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19《Another Story-04 斎藤宗明 》

翌日、オフィスに行くと案の定秋山は来ていない。



DPAが開発したアルコールを分解する注射のお陰で、二日酔いとは無縁、それは秋山も同じはずだ。


つまり、シンプルに寝坊だろう。




やれやれと溜息をつきながら植木鉢をずらす。


「......ない?」



鍵がない。

きっと秋山が合鍵を持ったまま帰ったんだろう。


仕方がないので待つことにした。




——— 5分


——— ——— 10分


——— ——— ——— 20分


ようやく秋山がやってきた。



「遅れてごめんねー。斎藤くん律儀だねー、中入ってれば良いのに」


ヘラヘラとした態度で秋山がやってくる。



「いや、鍵が植木鉢の下になくて」



秋山がひょいっと背伸びをし、ドア枠の上に手を伸ばして鍵を手に取る。


「合鍵を毎回同じとこに置いたら不用心でしょー?」



「いやいや、事前に教えてくださいよ...」



「他人に合鍵の場所教えるのも不用心じゃん」




いや、ここオフィスじゃん。

俺バディじゃん。

そもそも時間通りに来いよ。

と目で訴える。



「ごめんごめん。でもさ、エージェントって観察力が重要じゃん!どこに鍵を隠すのか、思考を読んでみなよ。これが俺なりの研修ね」



次こそは合鍵をみつけて、このクソしょーもない研修をさっさと終わらせてやる。



「あ、言い忘れてたけど研修が終わるまでは、ターゲットが犯行を起こす現場には連れて行かないから、そのつもりで頑張って」




斎藤は得意の観察力を駆使して秋山の思考をトレースしはじめた。


次に鍵を置く場所、秋山の行動を読むべく、秋山に穴が開くほど観察する。



ちなみに、次にオフィスへ行ったときは鍵は隠されておらず秋山が持ち帰っていた。


秋山曰く、

「いつも置いてたら不用心だし」




その次は、探すのも時間の無駄だしどうせ秋山も遅いから敢えて20分遅れでオフィスへ行った。


探さないで待ち時間を減らす作戦をとることにした。



オフィスにつくと、既に秋山がコーヒーを飲みながらパソコンを開いていた。


「重役出勤ですかー、良いご身分ですなー」

とニヤニヤ笑いながら斎藤を迎える。



「ぐ...スイマセン」


思考を読んで行動している斎藤、常にその一歩先をいく秋山。


斎藤は毎回苦汁を飲まされていた。




それに加えて、ターゲットの監視までしかさせて貰えず、犯行時はオフィスへと強制送還されることにも次第にフラストレーションが溜まっていった。




任務中はターゲットに付きっきりになるため、オフィスに行く機会はそんな頻繁にあるわけではない。



しかし、エージェントに配属されてから早くも2ヶ月が経とうとしているが、未だに研修をクリアできずにいた。




「斎藤くーん、そろそろ俺一人で任務やんのも疲れちゃったんだけどー。研修内容もう少し簡単にしようか?」



「ぐっ、、、」


悔しさが既に最高潮に達しており、秋山に言い返すだけの言葉が出てこなかった。



「例えばコイントスして、表裏当てるとかにしようかー?当たるまで何度でも挑戦していいからさ!」



「...結構です」

一言絞り出すだけで精一杯だった。




斎藤の人生でここまでの屈辱は初めての経験だった。


幼い頃から割と器用な方で、運動神経抜群、成績は常に学年でもトップ10に入る程には勉強ができた。



そんな斎藤が、たかが宝探しゲームでボロ負けしている。


なんでも器用にこなしてきた斎藤は、"半人前"という評価に耐性がなかった。



皇にもとことん怒られたが、それとは事情が違う。

今回は手も足も出ないといった状態に近かった。



この日の任務が終わり、自宅へ帰ると悔しさを抑え込み、もう一度初めてオフィスに来たときのことから全ての記憶を辿る。


しかし次の隠し場所や秋山の行動を推理するだけの手掛かりが見つからない。



あまりの悔しさ、そして任務に関われない不甲斐なさから焦りが生まれ、視野が極端に狭くなっていた。



気付くと1時間以上も同じ記憶を巡っていたが、未だに収穫は何もないままだった。



頭を使いすぎて、さすがに目眩がする。

半ば諦めかけていることに気付き、気分転換もかねてシャワーを浴びることにした。




浴室に反響するシャワーの音が心をほぐし、斎藤に冷静さを取り戻させた。


頭の中が空っぽになり解放されるような感覚になる。

それと同時に記憶の中の秋山の行動に違和感を覚えた。




先程までとは明らかに違い、視野が広くなった、この状態でもう一度記憶を遡る。


——— やはり思った通りだった。



冷静さを取り戻したことで、本来秋山がとっていなければならないはずの行動が、一切行われていなかったことに気付いた。



斎藤の顔に明るさが戻る。



それから10日後、斎藤は無事研修をクリアすることができた。





その日、秋山は30分ほど遅れてやってきた。


いつもと違い、オフィスの鍵が空いていることに気付き「おっ」と声を漏らす。




ドアを開けると、中でのんびりコーヒーを飲みながらくつろぐ斎藤と目が合った。



「ついに研修クリアだな!おめでとう!早速答えを聞こうか」




「最初から合鍵は存在しない。それが俺の答えです」



「よく気付いたな!」

笑顔で斎藤を讃える。




秋山の思考をトレースすべく、どんな行動も、ひとつも漏らさぬ様に観察していた斎藤。


その中で秋山は一度も鍵を手放していなかった。


オフィスを出る時は秋山が施錠し、秋山についていく形で斎藤は動く。


そして任務中は現場で付きっきりで監視を行い、

任務後にはオフィスに戻ることなく帰宅している。



もし本当に合鍵があるのなら、そのカギを隠さなければならない。


しかしそんなチャンスは一切なかったにも関わらず、毎回ありとあらゆる場所から合鍵は出てくる。



それは、植木をどかすときも、ドア上のスペースから合鍵を取り出すときも、

予め手に持っていたカギを、あたかもその場所から取り出したかのように見せる手品を披露していただけだった。



「初日に植木の下から鍵を取った時、あなたの発した"合鍵"という言葉。このたった二文字が、存在しないはずのもう1本の鍵を俺の中に作り出した。

この一言から全ては始まっていて、まんまと俺はこのミスリードに引っかかったってことですね」



「素晴らしい!完璧な推理だ!ところで、今日はどうやって入ったんだ?ピッキングか?」



——— 斎藤は合鍵がないことに気付いた翌日、鍵穴の型を取りそれを元にDPAの技術室通称:テックに合鍵の作成を依頼した。


まさか普段ハイテクな秘密道具を作っている彼らの技術を、何の変哲もない合鍵を作ることに使うなど、仮に思い付いても、申し訳なさすぎて普通はできない。


例えるなら、イーロンマスクにプラモデルの組立を依頼するようなものだ。




斎藤はポケットから二ツ折の紙を取り出しながら答えた。



「無いなら作れば良い。ってことでコレ合鍵の作成の領収書です」



「ぇ、それ俺が払うのか⁉︎」



「秋山さんてDPAに入る前はきっと手品師かなんかでしょ。マジックでお金出したらいいじゃないですか簡単でしょ?」



ふぅ、とため息をつきながら秋山は領収書を受け取り、それを丸めて息を吹きかけると領収書が消えた。



「いっけね、領収書が消えちゃった。これじゃ受理できないや」



「いや、マジかよ、、、」


この期に及んでたった2000円程度の金額をごねられると思わなかった。

しかも手品で消すなんて高度で幼稚な大人気ない行動に出るなんて。



秋山はしてやったりといった笑顔で言った。



「ちなみに俺は、DPAに入る前の職業はメンタリストだ。おしかったな名探偵くん」



秋山は必要最小限の言動で相手を誘導し、動きをコントロールする優れたメンタリズムがスカウトの目に留まり、DPAに加入した経緯を持つ。



「さ、コレが今日の任務の資料だ。研修を無事クリアしたお前の初任務だ。改めてよろしくな"斎藤"」





——— 「てな感じで俺のエージェントとしてのキャリアがスタートしたってわけだ」


周平は斎藤が話している間、一言も発することなく息を呑む様に聞き入っていた。



「このときの俺のバディの秋山さんが今の日本の本部長だ、スゲェだろ!そんで俺がシニアになったタイミングで担当としてついたのが由美ちゃんだ」



「そうやって私と斎藤さんは運命の再会を果たしたんですよ!」

五十嵐が席へと戻ってきた。



「お礼言っとけ、俺らの話を邪魔しない様に気を遣って別の席で待っててくれたんだぞ」



「え、そうなんですか⁉︎すいません!」


「気にしないでください、斎藤さんのツケで高いシャンパン飲んで待ってたんで」


五十嵐は今日一番の笑顔で答えた。



片や、斎藤はとびっきりの苦笑いでバーカウンターに目をやると、それに気付いた店長が高級シャンパンの空ボトルを持ち上げて見せた。


「えげつねぇ」


ポツリと呟き、斎藤は店で一番安い焼酎を水割りで追加注文していた。


この後も歓迎会は続き、3人は遅くまで楽しく過ごした。



明日からの任務に備え、店の出口で渡される注射を打ち、シラフに戻り各々帰宅して行った。



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