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14《惨劇》

DPAの歴史について聞き入っているうちに車はターゲットである寄木遊真が暮らす家の近所にいた。



「由美ちゃーん現着したよ!ターゲットは今も家の中かな?」



「お疲れ様です。はい、現在リビングでテレビを見ているようです」


ノリの軽い口調の為、いまいち緊張感が沸かないが、これから凶悪犯の調査を行う。



すると斎藤は車を止め、周平に後部座席に積んであったバッグを手渡す。


中を見ると紺色のツナギが入っていた。



「サッ、着替えろ」


周平は言われるがままに狭い車内で着替えた。

一緒に入っていた同じ色のキャップも被る。


着替えが終わると、斎藤が秘密兵器を授けると言いながらバインダーを手渡してきた。



「ツナギにバインダー、これさえあれば家の裏にいるのが目撃されようと怪しまれることはない。お前は今からガスメーターの点検作業員 松山博だ。さぁ、しっかり探ってこい」


周平の左胸に架空の社員証をつけると車から追い出した。



初任務でツナギにバインダー。

ハイテクとはほど遠く、スマートさのかけらもなかった。


しかし、それもすぐに誤りだと気付いた。

インカムで斎藤からバインダーの機能の説明がされた。



キャップにデザインされている架空の会社のロゴ。

その一部にセンサーがついており、室内の様子がサーモグラフィによって手元のバインダーに映し出される優れものだ。


その機能を先に言ってくれればスキップでターゲットの家の裏に入り込むのに。

ブツブツと独り言を言いながら室内の様子を探る。


しかし、研修では一通りの道具の扱い方を身につけたが、この道具は初めて見た。

もしかしたらルーキーとシニアで扱える道具の幅が広がるのだろうか...


そんなことを考えながらも、今は任務に集中した。


室内の写真を何枚か撮影し、玄関側へと回る。



玄関脇に物置が置いてあるのを見つけた。

見るからに古そうな物置で、音を立てずに戸を開けるのは難しそうだった。


近所で工事をしている音に合わせて少しずつ戸を開けようと試みたが、鍵がかかっておりびくともしない。


そのとき玄関横にある部屋の窓が開いることに気づいた。


そこから中へ侵入を試みようとしたとき、インカムから斎藤の声が聞こえた。


「ストップ!一旦戻れ、命令だ。」



特に収穫もないまま車へと戻った周平に齋藤は尋ねた。


「お疲れさん、で、何かわかったか?」



周平は、成果を上げられず申し訳なさそうにボソボソっとこたえた。


「これといって特に…ただ、怪しい物置があったのでもう一回っ…」



斎藤は周平の言葉を遮るようにタブレットを手渡した。

画面を見るとそこにはターゲットの室内の映像が映し出されている。


「え、これって…」


「そうだ、リアルタイムの映像だ。さっき由美ちゃんが言ってただろ? ターゲットの監視は今日が初日じゃないって。

これまでずっと監視をしてきて、いよいよってフェーズに来たから俺らが来た。それまでは室内に仕掛けたカメラで監視してたんだ」



俺がダサいツナギで危険を冒してまで敷地内に行った意味ねーじゃん。

周平は心の中で呟いた。


だが、それがまるで聞こえていたかのように斎藤は続けた。



「お前を行かせたのにはちゃんと理由がある。でも、あのまま放っといたら物置のドアこじ開けたり、室内に侵入したりとか色々やらかしそうだったから、予定よか早めに呼び戻したんだよ。オマエ意外とヤンチャだなー」


そう言って斎藤は笑っていた。



しかし、周平はまだ納得がいっていない様子で尋ねる。


「俺は結局何をすればよかったんですか?室内はカメラが見てるし、ドアをこじあけてもダメだし…」



周平の言葉を遮る様に斎藤は答えた。


「もっと頭を柔軟に使っていれば成果は大いに期待できた。けど、まぁ初めての現場でいきなりこんなことできる大型新人は俺以外知らないけどな」



「俺はいったい何を間違えたんですか?」


周平は食い気味に尋ねた。



「よく思い出せ、俺はこの格好なら見つかっても不審に思われないとは言ったが、見つかったら駄目だとは言ってない。

リスクを負って近付くなら、画面越しではわからないリアルな反応を観察する。つまり、俺なら敢えて見つかりに行く」


斎藤が何を言いたいのか周平も理解した。


「DPAとしてバレなければいいのか」


「お、理解力は早いみたいだな!例えば俺なら室外機の点検作業員になりきり、その上で存在を気付かせる。

そのためにさっき由美ちゃんにターゲットはどこにいるか確認したんだ。仮に何か言われても、いくらでも誤魔化せる。何よりもこれから無差別殺人を犯そうとしている心理状態の中、知らないヤツが敷地内にいることに気付いた時のターゲットの反応、目線、何かを隠す様子などそれら全てがカメラではわからない生きた情報だ」



こんなときでも斎藤は丁寧に説明してくれる。

レクチャーを受け、反省よりも斎藤への尊敬が周平の中で大きく膨らんでいた。



「もう一回行ってきます!」


そう意気込んで車を出ようとした周平だが斎藤に襟首を掴まれ止められた。


斎藤はタブレットの画面を周平に見せた。


「もうその必要はなさそうだぞ。見ろ、コイツ今日これから実行しようとしているみたいだ」



画面には、ターゲットが押し入れからサバイバルナイフなどをボストンバッグに詰めている映像が映し出された。



周平は急いで私服に着替え、追跡の準備をした。



ターゲットは歩きで家を出て駅に向かったので間隔をあけて2人は尾行を開始した。



秋葉原で降り、周平は人込みで見失いそうになるも、斎藤はターゲットの位置を正確に把握していた。



斎藤は尾行の最中、念を押すように周平に伝えた。


「いいか、しつこいようだが俺らの目的はヤツが凶悪犯罪を起こすことだ。目の前で人が殺されようと、それを阻止しようとしてはならない。今日は俺がやるからお前は見ているんだ」


周平は見ているだけかと少しガッカリしたが、初任務だし仕方ないと頷いた。



その時、女性の悲鳴が繁華街に響いた。

ターゲットがすれ違いざまに若い男の顔を切りつけたようだった。


顔を抑えうずくまる男と心配するように声をかける女性、恐らく悲鳴の主は彼女だろう。


次の瞬間にはその女性の首をサバイバルナイフが貫いた。


おびただしい量の出血と、声にならない叫びと共に女性が地面に転がる。


それを助けるため、取り押さえようとしたサラリーマンの腕を切り付け、怯んだすきに胸にナイフを突き立てた。


その後最初に切り付けられ、もがいていた男にとどめを刺す。

いとも簡単に3人の命が目の前で失われた。

時間にして僅か十数秒の出来事だった。



この凄惨な光景を目の当たりにするまでは、斎藤の制止を振り切ってターゲットを制圧しようとする自分を、どう抑えるかなどと考えていたが、甘かった。


恐怖で身体が動かない。



思考も停止し、自分が何をすべきかもわからず頭が真っ白になっていた。


その間にも次々に人が殺されていく。



しかし、斎藤はこの状況下でも冷静に任務にあたる。


まず、インカムを通して五十嵐に指示し、DPAの特殊技術を利用して周囲の監視カメラやドライブレコーダー、スマートフォンのカメラに至るまで全ての録画機器を妨害する特殊な電波を発生させた。


続いて自身のスマホでカメラを起動し、画面上でターゲットをロックすると撮影ボタンをタップした。


もちろんこのスマホもDPAの秘密道具のひとつ。

特殊な超音波を飛ばし、ロックした対象のみを一時的に気絶させる。



しかもこれの凄いところは、対象をそのままの姿勢で気絶させることができるため、

周囲から見ても変化に気付くことは容易ではない。


そもそも周りの人間はパニック状態でそれどころではなかった。



その隙に斎藤は例の歩法を使い、ターゲットへと接近する。


それと同時に五十嵐が近くのスピーカーを全てハッキングし、遠隔操作で爆発音を流して瞬間的に周囲の人の視線をそらす。


無事、ターゲットに接近した斎藤がボールペンを取り出し、ターゲットの頸椎にあてた。


正確にはボールペンの形をした超極細の針を持つ特殊な注射器だ。



あまりにも細いため、血も流れず、跡も残らない。

さらにボタンを押すと瞬時に必要量の血液を採取することができる。



ターゲットを気絶させてから血液を採取するまでにかかった時間は僅か6秒。



ちなみに爆発音を発生させたスピーカーハッキング技術はハックするだけでなく、指向性スピーカーの機能を付与させることができる。


目撃者となりうる範囲にのみ届くように調節された上で爆発音が鳴るため、その爆発音が事件として扱われることは殆どないといえる。



この日の任務も目撃者不在のままに完遂することができた。


その後、処理係として派遣されたエージェントが非番の警察官として、犯人を制圧。



DPAはディーズリーが倒れたことでフェーズ2に入り、組織の目的が犯行直後の血液採取になったとはいえ、


それさえ達成できれば、それ以上一般人を危険に晒すことは本来のDPAの理念と反するため、必ず別の職員が非番の警察官に扮して犯人を処理することになっている。



この惨劇は、たまたま現場近くに居合わせた非番の警察官の活躍により幕を閉じることになる。

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