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21《 S 》

【S】について榊が説明をしている間、背筋をピンと伸ばして聞く周平。



トップエージェントとして認められたこと、そしてシニア昇格の確約を手にしたこと、

更に機密事項を知るに足る人物と評価されたことなど、思ってもいないチャンスや評価に有頂天になってもおかしくないくらい興奮していた。



しかし榊の持つ眼光の鋭さと、醸し出すピリっとした空気感が、それを打ち消すには十分な程に周平を緊張させていた。



そんな周平に配慮し、丁寧にゆっくりと説明をするが、かえってその丁寧さが榊の迫力を増幅させていた。




——— まず、君たちエージェントが凶悪犯の脊髄から犯行直後の血液を採取する。

これは特殊な脳内麻薬を得るためだ。


それにはDPAを創設した5人のうち中心メンバーであったディーズリーをコールドスリープから覚醒させるために必要な成分を含むとされており、それを得ることが目的だ。



そしてM適性というのは、知っての通り我々組織の表の顔であるドリームランド。


そのメインキャラクター マイキーを演じるために使用するナノマシン。

それに適合する一種の特殊な才能のことをいう。


ちなみにM適性がない者の体内にマイキー専用のナノマシンを入れると、オーバーヒートして数分で人体が内側から黒焦げになってしまう。


現在国内のドリームランドに収監しているM適性を持つ死刑囚は僅か2名。



本来は、5人は必要と言われているものを、2人で演じているため、いつ限界がきてもおかしくない状況だ。



ここまでは君も知っていることだろう、重要なのはここからだ。


今回ターゲットである【S】というのはM適性を持つ一般人のことを指す。


【S】は今までも、そしてこれからも凶悪犯罪とは無縁の存在だ。


【S】確保作戦は、ドリームランドにおいてマイキー役の人材が不足しており、且つM適性を持つ犯罪者及び犯罪者予備軍がいない場合において、

本国にいる長官の許可のもと実行される。


これは、今までの歴史の中で過去にフランスで一度だけ行われたことがある。


つまり、今回きみに任せるこの作戦は、世界中のDPAにおいて史上二度目の最重要任務ということになる。



いいか、無実の善良な一般市民。

そんな相手に手を出さねばならないほど状況は逼迫している、頼んだぞ。



詳しいことはオペレーターから聞いてくれ。

それと、この話は自身のバディと担当オペレーター以外には他言無用だ。



ちなみに現在マイキーを演じている二人を担当したのは君の上司である斎藤だ。


彼は執行部メンバー以外で唯一この話を知っているエージェントだ。


だが今日からは、それを知る人物はもう一人増えることになった。


きみには個人的にも期待している。

よろしく頼むぞ。






——— 説明を聞き終え、榊のオフィスを後にする。


榊の期待に応えたいと心の底から感じている自分と、

無実の人をターゲットとする事に戸惑いを隠せずにいる自分が混在していた。




本部を後にし、いつもの斎藤のオフィスに向かう道中、今回の任務について考えていた。



任務について相談したかったが斎藤にはまだ連絡がつかないため、とりあえず五十嵐に相談がてらターゲットについて聞く事にした。



いつもの特殊回線を使いオペ室に連絡をする。


「はい、こちらオペ室 三井です」




知らない男の声が響く。

一瞬言葉に詰まったがひとまず挨拶をする。



「お疲れ様です、エージェントの松本です。あの、五十嵐さんは...」



「あぁ、エージェント斎藤の担当の五十嵐は現在休暇中です。松本さんの担当は私が努めますのでよろしくお願いします」




そう言うと三井は【S】についての概要を説明しはじめた。


——— ターゲットは中山望31歳

独身

職業は小説家

独身だが自宅兼作業場には世話係のスタッフが一人、住み込み状態で働いています。



より細かい情報や住所等は、松本さんの端末に送ったので、確認しておいてください。



そう言って通信が切れた。




これまで五十嵐は自分達の担当だと思っていたが、斎藤だけの担当という事に少し寂しさを覚えた。



まだ三井が信用できる人物なのか判断ができずにいたため、任務への戸惑いや疑念については胸の奥にしまい込むことにした。



行動の正しさを自分で信じられないまま任務にあたっても、今までの様に良い結果が得られる自信はない。



精神的な面において、これまで斎藤に頼りきっていた事に改めて気付かされた。




いい機会だ。

自分の行動の意味は自分で見つけてやる。


そう自身に言い聞かせパソコンを開き、三井から送られてきた情報に目を通す。



中山望31歳

独身住込みスタッフ有り

都内のマンションを作業場兼自宅として使用

職業は小説家

作家としての名前は『荒井端望』

29歳のときに【昼下がりの満月】で直木賞を受賞

現在シリーズ化しており大ヒット中

同作の映画化がすでに決定している



「え...」


思わず声が出る。

つい昨日まで夢中になって読んでいた本の作者がターゲットと知り周平は唖然としていた。




「情報の確認は済みましたか?」


不意に三井から連絡が入り、周平は動揺を隠しながら答える。


「ええ、今確認したところです」




「では、改めて今回の任務についてご説明します」

淡々と説明した。



——— ターゲットはこれまで衛星と監視員を使い長期間監視をしてまいりました。


しかし、実行に移すにあたって、それも今日で終わりになります。

監視していた衛星も切り、監視員もカメラも本日24時をもって全て回収されます。


これ以降ターゲットに干渉できる権限は、現在任務を任されている松本さんにしかありません。

つまり組織がこの件に関する全権を松本さんに与えたということになります。



確保日程なども含め、全て松本さんの指示でDPAが動くことになりますので、そのつもりでいてください。



無実の人間の人生を潰してしまうのは組織としても不本意ですが、状況は逼迫しております。


そのため、苦渋の決断であり、エージェント斎藤が不在の今、彼に次ぐ優秀なエージェントである松本さんに一任するというのが、DPA日本本部の決定です。


松本さんの任務は証拠の捏造と仕込み、及び確保日と場所の決定です。



正確にはデータ関連の証拠はこちらで用意します。


それをターゲットのパソコンやスマートフォンに忍ばせてください。


確保後はラボに移送し、約26時間かけてM適性についての検査を行い、その後約3〜4時間後に世間に逮捕を発表します。


家宅捜索は発表と同時に行います。

ですのでそれまでに証拠等の仕込みをお願いします。


また、容疑についてはこちらで既に決めてあります。


それに合わせて証拠を作成するため、今後のターゲットの動きに合わせてリアリティがあるシナリオを考えてください。


最終的に確保場所等のご連絡をいただければ、こちらで手配した特殊チームが迅速に確保を行います。




「いったい、何の容疑で逮捕するつもりだ?」


無実の人間の人生を潰すことになるにも関わらず、それを淡々と説明していく三井に不信感が高まり、ついつい敬語を忘れた。



周平の声のトーンが変わったことに気付いているはずだが、三井はそれも意に介さず淡々と答える。



「容疑は外患誘致罪です。この法定刑は死刑のみです。テロリストへの金の動きや、密会の証拠などは松本さんの方でお願いします。

先ほども言いましたが、メールなどのデータ関連の証拠はこちらで準備します」




今度は何も言うことなく、周平から通信を切った。



胸糞悪い。

この言葉は知っていたが、こんなにも気分の悪いものだとは知らなかった。



榊とは違い、三井に『優秀』だと言われても何故か嫌悪感が増すだけだった。


直感がこの男を信じるべきではないと告げている。




この任務をこなせば、恐らくエージェントとして大きく成長できるだろう。


しかし、人間としてそれでいいのだろうか。

この先俺は、胸を張って生きていけるのだろうか...


周平の中で葛藤が渦巻く。





——— あまり悩んでばかりいても仕方がない。

まずはターゲットの調査を行い、自分の目で判断しよう。


もしかすると罪を犯していないだけで、根は極悪人の可能性もある。


決断するのはそれからでも遅くはないはずだ。

そう自分に言い聞かせ、周平は任務の準備を始めた。


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