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07《胸騒ぎ》

——— 翌朝、電話の音で目が覚めた。


時計を見るとまだ朝の6時をまわったところだった。


まだ少し昨日の酒が残っており、頭が重い。

それに加えて朝の寒さが裕介を布団から出そうとしなかった。



しかし、画面に表示されている名前を見てスッと立ち上がる。

安眠妨害の犯人は望だった。



寝起きとバレないよう精一杯覇気のある声で電話に出る。


「ぉはょうございます!どうしました?」


...何で寝起きは思い通りに声が出ないのだろう。

今もおはようが明後日の方向へと飛んで行ってしまった。



ところが、望はそんなことを意に介することもなく


「3~4日取材に行ってくる」


要件だけ言って電話が切れた。



昨晩は特に何も言っていなかったのに、随分と急に決めたなと思いながらもウトウトし、ついつい二度寝をしてしまった。




——— 9時過ぎに目が覚める。


コーヒーマシンのスイッチを入れ、トースターでパンを焼き、その間に顔を洗って歯を磨く。


全て終えた頃にはパンとコーヒーがいい具合に仕上がっている。


学生時代に一人暮らしをしていた頃から続く朝のルーティンだ。


ここまでは何も考えずとも体が自然と動く、おそらくパンを食べ終えたときが、裕介にとっての目覚めとも言える。



この日の午前中は、アイディア用のノートとにらめっこをしていたが、特にこれといった閃きは生まれなかった。


ちなみに、昨晩バーで出会った閃きは、残念ながらアルコールとともに、既に記憶から消え去っていた。



午後からは本棚にある望の作品を手に取り、望の意図を理解するべく読見直してみた。


何故、この言い回しなのか。

どのアイディアを最初に閃いたのか。


そういった様々な角度から観察するように読みはじめ、気付くと4冊もの作品を一気に読破していた。



さすがに没頭しすぎた。

窓の外を見ると日は沈み、空には一番星が煌めいていた。



ずっと同じ姿勢で読み続けていたため、すっかり身体が固まっている。


こんなときは温かい風呂に入って体をほぐすに限る。



湯船につかり、頭の中で今日得た学びや、疑問点などを整理していた。




——— またやってしまった。


気付くと、先程までは湯船だったはずのものが、こっそりと体温を奪い始めていた。


昔から一つのことに夢中になると周りの状況が目に入らない程に集中してしまう。


集中力が高いのは長所といえるが、それで風邪をひいてしまっては意味がない。


仕方がないので熱めのシャワーを長めに浴びてから出ることにした。



さすがに今日一日で頭を使いすぎたのか、布団に入ると同時に夢の世界へと沈んでいった。



上も下もわからないほど真っ暗な空間で「裕介」と名前を呼ばれて目が覚めた。


なんとも変な夢だ。

恐らく声の主は望だ。


「一緒にいすぎて、いよいよおかしくなったか」

と独り言を呟きながら、いつものルーティンに入る。




椅子に座りパンを食べながら携帯を見ると、既に10時をまわっており、昼前には作業場へ行くつもりだったため、慌てて準備をした。



急いだ甲斐もあり、予定通りの時間になんとか間に合ったが、望は取材に行くといっていたので、別に慌てる必要もなかったことを思い出し、少し後悔した。



自室に荷物を置き、掃除をすることから始めた。



望の作業部屋に掃除機をかけているとき、ふと違和感を覚えた。



3〜4日帰らないという割には、持って行っているであろう荷物が少なすぎる。


大きいリュックやキャリーケースなどは置きっぱなしだった。



作業机を見ると取材のときはいつも持ち歩くはずのボイスレコーダーとノート、そしてシステム手帳。


いわば小説家 荒井端望にとっての三種の神器すべてが置きざりにされている。


いくら何でも、突然決まった取材とはいえ仕事道具をここまで忘れるだろうか?



何かがひっかかる。


本当はすべきではないとわかっているが、この違和感が背中を押すかのように裕介は望の手帳を開いた。



そこには様々なメモが、芸術的ともいえる殴り書きが描かれていた。


前半は恐らく映画の打合せなどが書かれており、その他にアイディアなどが書かれていたが、さすがにそこは熟読するわけにもいかずページをめくっていった。


すると、最後のページで手が止まる。


折りたたまれた紙が挟んである。

そこには『裕介へ』とマジックで書かれていた。



その紙を開くとA4用紙2枚にわたってびっしりと数字が書かれていた。


謎の数字の羅列により、ありきたりなコピー用紙が異様な雰囲気を醸し出していた。




望さんは、俺に何かを伝えようとしている。



そのメモを抜き取り、手帳は元あった場所に戻した。



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