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第3話『しかし、現実世界は残酷である』

 俺達はあのまま仲良く無事に街まで辿り着いた。


 拠点の設定も無料で設定が終了。

 そこまで進めた後、ミヤビさんは時間になったからといってログアウトしてしまった。

 後は一人で街を見回り、珍しく人に気を使ったものだから予定より早く寝ることにした。


 そして翌日。


「それじゃあ、ここまでの間で質問がある人はー?」


 俺は今、インターネット内にある学園にて授業を受けている。


 といっても、現実の体でインターネット上に入っているわけではなく、自身の精神を入れる――アシスタントアバターで授業に参加しているわけだ。

 その間、現実世界の体はベッドの上で安静に寝転がっている。


 そして、先生はウキウキで俺達生徒に意欲を確かめようと問いかけてきたのだろうが……挙手者は0人であった。


「みんなー、そんなに遠慮しなくて良いんだからね? わからないところがあったりしたら、すーぐ先生に質問してくださいねー」


 実際の先生と瓜二つのアバターだから、何一つ違和感はない。

 ないんだが、タイトスカートにタートルネックのニットというボディーラインが強調される服装だから、男子はもうそっちばかりに目線がいっている。

 先生はそれに気づいているのかわかっていないのかわからないが……まあ、あのほんわかした性格は半ば天然なのだろう。


「じゃあ今日の授業はここまでです。課題を出しておきますので、明日までに必ず終わらせておいてくださいね~」


 先生は俺達生徒に向かって指をちょちょいと投げ、そのアクション後すぐに目の前の空中にウィンドウが表示される。

 それをタップすると、制服胸ポケット部分にウィンドウが吸い込まれていった。


「ねえ暁。前回のテストはどうだったの?」

「おいやめろ有坂ありさか。それ、わかってて聞いているだろ」

「え~? それはどうかな?」


 有坂ありさか奈由なゆ――こいつとは中学からの付き合いなんだが、どうして高校まで一緒のところに来ているんだよ。

 と、ツッコミを入れたことはあるが、単純に普通科だからと言われ、俺も同じ理由だったから何も言い返せなかった。


「赤点ギリギリってわけじゃないが、お前の大体半分ぐらいじゃないか」

「そんなばかなー」

「おい、そんな悪そうにニヤケながらそんなこと言っても説得力ないぞ」


 ホントこいつ、勉強ができない俺をからかうの好きだな。

 良い性格しているぜ。


「ねえ暁くん。ちょっとだけ訊きたいことがあるんだけど、良いかな?」

「どうしたんだ鈴城すずしろ

「えっとね、そろそろ委員会とかを決める時期だから、ちょっと相談があって」

「ん? 相談に乗ることは良いが、俺に何ができるわけではないと思うんだが」

「そんなことないの。暁くんだから……」


 この、綺麗な長い黒髪を全部垂らしている、あからさまな清楚お嬢様みないな彼女は、今の席替え前で隣人だった。

 見るだけでわかる頭の悪そうな、事実頭の悪い俺とは正反対の人種なんだが……俺をかわいそうな人間だと思ってか、何かと気を使ってくれる。


 たぶん、今もこれからは話が始まる内容も、あぶれてしまわないか心配してくれているのだろう。

 直接的に学力について話をしたわけではないが――鈴城すずしろ奏美かなみという人間は、かなり学力が高いお嬢様のような優等生だと思う。


「じゃあ私はお邪魔そうだから、ちょっとだけ体でも動かしてこようかなー」

「あ、いや、そんなことは」

「いやいや、全然お気になさらず~」


 手のひらをひらひらと振りながら去って行く有坂。


 そんな雑な態度とは真反対に、鈴城は机の横に綺麗な姿勢で立った。


「暁くんと有坂さんって、本当に仲が良いよね。なんだかちょっと羨ましい」

「そうか? 俺は有坂と話をしている時より、鈴城と話をしている時の方が楽しいけどな」

「えっ、そ、そんな! いや、そういうわけじゃなくて! あ、ありがとうっ」

「なんだよどうした急に」


 鈴城は、首元から頭のてっぺんまでその純白な肌を赤く染めて、しゃがんで机の陰に隠れてしまった。

 急にそんな色の変化をしたものだから、まるで信号でも変わったのかと思ったわ。


「それで、話って?」

「私、クラス委員長に立候補しようと思ってて」

「おぉ、それはすげえじゃん。応援するよ。んじゃあれか、推薦してくれ的な話だな」

「違うの」

「え?」

「副委員長になってくれたら嬉しいなって思って」

「え?」

「ダメ、かな?」


 いやいやいや、机の天板からちょこっと顔を出して上目遣いでそんなことを言われたって、俺には無理ってかあまりにも不向きすぎるだろ。

 その頼み方は可愛らしくて、つい即答で了承しそうになったけど――。


「それはさすがに俺が適任とは思わないが。学力は下から数えた方が早いぐらいだし、人の前に立って発言できるほど度胸もない。さらには人をまとめるとか、人を動かすのができるとは思わない」

「そんなことはないと思うけど……」

「まあたしかに、やったことがないから実際にどうなのかはわからないが、こういうのは適材適所ってやつだと思う。例えば、俺なんかより有坂とかさ」

「でも、私としては男の人が近くに居てくれた方が安心できるかなって」

「じゃあそれこそ俺じゃなくても大丈夫だろ」

「もーう」


 え? なんでそんなハムスターみたいに頬っぺたを膨らませているんですか?

 今の俺、なんかマズい発言をしたの?


 鈴城はスパッと立ち上がって廊下に出て行ってしまった。

 ダッダッダッとわざとらしく足音を鳴らしながら。


 立て続けに理解できない状況が続く中、左側から次の来訪者が。


「おうおう暁、今日もお前の周りは賑やかだな」

「一番のお祭り野郎が何を言ってんだ」

「お褒めにあずかり光栄であります」

「調子いい奴だな」


 こいつは亀谷かめたに夏英なつえ

 名字が旭加沢あさひかざわという、どの新学年でも出席番号がほぼ一番最初になる俺は、いつも話ができるのは真後ろか真隣ぐらいと斜め後ろだけだ。

 つまりは、左の亀谷かめたに、後ろの有坂、斜め後ろの鈴城という布陣だった。


 それで、亀谷はどうやら俺が絡みやすかったのか、休み時間の度に話しかけてきた。

 今と同じく。


「でさぁ、最近のバイトがきつくてさぁ」

「コンビニの商品補充だったっけ」

「そうそう。作業自体はそこまで大変じゃないんだけど、お客の方がさぁ」

「あー、やっぱりそういうのってどこにでもあるんだな」

「まーなー。つい昨日、たった一人のために10分ぐらい使ってさぁ」

「ご苦労さん」

「あざす」


 いつもは挨拶代わりに肩を組んでくる亀谷だが、柄にもなくため息を吐いている。

 持ち前の明るさを発揮できないほどには迷惑客だったということだろうな。


「あ。言い忘れていたけど、メール観たか?」

「いや」

「さっき先生が課題を出したやつを開いてみ?」


 なんのことかわからないが、言われた通りにする。

 胸ポケットを指でポンポンと叩く。


 ――と、課題というフォルダともう一つだある。


 俺は亀谷に「これか?」という目線を送ると、見えていないだろうが頷いた。

 とりあえずそれに触れて展開すると、メッセージが。


『このメッセージを観ているということは、おっめでと~! そんなおめでたい赤点ギリギリだった人達には追加課題を用意していますっ。しっかりと終わらせたら追加点をあげちゃうので、自分のためにも絶対にやってきてくださいねぇ~っ』

「げっ」


 俺はつい声を漏らす。


「つまりはそういうことだ。俺がテンション低いのは」


 いやそっちかよ。

 というツッコミを入れたいところだが、その気持ちを自分も知ることになってしまった。


「暁はゲームやりたいだろうに、ドンマイ」

「くっ……」

「んじゃあまあ、互いに頑張ろうな」

「お、おう」


 ああ、ゲームをやりたい。

 ゲームの世界だったらもっと伸び伸びと楽しく過ごせるのに。


 しかし、現実世界は残酷である。

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