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第5話『楽しくゲーム生活を送りたいんだが』

「楽しくゲーム生活を送りたいんだが」


 俺は避けられない現実を前に、そんな愚痴を零す。


「もーう。またゲームの話をしてる。今はちゃんと勉強に集中して」

「くぅ……」


 まるで欲望を抑圧されているかのようだ。


 そんでもって今、目の前に居るのは有坂。

 当たり前の如く俺の部屋に居る。


 なんでかっていうと、「点数がヤバいっていうのに、一人じゃ絶対に勉強をしないでしょ」という言い分。

 まあ……そこまでなら、なんとか回避できるメッセージではある。

 しかし、なんでか知らないがそのメッセージを送信してきたと思ったら、もう家の近くに居るとか言い始めた。

 日頃からほんの少しだけ世話になっているかつ自宅を把握されている手前、追い返すわけにもいかなかった結果、俺の部屋で勉強会が始まったというわけだ。


「なぁ有坂、お前もゲームをやってみたら面白さが絶対にわかるって」

「い・い・え。ゲームはし・ま・せ・ん」

「有坂は真面目だなぁ。真面目過ぎはしないんだが。気張りすぎじゃないか?」

「そんなことはないわよ。探索者としてもっと頑張ってお金を稼ぐ必要があるし、有名になってスカウトしてもらうんだから。真面目で悪い?」

「いや? なんも悪くはねえけど」

「そんなことはいいから、早く課題をやるわよ」


 他人の家庭事情に首を突っ込むほど、俺もお人好しではない。

 だが、一度だけ有坂が自分から話をしてきたことがある。

 詳しいことはわからないが、家が裕福ではないから探索者としてお金を稼がなければならないらしい。


 それと、なんだか複雑そうな話をしていた記憶もある。


 なんで記憶が曖昧かっていうと、中学生の時は今よりもっとゲーム脳だったから、ずっとそのことばかり考えていたから、話が右から左へ流れてしまっていた。

 今思えば、もう少しちゃんと話を聴いてあげていればよかったと思うことがある。


「ほおほお、なるほどな」

「今のところでわからないところは?」

「いんや。有坂って本当に教えるの上手いよな」

「そ、そう? ありがとう」


 目線を逸らして嬉しそうにするなよ。

 サラッと言っただけなのに、こっちが恥ずかしくなるだろ。


「でも実際、勉強とかって自分ができるようになることが第一だけど、誰かに説明できるようになって初めて理解したとも言えるのよ」

「その心は?」

「そんなに大袈裟なことを考えてるわけじゃないわよ。基礎を学んで応用で活かす。最後に言葉で説明してみる。アウトプットは誰かとコミュニケーションを通すことによってより明確になる。理解できていることと、理解しているつもりになっていたことを」

「なるほどな。やっぱ真面目だな」

「なによれ。暁が言わせたんじゃない」


 俺にもちょっとは悪態を吐く権利ぐらいはあるよな?

 だって今の会話を噛み砕くと、そのアウトプット作業に俺は半ば付き合わされているってことだろ?

 持論を展開してそれを実践する。

 つまり、俺は実験体ってことだ。


 今もこうして少しだけ楽しそうに鼻歌を奏でているが、これもどうせ、学校より落ち着くことができるからだろ?

 それだったら別に俺の家にわざわざ来なくても、ネット上の勉強個室を生成すればいいだけだろうに。


「このさぁ、言語科ってなんで必要なんだ? マジでムズいんだが」

「まあこれに関しては私も疑問ではある。今の時代、アシスタント端末はほぼ全員が装備しているからね」

「だよな。探索者以外は制限が設けられているとはいえ、別の国の人相手には自動翻訳されるし、その関係で算数や数学がなくなったわけだし」

「本当にその通りね。逆に考えれば、昔も端末とかで計算できたけど算数や数学を学習していたのだから、同じ要領なのかもね」

「なるほどわからん」

「私もわからないわよ」


 俺達は「うーんうーん」と唸るも、答えは出ない。


「……ちょっと、暁。その罠には引っかからないわよ」

「おっとバレたか」

「何年一緒に居ると思ってるのよ」

「こっわ。たった三年の付き合いで幼馴染になったつもりかよ」

「それはもう十分に幼馴染でしょ」

「そんな短い付き合いで幼馴染になるかよ」

「私は暁の幼馴染よ」

「わけがわからん」


 どうしてか、有坂は幼馴染ポジションに収まりたがる。

 別に友達でもいいだろうに。

 一億歩ぐらい譲って、有坂が俺に好意――いや、恋心を抱いていたとしても、だったら恋人になりたいと何かしらアクションを起こしてくるはずだろう。

 だが、そんな素振りを見せたことはない。

 俺が鈍感野郎な可能性? ははっそんな馬鹿なことはないさ。

 俺はゲーマーなんだぜ? 恋愛フラグだの、好感度上昇を狙ったイベントを見過ごすわけがないだろ?


 にしても……そういえば、なんで有坂はわざわざ珍しく制服を着ているんだ?


「今日は学校にでも行ったのか?」

「ん? なんで?」

「だってほら、珍しく制服を着ているし」

「あ~。これはちょっと、ね」

「なんだよちょっとって」

「いやほら、ね? 着る機会なんてほとんどないし、こんなかわいい服をクローゼットの中に掛けっぱなしじゃかわいそうでしょ」

「まあ、一理ある……な?」


 藍色を基調とした白いラインが入っていて、スカートは蒼色に白のストライプが入っている。

 白いワイシャツや蒼色のネクタイが相まって、清涼感しかない制服だ。

 女子からすれば、確かにかわいいという部類に入るのは理解できるし、男子が来ても勝手に爽やか補正が追加される。


 それに有坂の言う通りで、俺も例外なくクローゼットの奥で制服を眠らせているから、反論することはできない。

 だって、学校に登校することなんてほとんどないからな。


「そんなことを言っていないで、早く課題を進めるわよ」

「はいはい先生、わかりましたよ」

「それ、次言ったら刺すわよ」


 AR拡張現実対応のペンを剣に見立ててこちらを向けてくるあたり、ゲームを始めたら案外簡単に適応できるだろうけどな。


「なあ、端末があったらゲームをやったりするのか?」

「さあね。私にはそんな物を買うお金なんてないから想像すらしたことがないけど」

「まあそうだよな」

「ほら、再開再開」

「はいせ――ひっ」


 禁句を流れるように言おうとした結果、ペンが喉仏に触れていた。

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