斎藤は新卒で警察官として働いていたが、とある事件がきっかけで警察をやめることになり、
その後DPAにスカウトされ組織に加入することになる。
DPAに加入するには、二通りの方法がある。
ひとつは現職員の推薦。
そしてもう一つがスカウトだ。
優秀であれば良いというわけではなく、スカウトの目に留まるスキルや才能があり、その上で組織との適性がとても大切になる。
例えば松本周平、彼は数学オリンピックに出場するほどの計算能力と頭の回転の速さがある。
そしてヤマこと、山崎隆二は類まれなるハッキング能力を持つ。
噂では国防総省のサーバーやバチカンのサーバーに侵入したとかしないとか。
副本部長の榊は人心掌握術の高さ。
統括部長の皇はメンサ会員として認められるほどのIQの高さと、人材育成能力の高さが評価された。
このようにスカウトされる人間には特殊な才能がある。
斎藤は高校生時代に柔道でインターハイで3連覇を果たしている。
そして剣道は、町の道場に通っており、大人も参加する年齢制限のない大会で中学のときに、全国大会ベスト4の成績を収めていた。
しかし、彼がスカウトされた理由は武術ではない。
彼が高校生のときに年齢を偽り、アルバイトしていたバーでスカウトの目に留まった。
どんな相手に対してもベストな距離感、そして相手の信用をすぐに勝ち取る話し方と空気の作り出し方。
スカウト曰く、
「適切な言葉がみあたらないが、人たらしの究極系の原石」と称した。
しかし、当時はまだ未成年ということは調査でわかっていたため声をかけることはしなかった。
そして斎藤は、高校を卒業後警察官として働き、23歳のとき捜査一課へと配属された。
彼の妹、斎藤絵里は獣医を目指す高校一年生。
2人は両親を幼いころに失くしており、唯一の親類である母方の祖母の家で過ごしていた。
斎藤も持病のある高齢の祖母と思春期の妹をおいていけないという理由から、地元から比較的近い地域での勤務を認められた。
ある雨の日、絵里は放課後に塾へと向かう。
しかし、いつもなら帰宅している時間を過ぎても帰ってこない上に連絡がつかないことを心配した祖母が斎藤に連絡をした。
ちょうど退勤するタイミングだったため、帰りがけに絵里の通う塾へと寄った。
しかし、絵里はいつもの時間に塾を出たと伝えられる。
嫌な胸騒ぎがする。
ツゥーっと背中を冷たい汗が流れるのを感じた。
塾周辺や絵里が行きそうな場所を手当たり次第に探すが見当たらない。
そのとき斎藤の携帯に同僚から電話が入った。
電話に出ることを躊躇するほどに、心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。
繁華街の公園で少女の変死体が見つかり、所持品を確認したところ絵里だということがわかったという連絡だった。
何かの間違いと自分に言い聞かせながら、それが絵里ではないということの確認へと急いだ。
——— 病院へつき、変わり果てた姿の妹と再会を果たす。
そこに横たわるのは、紛れもない絵里本人だった。
昨晩会ったときはいつもの太陽の様な笑顔だったのに、たった一晩で変わり果てた姿になってしまった。
その姿を見て斎藤は声を上げて泣いた。
そして、このことを心臓の悪い祖母にどう伝えるべきか...
——— 同僚たちの協力のもと、無事葬式を終えた。
しかし祖母はあれから、体調を崩してずっと寝込んでいる。
病院へと連れて行ったが精神的なものが原因で時間が解決するのを待つしかなかった。
斎藤も憔悴しきっており、しばらく仕事を休んでいた。
一ヶ月後、仲間たちの捜査の甲斐もあり、犯人逮捕が告げられる。
しかし犯人逮捕を待つことなく、祖母は持病が悪化し亡くなってしまった。
一ヶ月前までの幸せな生活が一変し、斎藤は天涯孤独となった。
その後、裁判が行われるが、犯人は心神喪失を理由に無罪となる。
最愛の妹を亡くした上に犯人は無罪。
自身の仕事の意味を見失うと同時に法の限界を痛感した。
このままの精神状態で警察官をやっていると、いずれ犯人を手にかけてしまうと感じ、幼いころからの夢だった警察官の職を離れることを決意した。
DPAは斎藤を常に監視していた。
今回の事件のこと、そして天涯孤独となった上に警察も辞め、社会との繋がりがなくなったこのベストタイミングを逃すわけがなかった。
DPAの人材発掘を任される通称『スカウト』。
そこのトップが直々に斎藤の元へ訪れる
ある日、斎藤が公園のベンチに座っていると一人の男が話しかけてきた。
その男は隣に座り、自身のことを宇賀地と名乗り、ご丁寧に名刺まで渡してきた。
とある組織にスカウトしたいという提案をしてくる怪しい男に斎藤は警戒し、話の内容によっては武力で制圧して警察に突き出すことまで考え殺気をむき出しにしていた。
男はその殺気に気付きながらも話を続けた。
その中で妹の事件や祖母のことにまで触れてきた。
今の斎藤を相手にその二人のことに触れるのは自殺行為そのものだった。
男の真意がわからないため、ギリギリまで抑えていた斎藤だがついにキレた。
——— が、しかし
獣の如く飛び掛かると同時に、宇賀地は斎藤の心を的確に突いてきた。
「あの犯人だが、本当に無罪になったと思ってるのか?」
胸ぐらを掴み、宇賀地の左頬に拳を叩き込む直前に止める。
あと一瞬遅ければ宇賀地は地面に転がっていた。
「どういう意味だ?」
僅かに残っていた理性が尋ねた。
怒りはまだおさまっていない。
続く言葉次第では、止めた拳の時間が動き出す。
今の斎藤は、言葉を話す獣という例えがぴったりの凶暴な目をしている。
宇賀地は臆することなく続けた。
「口で伝えるよりも見た方が早い...良いかな?」
そう言って胸ぐらを掴んでいた手を解かせ、鞄からタブレットを取り出し、斎藤に手渡した。
「これは...」
斎藤の表情がひきつる。
画面には忘れることのない、憎き犯人の顔が映っていた。
しかし、どうも様子がおかしい。
椅子に座ったまま一点を見つめて動かない。
「彼は手術により脳の感情を司る部分を破壊した。
このあと強力な催眠をかけて、自我と感情を持たない労働力として死ぬまで使い続けられる。
信じられないなら今から見に行くか?」
この男は何を言ってるんだ...?
でも、画面に映る男は絵里を殺した犯人で間違いない。
これもさっきの、とある組織と関係あるのか?
斎藤は脳をフル回転で思考を巡らせる。
しかし、仮に何かの罠だとしてももう失うものはない。
なんだったら生きる気力すら失いつつある。
万に一つも犯人に会うチャンスがあるなら活かさない手はない。
「変な小細工してみろ、お前を殺す」
言葉は凶暴だが、頭は先ほどよりも冷静に働いている。
宇賀地の運転する車に乗り、現地へと向かう。
行先は聞いていないが関係ない。
何時間かかろうが、予定なんてものは一つも入っていない。
タブレットでは、リアルタイムの映像の他に、アーカイブとして過去の映像を遡って見ることができた。
一番古いファイルを開くと、犯人が無罪判決を受けた直後から映像がスタートした。
措置入院を言い渡されたにもかかわらず病院へは行かず、謎の地下室へと連れていかれた。
そこでのやりとり、そしてその後運ばれた先で脳の手術を受ける。
「ボリュームを下げな。通常は意識がない状態で手術をするが、こいつは特別に麻酔を使わずに行った、マジでうるせぇぞ」
宇賀地が言い終わる前に大音量の叫び声が車内に響く。
斎藤はボリュームをMAXにしていた。
——— ほどなくして悲鳴は聞こえなくなった。
そこまで見ると斎藤はタブレットを返すし、目的地へと到着するまでの2時間、一言もしゃべることなくずっと窓の外を眺めていた。
「そろそろ着くぞ」
こういった場所に縁のない斎藤でも知っている。
ここは日本でもっとも有名なテーマパーク、ドリームランド。
その関係者専用駐車場へと車は入っていった。
地下にある駐車スペースへと止めると宇賀地はついて来いといい建物の中へと入っていった。
先ほどまで見ていたスナッフビデオさながらの映像とは正反対の空間に少々戸惑っていたが、ついていくことにした。
中へ入るとエレベーターのところで宇賀地は待っていた。
「これから行くところは本来存在しない場所だ。
仮に今回の話を受けない場合でもここのことを口外すればそれは組織に狙われることになる、忠告したからな。もし気が変わったなら今すぐそっちの出口から出るんだ」
斎藤は無言のまま宇賀地の目を見下ろす。
「イエスってことでいいな。では今からヤツに会いに行こう」
エレベーターに乗り、2人は更に下の階層へと降りていく。
そしてある部屋へと案内された。
中は何もない真っ白な部屋。
その真ん中に椅子に座った状態で一点を見つめるヤツの姿があった。
それを見るやいなや掴み掛かろうとしたが、男の前にある透明なアクリルの壁が斎藤の接近を拒んだ。
入り口のところに立つ宇賀地が声を掛ける。
「これから10分間、君はあの男と2人きりだ。何をしようと罪になることはない、10分後また俺がこの扉をあけたとき、最終的な答えを聞かせてもらおう」
宇賀地が扉を閉め、鍵をかけると同時に透明な壁がスッと下がり2人を遮るものはなくなった。
——— 12分後、宇賀地は扉を開ける。
そこには素手で考え得る拷問の限りをつくし、原形をとどめないほどに顔が変形していてもおかしくないはずの男が、12分前と変わらない姿勢で座っていた。
「10分じゃねぇのかよ。時計も読めないのか?」
扉の近くの壁に寄りかかるように座る斎藤の姿があった。
「2分はサービスのつもりだったんだがな...いいのか?もう少し時間が必要だったか?」
斎藤は立ち上がり、宇賀地のことを相変わらず見下ろした。
だが今度は、威嚇ではなく冷静に。
「あんたらの組織のこと、もっと教えてくれ」
「つまり、答えは?」
宇賀地が尋ねる。
「イエスだ、オファーを受けよう」
こうして斎藤はDPAに入ることになった。
帰りの車で宇賀地は斎藤に話しかける。
「意外と大人なんだな。てっきりヤツを紙粘土みたくぐちゃぐちゃにするもんだと思ってたよ」
「そんな虚しくなるようなことしねーよ。さっきの悲鳴で十分だ」
窓の外を見ながら斎藤は答えた。
家の前まで斎藤を送り届け、スマホを手渡す。
「今後のことはこのこれに連絡がいく」
無言で受け取る斎藤。
車を降り、ドアを閉めようとした手を止め、車内を覗くように声をかける。
「手術の前だったら紙粘土にしてたよ。俺はそこまで大人じゃない」
そう言うとドアを閉めた。
宇賀地は笑いながらその場を去った。
車の中で宇賀地は興奮していた。
これだ、この違和感なく急激に懐に入ってくる能力。
社会人になり、一段とその能力に磨きがかかっていた。
宇賀地は斎藤の人間性に魅せられていた。
スカウトと他の部署は直接任務で関わることはないが、2人は時々酒を飲むような仲になっていた。
DPAに加入したばかりの研修中の新人が、スカウトのトップとタメ口で会話する姿は異様だったが、不思議とそれに嫌悪感を抱く者はいなかった。