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10《DPA》

ある朝、いつも通りオフィスにてパソコンを開くと異動の辞令が届いていた。




——— 2年前、研修を終えてアナリストとして情報分析室、通称『アナ室』に配属された。



本当は現場担当官であるエージェントが希望だったが、ミスの許されない最前線の役割をいきなり研修明けの新人に任せるほど、このDPAという組織は甘くない。



いつかエージェントになることを目標に、アナリストとして組織に貢献をしてきた。



まだ彼の持つ権限ではアクセスできる情報はそれほど多くはないが、それでもこの組織のヤバさを理解するには十分だった。




今まで数多くの小説や映画を見てきたが、それらに登場するような秘密結社の一員として働くことになるなんて、想像すらしていなかった。




今はまだ小説等ではスポットライトがあたりにくい裏方として、現場を陰で支える役割を担っている。


それがここ、アナ室だ。



そこで日々情報の整理と分析を行い、明日で丸2年が経とうとしていた。



そんなときに、まさかこんなに早く念願である現場担当官、通称『エージェント』に任命されるとは、、、



更にこの3年後、DPAの史上 他に類を見ない程のヤバい任務を担当することになるとは、思ってもみなかった。



現場担当官はベテランエージェントであるシニアと新米エージェントのルーキーがバディを組み、2人1組で任務にあたる。



ラッシュアワーのリーとカーター、Hawaii FIVE-0のスティーブとダニー、そして我らが日本を代表する名コンビ、タカとユージ。


男なら誰でもあんな相棒に憧れる。



この仕事に就いたとき、画面の向こうへの憧れは捨てたつもりだったが、いざ現場配属となるとやはり彼らの姿と自分を重ねてワクワクしてしまう。



心が浮ついていることを悟られないよう、一呼吸置いてから隣のデスクにいる山本に声をかけた。



「ヤマ、俺来週から現場になったから、あとは頼んだ」



「なーにカッコつけてんだよ、そういうのはヨソでやれ」


ガムを噛みながら、明らかにソワソワしてる周平に対し、めんどくさそうに答える。




ただ、周平とは研修のときからずっと同じ班で活動してきた。


そのため、最初からエージェント志望だったことは知っている。



「まぁ、でもよかったな。お前は現場の方が向いてると思うよ」



2人は研修初日からウマが合い、アナ室唯一の同期であり、親友とも呼べる仲だった。




そんなアナ室での最後の一週間はあっという間に過ぎた。


通常業務と並行して、後任への引継ぎ資料の作成や、周囲への情報共有などもこの一週間で行なわなければならない。


毎日深夜まで作業をして、なんとか期日までに引き継ぎ資料の作成を終えた。



アナリストとして働く最後の日、明日からの現場に備えて早めに帰宅することが許された。


荷物をボックスにまとめ、デスクを空にする。

皆に挨拶を済ませ、最後にヤマと話していると、そこへ明日からこの席に座ることになっている中川美咲がやってきた。



室長からは、後任は若く優秀な新人が担当すると聞いていたが、容姿端麗とまでは聞いてなかった。


更に24歳という若さでこの秘密結社に入った肝の据わった女性だ。



正式な配属は明日からだが、前任者に一度挨拶をしておきたいからと、わざわざ前日に来たという。


美人で肝が据わっていて優秀、オマケに礼儀正しい。

こんなにいい子が入ると思うと、途端にアナ室に未練が出てきた。



直接会えたので、

引継ぎ資料を手渡し、細かい点を説明する。


一通り重要な点を伝え終えた頃、美咲の肩越しにヤマがウィンクしているのに気付く。



どうやらこっちの引継ぎも要求しているようだ。

このわかりやすさもヤマの魅力の一つだった。



周平も、そんな親友に置き土産として貢献することにした。


「隣の席のこいつは山本だ、面倒見がいい上にハッキングとかの能力はピカイチだから色々教わるといいよ」


十分すぎるくらい持ち上げた、これで満足だろう。


ナイスアシストにきっと感謝しているだろうと目線をヤマへうつすと美咲に見えないように親指をしっかりと立てていた。


そして次に手の甲をこっちにむけて追い払うようなジェスチャーをみせてきた。



直訳すると「よくやった、お前はもう行け」といったところだろう。



少しはジーンとくる熱いセリフを交わし、握手で別れる。

そんなことを期待していた俺がバカだった。


既にヤマの視界には美咲しか映っていないようだった。




——— こうして俺は、2年間働いたアナ室を後にした。



翌朝、周平はオペレーター室、通称オペ室へと向かった。


まずオペ室室長の酒井に挨拶し、そして酒井がオペ室のメンバーに周平のことを紹介した。



オペレーターは現場担当官であるエージェントと密にやりとりをし、時には指示を、時にはアシストをおこなう重要な役割を担う。



エージェントが現場での判断をし、オペレーターは様々な情報をもとに違った視点での判断を行う。



この二つの部署はリアルタイムでやりとりをするため、信頼関係がなければ任務遂行に支障をきたす。


そのため、まずはオペ室で新人エージェントとして顔と名前を覚えてもらうことから始める。



DPAは秘密結社とはいえ、一般的な企業同様に人間関係や礼節は何よりも重要だといえる。



オペレーター達に一通り挨拶を終えると、いよいよバディとなるエージェントのもとへ向かう。



オペ室やアナ室等とは違い、シニアエージェントにはそれぞれ自分専用のオフィスを与えられる。



周平は酒井に案内され、今日からバディを組む斎藤宗明のオフィスに向かった。



その道中、斎藤宗明とはどんな人物かを尋ねると、酒井と同期の37歳、一言で表すなら天才だという。



凄腕のエージェントで他部署の人間からの信頼が厚い男らしい。

詳しくは本人から聞くように言われた。



オフィスの前につくと、酒井は背中をポンと叩いて


「頑張れよ、新米!」


そう言うと、今来た道を引き返していった。

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