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22《もう一人の天才》

——— 午前4:20

周平はターゲットの家に着いた。

まだ中山望と、住み込みのスタッフは2人とも熟睡している。


組織が手配した雑居ビルの一室を拠点に監視を行う。


午前10時頃、ターゲットと住込みのスタッフが部屋を開けた隙に、室内に超小型カメラを計16箇所に仕掛けた。


その映像は拠点に設置したモニターにリアルタイムで表示される。



その日の夜、ターゲットは一人で近所にあるEau de Vieというバーへと向かった。



報告書によると、週に2~3回はこの店に足を運ぶようだ。



変装した周平は先回りしてバーで待つことにした。



斎藤ほどではないが、この3年間で多少なりとも変装の技術は身につけた。


仮にターゲットに接触し、その1時間後に変装を解いて再度接触しても、違和感を抱かせないレベルにまで達していた。



店に入ると周平はカウンターの入り口側の席へと案内された。


ビールを注文し、普通の客を演じながら店内を観察する。



少し遅れてターゲットが店にやってきた。


マスターに軽く挨拶し、案内されるわけでもなく、奥から3番目のカウンター席に腰掛ける。


報告書通り、この席がターゲットの定位置のようだ。



現在、店内には周平を含めて六人の客と二人のスタッフがいる。


カウンターの一番奥の席には、小説を片手にウイスキーを楽しむ70代くらいの男性が一人。


恐らく彼も常連だろう。

先ほどターゲットが座る際、彼に会釈をし、それにグラスを軽く持ち上げて応える様子を伺えた。



そして後ろのテーブル席には恐らく初来店と思われる三名の客がいた。



40代半ばの男性2人と、30代前半の女性のグループ。


話を聞いていると、どうやら広告代理店で働く同僚の様だ。


終始、客や上司に対する愚痴をつまみに飲んでいる。


普段あまりこういった店に来ることのない周平でもわかる、後ろの3人は場違いな客だと。


周平はビールを飲みながら、DPAが開発した特殊機能の一つである、指向性マイクアプリを起動した。



周平の耳の後ろには骨伝導スピーカーの機能を持つ透明なテープが貼ってある。


ちなみに任務中はオペレーターとの通話もこれを通して行うことが可能だ。


アプリを起動すると、画面上に今いる店内とスタッフの3D画像が表示される。


そこに表示されている人物をタップすれば、その選択した相手の会話を盗聴することができる優れものだ。



更に一度登録した相手は、半径5キロ以内であれば常に居場所を特定できる発信機の様な役割も果たしてくれる。


ちなみに盗聴の機能はターゲットとの距離が30メートル以内でなければ使えないという制限がある。



これぞまさに、スパイ映画さながらの秘密道具だ。

いつかジェームズボンドにもオススメしてあげたいとすら思える。



そういえば最初の任務のとき、斎藤に秘密道具といって渡されたのはツナギとバインダーだったな。

あんなものあれ以来一度も使った事がない。


つい一人で思い出し笑いをしてしまうが、慌てて平静を装う。



尾行中に他人の印象に残る様な行動をとることは御法度だ。


こんなことを斎藤にバレたら1時間は説教されるだろう。

そんなことを考えながらも、耳はターゲットの会話に集中していた。



そして時計の針が深夜1時をまわった頃、ターゲットは支払いを済ませ店を出る。

15分程の間隔をあけて周平も店を後にした。



この週は4回。

毎回深夜0時を回る頃にこの店へやってきては1時間ほど飲んでから帰る。


Eau de Vieでのマスターとの会話はいつも他愛もない世間話。


作業場でのスタッフとの会話やカメラの映像をチェックしても特にこれといった違和感はなく、小説家の日常がそこには映し出されているだけだった。



そしてスタッフや時折やってくる担当編集者にも信用されているのが会話の節々から感じられる。


——— やはりこんな任務は間違っている。



周平の中で、答えが出た。

この人を犯罪者にすべきではない。




しかし実際問題、DPAにターゲット認定されてしまっては、逃げることは容易ではない。


少なくとも、国内にいて逃げ切るのはほぼ不可能だろう。


可能性があるとすれば、国外。

それもDPAの息がかかっていない国でなければならない。



そのためには、まず接触してDPAの存在と、自分がターゲットにされていると言う事実を理解させる必要がある。



それから2日後、周平は望に接触を図ることにした。



店とマンションをつなぐ一本道の真ん中で、今日は変装なしで待つ事にした。


しばらくして向こうから望が歩いてくる。

声を掛けようと歩み寄る。



「あ、こんばんは!今日もこれからEau de vieですか?」

なんと望の方から話しかけてきた。



想定外の出来事に周平は言葉が出ない。

そんな周平を他所に望は続ける。


「いつも違う格好でカウンターの端に座ってる方ですよね?」



この男が何故それを知っているのか、もはや意味がわからない。



どちらにせよ、この後全てを話すつもりだったので、素直に尋ねる。



「ぁ...えっと、いつから気付いてたんですか?」



「2回目に一緒になった時です!

僕、こう見えて小説家なんですけど、小説のネタ探しで、常に人を観察して分析する変な癖がついちゃって。まぁいわゆる職業病ってやつです」


望は笑いながら答えた。




どの業界でも一流として活躍する人はどこか常人離れしている。



周平は尊敬とドン引きのハーフの様な、なんとも言えない表情で、愛想笑いで誤魔化すしかなかった。




望は好奇心に満ちた目で更に聞いてきた。


「毎回行くたびに、別人になりきっている人がカウンターに座っているんで気になってたんですけど、劇団員とかですか?」




この人の目には斎藤さんの変装はどう映るのだろう。

変装の天才と人間観察の天才


...もしかして俺は今、もの凄い人たちと関わっているんじゃないか?



周平はこの短時間で望に魅せられていた。


やはり、この人は助けなければならないと直感的に感じた。


深夜で人通りが少ないとはいえ、さすがにここで立ち話を続けるわけにもいかない。



まず簡単に身分と所属を明らかにし、変装していた経緯を手短に話した。


その上で、所属する組織に狙われており、そんなあなたが守るに足る人物かを判断するために、この数日間観察していたと伝えた。




しかし、当たり前のことだが望はまったく信じていない。


むしろ、ヤバいヤツに声をかけてしまったなという目で、笑いながら後悔しているように見えた。




周平は真剣な表情で、続きを聞くかは望の判断に委ねた。



「...にわかに信じ難いけど、仮に本当なら僕結構やばいですよね」

呑気な返事がかえってきた。



「もしこの続きを聞く気がなければ言ってください、僕は二度とあなたの前に現れません」



「ん〜...信じるかどうかは別として、続きを聞きましょう、嘘なら嘘で小説の題材として活かします」


望は相変わらず呑気にこたえた。



「さぁ、続きはいつものバーについてからにしましょう」

そう言うと望はスタスタと歩き出した。




望は店に入るとマスターに挨拶し、今日は友人が一緒だからテーブルにすると伝え、店の一番奥にある席に座った。



一番奥の席はトイレに行く動線沿いにあるが、店全体を見渡すことができ、更に他の席とも離れていた。


今日は客も少なく、珍しく他の常連客の姿もなかった。



個室ではないが、こう言った話をするには適している。


望は席に向かう途中でマスターに注文を告げた。


「ジェントルマンジャックのソーダ割とビールお願いします」


驚いたことに変装を見破られていただけでなく、俺がいつもビールを飲んでいることまで把握していた。




席に着くと、望は何故組織を裏切ってまで接触してきたのかを尋ねた。


「俺たちは正義の味方じゃない、一言で表すなら必要悪。悪には悪なりのルールがあるが、今回の任務はそれを逸脱している。だから俺は自分の心に従う事にしたんです」



情報を外部に漏らすという絶対的タブーを犯すという事はDPAから命を狙われてもおかしくない。


自身にとってデメリットしかない事を十分理解した上で、冷静に下した判断だった。





——— 相手は毎回変装している自称秘密結社のエージェントという怪しい男。


そんな男に突然、自分が謎の機関の陰謀で身柄を拘束され死刑になるなんて話、普通は突飛すぎて信用できない。


やはり望も話を聞きながら、フィクションだとしても謎の組織の陰謀はありきたりすぎるかな〜などと呑気に考えていた。




DPAという組織が死刑判決をうけた凶悪犯を洗脳してドリームランドで働かせていること。


【M適性】の話。


これが世界規模の計画だということ。



望に信用してもらえるよう、多くの情報を話した。


望はそれを遮ることなく静かに聞いていた。

しかし、それは話の内容ではなく、想像力豊かなこの変装の名人そのものを小説の題材にしたいと考えて観察しているだけだった。



しかし、周平がかばんからタブレットを取り出し望に手渡した。

そこにはDPAによる、約30年分の望の調査報告書が詰まっている。


それを見せると望の表情は一変する。



そこにある資料は、フィクションをノンフィクションへと変えるには十分すぎるものだった。


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