの有効範囲である半径30mの範囲に停めた車中で待機していた。




翌朝、望は家を出て港へと向かう。


それを見届けた後、マンションの周りに昨晩から待機させておいた公安の人間に引き継ぎ、周平はマンション内に証拠を仕込み、カメラを全て回収したところで表向きには任務を終えた。



だが周平にはあと2つ、任務があった。

まず、オフィスへと戻る途中、望から依頼された任務にとりかかる。



それは芳田裕介の口座に100万円を振り込むというものだった。


その送金が完了した後、芳田裕介宛てに望のアドレスから「退職金」とだけ書かれたメールを送り、その履歴を完全に消去する。




国家転覆を図った危険な人間から、このタイミングで大金が送金されれば裕介にも迷惑がかかるのは火を見るよりも明らか。



だからこそ、エージェントの力を使う必要があった。

周平はそれに応え、振込先を海外の口座に偽装し、テロリストへの資金提供という金の流れの証拠として書き換えた。



仮に送金額が500円だったとしても、送金の事実さえ作ってしまえば、それを1000万円の資金提供が行われたことに書き換えるのは造作もないことだった。




続いて、オフィスに到着した周平は、カメラのデータを編集し、望がカメラに目隠しを行った事実は削除し、

いつもと変わらず朝から執筆作業を行っていたように偽装した。



その後報告書を仕上げ、本部へと送る。

これで正真正銘周平の【S】確保作戦は終わりを告げた。




中山望…本当にこれでよかったのだろうか。

【M適性】などというもののせいで、一人の男の命と、その周りの人々の人生を狂わせてしまった。



DPAは本当に必要悪と言えるのか?誰かのためになっているのだろうか?


自問自答を繰り返す。

周平が葛藤しているとき、港では今まさに【S】の確保が行われていた。



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